第20話

「じゃあ———アタシが、卒業させてあげる」


 なんだ? 何言ってるんだ? 分からない。意味が分からない。神木さんは、僕に何をしようとしているんだ? ブラウスのボタンを外して、その豊満な胸で、僕に何を。


 すると神木さんは僕の右腕を、ベッドの中から引っ張り出してきた。手首をがっしりと掴まれている。力が強くて、少し痛い。


「神木さん。何がしたいの?」

「見て分からない?」

「分からない。分かるはずもない」

「はあ……。そうじゃないでしょ。でしょ?」


 核心をつかれたようだった。僕は気付かされた。本当は、分かっていないんじゃない。分かっているけど、それを受け入れたくなかっただけだ。この状況を飲み込みたくないと思っているだけ。彼女にレイプされそうな、この状況を。


 神木さんは、僕の腕を動かす。そして、自分の胸に押し当てた。


「———」

「んっ……。ふふっ。どう? アタシの胸の感触は。初めてなんじゃない? まだ、触ったことなかったでしょ?」

「———」

「ん、何か言いなさいよ……」


 頭が真っ白になっていた。目の前も段々と認識出来なくなってきた。


 僕は今、触っている。触らせられている。彼女に、無理やり押し付けられている。初めて触った女性の胸。柔らかい。ところどころで、小さく感じている声を漏らす神木さんが色っぽい。


 でも、言葉が出なかった。本当に何も出ない。僕は一体、何を。そしてこれから、何をさせられるんだ?


 いや、答えは分かっているはずだ。最終的に、僕の童貞を奪おうということは、分かりきっていることだ。そうじゃなきゃ、こんなことはしないだろう。なんとも大胆なことをしてくるものだ。


「んっ……はあっ……。なぁに、松風? ふふっ、脈、早いよ?」


 掴んでいる僕の手首から、脈を測っていた。僕の心臓はいつもより早く動いている。ドキドキしているのだ。


「はぁっ。分かる? アタシもドキドキしてるの」

「———」

「それじゃあ、次は……お待ちかねの、だよ……」


 お待ちかねとは。アレとは。そう、全てを僕から奪うことだ。


「まあ、つっても、アタシも処女だから、どうやるのか知らないんだけどね。エロ本で読んだ知識とか、友達からの話でなんとなく、やって……みるからさ……」


 マズい。このまま、主導権を握られていると、好き勝手されてしまう。僕は、まだやるわけにはいかないんだ。


 神木さんは、僕にかかっている布団を取った。


「よいしょっと。これで良し」


 神木さんはシュルシュルと、完全にブラウスを脱いだ。下着は付けているものの、大きな胸があらわになる。迫力があって、まさに脅威だ。


「次はスカートだね……」


 神木さんが僕の上に乗っかっているため、スカートをどうやって脱ぐのか気になった。片手でできるのだろうか。


「よいしょ……」


 腰を浮かせた。今だ。体が動きやすくなったその瞬間に、彼女を力づくで押し倒した。


『ガバッ』


 少しの油断をついた。今度は僕が覆い被さる。


「えっ!? ちょっ、松風!?」

「形勢逆転だね、神木さん。僕がやられっぱなしで終わると思う?」

「松、風……」


 神木さんの両腕を持って、動けなくした。神木さんは足をジタバタとしなくなった。抵抗しても無駄だと悟ったのだろう。


「僕もキレたよ。流石に白乃は、ここまでしたことなかった。したいと思っていても、実行には移さなかったよ。だがまあ、近々してくるだろうけど」

「うぅ……」

「震えてるよ? 何? 僕にめちゃくちゃにされるのが怖くなってきたのかい? 意味が分からないね。君が先にやってきたんじゃないか。無理やり胸触らせてさ、本気で童貞奪おうとしてさ」


 許しを乞うような目で僕を見てきた。それでも僕は続ける。


「それで、いざ自分が犯される立場になったら、怖くなって震えちゃうとか、都合良すぎない? それはどうかと思うよ」

「ごめ、なさい……」

「はい? なんて?」


 しっかりと聞こえていたが、とぼけるふりをする。


「ごめん、なさい……」

「なんで謝るの? 君は僕とヤりたいんじゃないの? だからこうやって襲ってきたんだよね? そうだよね? 違うの?」

「ヤりたいって思う、けど……初めてだから、こわい……! それに……今の松風……いつもと違う……!」


 途切れ途切れに言う神木さん。ヤる、ヤられる、とか、もうどうでもいい。誰もこの保健室に来ないことを祈る。そして、この場から早く退散したほうがいい。いつまでもこうしているのは無理がある。どうにかして、神木さんに口止めを。


「うぅ……はあはあ……」

「……神木さん。僕は、まだ童貞のままがいい」

「え……?」

「僕は、ちゃんとお付き合いして、ちゃんと段階を踏んで、ちゃんと好きになって、それで卒業したいんだ。だから、こんな形で卒業したくないんだよ。それは君も同じのはず」

「うぐ……」

「白乃と付き合ってるって聞いて、いてもたってもいられなくなったんだよね。そして、こんなことになってしまった」


 まだ神木さんは息が整っていなかった。なら、落ち着かせるのが一番だ。僕は彼女を優しく抱きしめた。


「段階を飛ばしすぎちゃダメだよ? ちゃんと踏んでいかなきゃ」

「う、うん……」

「じゃあ、こういうことがあった、っていうのは、誰にも言っちゃいけないからね?」

「ん……」

「はあ……。それじゃ」


 保健室を出た。僕はそのあと早退した。

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