第19話

「たっくん? 大丈夫? 保健室に行ったって聞いたんだけど?」


 白乃の綺麗で透き通るような声が、僕と神木さんがいるこの保健室で聞こえた。つまり、白乃がここへ来たということだ。


 なんのために? という疑問が湧いてきたのは置いといて、今この状況は本当にマズい。これは過去一マズいぞ。


 現在、僕は保健室のベッドに潜り込んでいる。それは問題ないのだが、もう一人同じベッドに潜り込んでいる人がいる。それが神木さんだ。


 体を密着させている。白乃が突然来室してきたことで、神木さんが慌てて入ってきたのだ。


 こんなところを白乃に発見でもされれば、おそらく僕は童貞を卒業することとなるだろう。それも、無理やり卒業させられる。そうだな。まあ、まず監禁は確定だな。日にちは、多分一週間ぐらいかな。そして、その間に白乃に何回レイプされるんだろうな。うわーこわい。


 想像しただけでも恐怖が込み上げてくる。流石にそんなことはされたくないため、ちゃんと抵抗するつもりだ。本当にヤバくなったら、力づくにでも白乃を止めなければならない。その時は、白乃を泣かせるくらいにまで分からせないとな。


 って、今そんなことを考えるよりも、いかにして白乃に見つからないようにするかだ。さっきまでの考えていたことは見つかった場合なのだから。ひとまずどうにかしないと。


 白乃は足音を立てる。徐々に徐々に近くなってくる。


「たっくん? 本当に大丈夫なの?」

「う、うん。大丈夫だよ」

「そう? それなら良かったけど」

「うん、別になんともないけど。それよりも、白乃はどうして保健室に来ているの? もうとっくに授業は始まってる。行かなくていいの?」

「全然いいの。行かなくていい。こうしてたっくんの看病する方が重要だからね」

「そ、そうなんだ……」


 白乃は安心したように、ホッと胸を撫で下ろした。頭痛がする、と言って、ここに来ているだけだ。撫で下ろすほどのことではないと分かっているし、彼女にも言ってあげたいのだが、やっぱりやめた。何かされると嫌だし。


 ……にしても、やっぱりモゾモゾしてて少しくすぐったい。神木さんはよく動く動物だなぁ。頼むじっとしていてくれ。


 不自然に動くと、白乃に完全にバレてしまう。そしたら即刻、現行犯で逮捕。捕縛され強制で牢屋に入れられてしまう。そう、白乃の部屋という名の牢屋に。いや、ヤリ部屋か? ヤリ部屋と化してしまうのか。


 冷や汗が出てきた。動揺と緊張のダブルパンチを食らっている。


「よかった、たっくん元気そうで」


 元気に見せているんだけどな。


「でも、頭痛ねぇ。どうしたの? もしかしたら何か原因があるのかも」


 モゾ。うーん。やっぱり神木さんは動いてくる。度々モゾモゾとしてくるため、ベッドのシーツがシャカシャカと音がする。


 もう動くなー。


「たっくん、昨日は何かしてたの? 寝不足なのかなぁ」

「た、多分ね……」

「じゃあ、よく寝ないとだね。いろいろなことがあって、たっくんもお疲れのようだしね」

「うん」


 僕と白乃が話していた最中に、また神木さんはベッドの中で少し動いた。しかもそれは、全て白乃が話している時だった。僕が喋っていた時には、神木さんは何もないかのように、一切微動だにしなかった。


「ねえ、たっくん……」


 ん? また動いた。やはり白乃が話している時だけか。


「ごめん、白乃。僕、本当に頭が痛いからさ、ちょっと休むよ。白乃は授業に早く行った方がいいよ。白乃は成績優秀なんだからさ、先生も心配するんじゃないかな?」

「そうかな? たしかに私は、優秀な生徒だ、ってみんなから言われてるけど。でも、たっくんを放っておけないよ!」

「僕は大丈夫だよ」

「これでも、私たっくんの彼女だよ……! んだから、これくらい……」


 僕は、早く白乃をここから退室させるために、強めに言った。


「行け」

「で、でも……!」

「行くんだ」

「分かった……」


 ようやく白乃はいなくなった。あぶねー。あのままずっと居座られてたら、絶対にバレてたぞ。本当に危なかった。


 それにしても、あっさりと引いてくれたことにびっくりした。強めには言ったものの、本来ならすぐに引き下がらないのが白乃だ。白乃は僕のことを、本当に心配してくれていたのだろうが、離れさせた方がよかった。


 保健室の扉が閉まるのを音で確認して、白乃が教室に向かい、遠くに行くのを見計らい、神木さんはベッドから顔を出した。


 僕の上に神木さんが乗っている。僕たちは見つめあっている。


「ははっ。何よアンタ。付き合ってるってどういうこと?」

「えと……」

「アタシ前に聞いたよね。で、アンタは何も答えなかった。付き合ってる相手については色々と候補を上げてたけど、まさかねぇ?」

「……」

「その彼女が、まさかの五十嵐さん? あの五十嵐さん? 意味わかんない」


 もう、言い逃れはできないか。


「前から気になってたのよ。五十嵐さんとアンタの関係。聞いたわよ、幼なじみなんだってね。でもまさか、付き合ってるなんて……」

「うん。僕と白乃は付き合ってる」

「ふーん。じゃあキスはしたんだ?」

「したよ」

「エッチは?」

「してないよ」


 なんの質問をされているのか分からない。暗い顔だった神木さんはニヤニヤとし始めた。何かを企んでいる。


「じゃあ松風は童貞なんだ」

「グッ……。そ、そうだよ」

「そっか。よかった。そうだね。じゃあ———」

「え、な、何?」


 プチプチと、神木さんは自身のブラウスのボタンを外していく。


「じゃあ———アタシが、卒業させてあげる……」


 さっきの神木さんの言葉を借りよう。意味わかんない。

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