第17話

「それでねー! 撮影の時の休憩時間に、その俳優がしつこく話しかけてきたの! もうホントにしつこくてさー、ほとんど無視しちゃった!」

「へえ。ソイツってイケメン?」

「お兄ちゃんの方がイケメン!」


 何も言葉が出なくなるんだけど。僕は、自分の質問を見事なまでに受け流されたことに不満をおぼえる。


 本当に、この子は何を言っているんだ? 僕がカッコいいわけがないだろ。姫はどうかしているのではないか?


 さてはあれか。イケメンの俳優を生で見すぎて、感覚がバグってんのか。確か学名があったはずだ。ゲシュタルト療法、とかそんなんだった気がする。


「いや、今は僕のことじゃなくて、その俳優の顔を聞いているんだが。素直に嬉しいけどさ」

「うーん。そうだねぇ。姫的には、中の上って感じかな。世間ではイケてるって言われてるけど、姫は全く響かないなぁ」


 響かないのかよ。本当に感覚がバグって、故障をきたしているんじゃないのか?


「逆に響いたヤツいるの?」

「いない。いや、一人いる!」

「誰?」

「お兄ちゃん!」

「……」


 だから何も言葉が出なくなるようなことを言わないでほしい。反応に困るだろ。


 さっきの、僕の方がイケメン発言もそうだ。マジで何を言っているんだ、この子は。


「お兄ちゃんだよ!」

「もう分かってる。二回も言わんでいい」

「えへへ! もしかしてお兄ちゃん、照れてるの?」

「照れてない」

「ウッソだー! 本当は照れてるくせにー! 嬉しいくせにー!」


 気分が良いのか、『んふふ』という声を漏らす。僕と話しているのが、よっぽど楽しいのだろう。


「はあ……。本当にムカつくな。切るぞ?」

「ごめんなさい」

「よろしい」


 先ほどとは違い、今度は潔く、というかあっさりとした誠意がこもっていないのが丸わかりな、軽い謝罪をしてきた。


 姫の発言から、少し自分の顔に興味を持った。いや、決して、カッコいいのでは、と思い上がったのではない。単純にどうなのかと気になっただけである。


 それについて質問する。


「じゃあ聞くけど、僕の顔のレベルは? どれほどのものなのかな?」

「うーん……」


 姫は少し考えた。


「上の上!」

「カンストしてるじゃないか。上限に達しているのか、僕の顔は」

「実は、姫の個人的な意見しか入っていないです!」

「知ってる。そうじゃなきゃ、カンストなんてありえない。明らかに姫が、なんらかの補正をかけているはずだからな」


 お兄ちゃん補正。多分そんなものを、勝手にかけているのだ。これが思春期の兄妹だったらどうだろう。絶対に補正なんてものはかけないはずだ。だが、僕たちは兄妹であっても、血縁者ではない。


「ううん。多分、他の人から見ても、イケメンって思われると思うよ?」

「は? なんで?」

「言ったでしょ? お兄ちゃんはイケメンなんだって!」


 なんだ? なんでそんなに、イケメンイケメンって言うんだ?


「お世辞か? そんなものならやめてくれ」

「謙遜してるなー?」

「していない。事実を言っているだけだ」

「事実ね……」

「そう、事実だ」

「事実、姫はお兄ちゃんの顔がカッコいいと思う! ちなみに補正はかかってないからね!」

「……」


 なるほど。心の底から、お兄ちゃんの顔がマジカッケー、って思っているんだな。


 そういうのを平気で言われると、恥ずかしくなってしまう。僕は、少し顔が熱くなった。


「あ、そうだ!」

「ん? どうしたの?」

「忘れてたー」

「何を?」

「週末に家に帰るけどさ、せっかくだし、その日二人で遊ぼうよ!」

「え? ああ、うん、分かった」

「やったー!」


 純粋な喜ぶ声は、まだまだ子供だな、と僕に思わせるものだった。


「———それでねー! 次はこういうのがあってねー……」


 その後も、姫は話を続けた。僕は、姫の仕事の愚痴や不満を静かに聞いてあげた。


「それじゃあ、お兄ちゃん。お休みー!」

「うん。おやすみ」


 そしてぶつりと電話が切れる。


「ふわぁ〜。もうこんな時間か」


 大きくあくびをした。時計の針は、0時を回っていた。つまり、ざっと4時間ほどの通話だった。長い。かなり。


「あ、そういえば固定電話での通話だったか。完全に忘れてた」


 通話料のことも、この時は忘れていた。そのことについては、翌日気付いたのだった。



 ****



「ん〜? なんか元気ないね、松風」

「……ん?」

「何かをあった?」

「……ん」

「ちょっと。何か言ったらどう? こうやって心配してるんだからさ」


 心配してくれていることには、なんかありがたく感じる。以前は、心配なんてされなかったのだから。だが、やはりあの一件で、神木さんは僕に対する接し方がガラリと変わった。優しくなったというか、キツい言葉を使わなくなったというか、そんな感じ。


 昨日、いや、0時だったから今日か。またあくびをする。


「ふわぁ〜」

「またそうやってあくびしてるし。寝不足?」

「そうだよ」

「あ、やっと返事してくれた」


 あ、ヤベ。昨日の通話のせいで、全く眠っていない僕をすぐに見破った神木さんは、僕の机の上で頬杖をつきながら、優しく僕を見てくる。


 それに少しドキッとした。


「アタシも眠いなー。ねえ、松風。次の授業、一緒に保健室行く、なんてのはどう?」

「……は?」

「サボるの」


 いや、ダメだろ。


「さ、行こ」

「えっ、ちょっ」


 腕を引っ張られて、二人で教室を飛び出した。

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