第15話

 時刻は5時半。帰りのホームルームを終えてから、会議は一時間ほどで終了した。そして今日は白乃に何もされることなく帰宅することができた。


 だが、あの手を伸ばした先。あれは完全に、僕の下半身のを狙っていた。そしてあの目。今度こそ、僕のが奪われるかもしれない。注意しないといけないな。


 僕は玄関の扉を開けて、


「ただいまー……」


 と、言いながら中に入った。いつもと同じで、誰の返事もない。こういうのを、毎日のように続けていくと、寂しいという感情に、ある程度耐性がつくものだ。だが、やはり僕は一人なのだと、思い知らされる


 帰宅して、すぐに僕は風呂場で掃除を行う。それが終わり次第、洗濯物の処理に取り掛かる。この家には、僕以外はたまにしか帰ってこない。家に帰れば、自分で家事や炊事をするのは当たり前だ。


 しばらくして、炊事以外のことは一通り終わった。疲れた僕は、柔らかいソファに飛び込む。フカフカだ。気持ちいい。


「ふわぁ……。眠い……」


 ああ……ご飯作らなきゃ……。時間も、もうすぐ7時になってしまう。


 勝手にまぶたが落ちていく。段々と全身の力が抜けていく。


 もう、このまま……。


『ピピピピピピピ!!!』


「うわぁ!? なんだ!?」


 固定電話から音が鳴っていた。それもかなりの大きさだった。


「んだよ……。僕のとこに電話なんて、いったい誰が……? ……って、ん?」


 固定電話のところには名前が表示されていた。その名前は、『母』という一文字の漢字が映し出されていた。


「は、はい。拓です」

「久しぶりー! ママでーす! 元気してた?」

「はい。おかげさまで、毎日とても元気です」

「えっとねー。二つだけ報告ね! 週末、私たち全員、仕事のお休みをもらったので帰りまーす。というのが、一つ!」


 そのまま母は続ける。


「今夜の8時にやる特番で、『ひめ』が出演するから見てほしい、だってさ。ちゃんとチェックしてね」

「はい。分かりました。しっかりと見ておきます」

「それじゃ、週末に会いましょう! 『姫』のことちゃんと見なさいよ!」

「はい」

「はーい。それじゃあ」


 ぶつりと切れる音がした。


 やっぱり僕と話す内容をなんて、それほど無いのかな。両親と話すといっても、大体こういう、仕事のことだとか、あの『姫』のことばかりだ。


『いや、他は何かねーのかよ!』とツッコミを入れたくなってしまう。なってしまうが、別にいい。たとえツッコんだところで、僕がここに一人で家にいることは変わらないのだから。



 ****



「今日は特別ゲストに、大人気子役から女優になられた『亜城木あしろぎひめ』さんを呼んでおります! ご登場してもらいましょう! どうぞ!」


 キャー、という声援を浴びながら、演出用のカーテンの中から、その子は出てきた。MCの言っていた『亜城木姫』だった。


 スタジオでは『可愛い』や『綺麗』という言葉の響き合いだ。


 それもそうだ。今テレビに出ている彼女、『亜城木姫』は完全な美少女だ。年は僕の一つ下。つまり黒乃と同じ15歳だ。


 天才子役として売り出された彼女。子役時代から、『大きくなったら、もっと可愛くなる』とテレビの占い企画で言われていた彼女は、あの言葉は予知なのではないか、とウワサされるほどの美貌を持って成長していったのだ。


 そんな子がテレビに出ている。


「今回の企画はですねー! ご兄弟の方をどう思っているのか、というものでございます! ここに集まっていただいている方々は、いずれもご兄弟がいるということですので、今日は存分に語っていくということです!」


 MCは、声帯がかれるほどに元気な声とともに、トーク番組が始まった。


「……という訳なんですよぉ。すごくないですかぁ?」


 笑いが巻き起こっている。喋るだけでここなに人を笑顔にさせることなど、僕にはできない。普通に恥ずかしいし。


 そして今度は、ちょこんと佇んでいる亜城木姫がトークを始める番となった。


 その直前にまた電話がかかってくる。僕はすぐにそれに出た。


「もしもし?」

「……」

「え? おーい? どうかしたのー?」

「……」


 なんだ? 『姫』のやつ、何も喋らないぞ。どうしたんだ。


 だが、すぐにそれの理由が分かった。


「……っ……くっ……ん〜〜〜〜〜!!!」

「え……」


 受話器の向こうで、なぜか悶え苦しむような声が聞こえてくる。何してんだ、姫。


「おい、本当にどうかしたの?」

「はあはあ……。お兄ちゃんの声を久々に聞いて、尊すぎて一瞬死んでた。危ない危ない」

「何言ってんだ」

「はあはあ……! お兄、ちゃん……!」

「用がないなら切るぞ?」

「いやぁ! ダメダメ、切らないでぇ! 分かったから! 用件話しますぅ!」

「なんだよ?」


 僕がそう促すと、素直に話してくれた。


「お兄ちゃんと電話して、大好きなお兄ちゃんの声を聞きながら、姫が出演してるのを一緒に見たいなー、と思ったの!」

「ああ、そういうことか。分かった、いいよ」

「やったー!」


 無邪気にはしゃぐ声を、可愛いと感じた。


 すると、テレビからも受話器からも、同時に姫が喋りだした。僕はなんだか、不思議な感覚に陥った。

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