第16話

「ねえねえ、お兄ちゃん!」

「ん? なに?」

「えへへ。お兄ちゃーん!」

「はあ……。だから何?」

「んもぉ。おーにーいーちゃーんー!」


 僕の名前を連呼する姫。明らかにテレビのことなんて、もうどうでもよくなってるだろ。ちゃんと見ろ、と伝えられたんだぞ。後から感想とかを聞かれるだろうから、邪魔はしないでほしい。


 流石にめんどくさくなってきた僕は、優しい感じで言う。


「あのさぁ、テレビの音が聞こえないんだけど? 今、姫が喋ってる時だから、ちょっと静かにしてくれる?」

「えへへ……!」

「えへへ、じゃない」


 可愛いぞ、全く。そうやって、可愛く無邪気に笑えばごまかせると思ったら大間違いだ。……と、そう自分に言い聞かせる。可愛すぎて、下手すりゃ許してしまうかもしれないからな。しっかりと暗示をかけておこう。


 僕の言ったことが、何一つ響いていないのか、声のボリュームを下げることをしてこない。


「ちゃんとトークしているところを見たいからさ。それと、意味もなくお兄ちゃんって、何度も何度も呼ばないでくれる?」

「ほうほう。可愛い姫のことを、そんなに集中してまじまじと見たいのか! うんうん、やっぱりお兄ちゃんも男の子なんだねー!」

「いやいや、集中して見てないし、まじまじと見てもいないんだが」


 まさか年下の女の子に、男の子なんだね、なんて言われるとは思っていなかった。そういうのは、男を扱い慣れてるお姉さん的な人が言うのほうが効果的だ。


 今映っているように、テレビでは大人な感じを姫は演じている。それがどうだろう。完全に子供だ。僕にかまってもらいたいが故に、お兄ちゃんと連呼するような可愛いらしい子供だ。


 姫は僕の返答を面白がった。


「またまたそう言ってー! 可愛い姫ちゃんを見ながら、実はあんなことやこんなことしてるんでしょ?」

「してないし、しようと思ったこともない」

「えー。嘘だー」

「本当だよ」


 いったい『あんなことやこんなこと』とはどういうものだろうか。いや、まあ、意味は大体分かってはいるが、僕は姫のうろたえる声を聞きたくなったため、わざと聞こうとした。


 だが、姫の次の言葉の方が早かった。


「ま、まあ……姫はこうやって、お兄ちゃんの声聞きながら、してる、けどね……!」

「してんのか!?」


 思わずツッコミを入れる。今度は『色々なこと』か。姫は、僕の声を聞きながら、色々なことをするのか。


 ……マセてるな。問題になりそうだから、テレビでは言わないように注意しておこう。


 だが、具体的にどのようなことをするのか、とても気になってしまう。


「うん。お仕事の日にちの確認とか、ロケの場所の確認とか。確認ばっかりだけどねー」

「あ、そういうこと……」


 あ、罠にハマった。これはマズい。


「んー? お兄ちゃん、そいうこととは?」

「え、いや……その……」

「もしかしてエッチなことだと思ってたのー? もう、本当にお兄ちゃんは変態さんなんだからー!」

「いや、ちがうし。変態なんかじゃないから」

「えー、どうかなー?」


 電話越しでも、ニヤニヤしているのが分かるぞ。声のトーンとか言葉遣いとかで。


 もういい、必殺だ! くらえ、姫!


「そうやって僕のこと馬鹿にしてくるなら、本当に電話切るけど? いいの?」


 姫の言葉が詰まる。やっと出てきたのは、


「うっ……」


 という声だった。


「なに?」

「うう……。お兄ちゃんのイジワル……」

「へー、そうかい。それで? 何か言うことは?」

「う……」


 そうさ、僕はイジワルだ。筋金入りのイジワルさ。こうやって言いくるめて、年下の女の子に謝罪をさせようとしている男さ。


「フ、フンッ! 『ごめんなさい』なんて言わないもん!」

「そうか……」


 スタスタと、その場で足踏みをしてみた。姫は、それが受話器を戻そうとする足音に聞こえたのだろう。先程の言葉をすぐに撤回してきた。


 そして乞う。


「あぁ! 待って! 切らないでぇ! お願いだからぁ! ごめんなさい! お兄ちゃん、ごめんなさいー!」

「ふーん。ご兄弟のことねぇ……」

「お兄ちゃん。無視はひどい」


 おっと。テレビに夢中になっていた。今、僕が見ているトーク番組では、そんなことをペチャクチャと喋っている。


 すると、最近徐々に売れてきている、人気芸人のトークが終わり、次は姫に話が振られた。


「はい! 私には一人兄がいるんですけど、その兄ととても仲が良いんですよ!」


 あれ? 大人っぽくて、それでいて、なんか可愛い。


「へぇ、そのお兄さんとは遊びに行ったりはするんですか?」

「えーっと、私、仕事が忙しくて、なかなかそういう機会がないんです。なんですけど、たまに実家に帰った時に、『もう仕事疲れた!』って私が喚く時があるんですよ」

「喚くの!?」


 MCの人の、力強いツッコミは、スタジオに笑いを生んだ。


 姫は、エピソードトークを展開していく。


「それで、お兄ちゃんがギュッとハグしてくれて『』ってされることがあります!」

「「「キャーッ!」」」


 うおっ。すごい叫び声だな。ほとんど女性陣。人気の女優が、こういうことを兄妹でしている、というのが衝撃的だったのだろう。


 MCの人は『あくまで兄妹だから』と言って、スタジオの人たちを静止していた。


 そして、CMに入った。


「えへへ!」

「はあ……。めっちゃ恥ずかしい……」

「どうしてー? 別にお兄ちゃんが出演して、顔バレしてる訳じゃないからいいじゃん!」

「いや、でもな? なんか恥ずかしいんだよ」

「えへへ! ドンマイドンマイ!」


 はあ……。なんであんなエピソードを喋るのかなぁ。


「お兄ちゃん! 今ごろネットは荒れてるだろうね!」

「だろうな」

「兄妹で仲良し! イチャイチャしているが、恋愛感情はない模様! って記事に書かれるかもね!」

「はあ……」

「でも、流石に分からないよね……」


 姫はそのまま続ける。


「血が繋がってないことなんて……」


 それは誰にもバレていないはずだ。そう、信じたい。

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