第14話

 了承した。了承してしまった。僕は、どうしてこう人に動かされやすいんだろう。いい加減、直したいな。


「では、そちらの図書委員代表の松風拓さんに、体育祭の仕事と、生徒会の仕事とを並行していただきます! それでは、よろしくお願いしますね! 松風さん!」


 僕であることを強調する様に、元気いっぱいな声でそう言う。


「は、はい……。頑張りたいと思います……」

「一緒に頑張りましょうね!」

「チッ。なんだよ、クソ……」

「……」


 柳葉の舌打ちが聞こえた。


 すまないな。できればお前と代わりたいんだけどな。今日は、今までとは比べ物にならないほどの過激なことをされそうだったからな。僕はそういうのはされたくないんでな。ここは最善策をとったと考えてもいいはずだ。


「気を取り直して。本題に入りたいと思います。今年の西条学園体育祭での、役員の仕事内容の確認をします。内容は、生徒会が作成したプリントに記してあります。次の会議までの間に、委員会ごとにどの役員を務めるのかの案を相談してください」


 司馬さんはプリントをもっている。多分、これだな。


「回してください」


 と、そのプリントを配る。次の人、そして僕に渡され、また次の人に渡っていく。全員にプリントが行き渡ったようだ。


 一通り、僕は目を通した。


「ここに書いてある通り、役員はそれぞれの委員会で決めてもらいます。ですが、今回は第一回目の会議ですので、代表の方の出席と、これから行う予定の会議の内容をお伝えするというだけで、今回は終えようと思います」


 つまり、今日はほとんど何もしなくていいということ。やるべき仕事もなければ、話し合いとかもしなくていい。早くこの会議は終わるはずだ。


 白乃に何をされるかはまだ分からないけど。


「では、それぞれの役職のことなんですが……———」



 ****



「ふぅー、終わったぁー」


 僕は背伸びをする。はあ……。誰だよ全く。早く終わるとか言ったやつ。いや、言ったんじゃない。思っただけか。


 僕は、自分の見積もっていたことが間違っていたことを、少し残念に感じた。


「ん〜〜〜! はぁ〜〜〜!」


 白乃の声は色っぽい。僕と同じように小さく背伸びをしていた。それが気持ちよかったのか、感じている声が漏れていた。


 会議室から人が出て行く。出席していた生徒たちは、この会議が終われば、さっさと帰宅するようだ。僕もその一人。


 とりあえず、次の会議までの間に、図書委員会全員でどの役員を務めるかを、これまた次の委員会の時に決めなければ。藤ヶ谷さんは、どれを選ぶだろうか。あんまり仕事量が多くないのがいいな。僕は生徒会の仕事も強制されてるし。


 僕は席を立つ。帰ろうか、と思ったその時だった。


「あ、待って、たっく……ンッンッ! 松風さん、ちょっと待って下さい」


 白乃に引き止められてしまった。


 というか白乃よ。また『たっくん』って出そうになってんぞ。それは咳をして誤魔化せるものなのか? まあ、僕の下の名前なんて知っている人の方が少ないか。だから大丈夫か。


「なんですか?」

「……」


 また白乃は僕の方に近づいてきた。そしてまた囁いた。


「今日はどんなことがしたい? 監禁? キスマーク? それとも……」


 僕の下半身に手が伸びる。触られそうになったが、ある女の子の声でその手は止まった。


「五十嵐先輩? 何してるんですか? 生徒会長が呼んでいますよ?」

「ッ!?」


 あぶな。僕はすぐに、その場から離れた。


「え、さきちゃん?」

「はい、咲です。……って、ん? あら、そちらにいるのは、地毛が茶髪の先輩ではありませんか」


 イラッ。僕の因縁の女子がそこにはいた。目立つのが嫌いな僕を、服装検査で生徒の目に晒してきた女子だ。風紀委員会に所属している、僕と白乃の後輩。背は低く、テキパキとしている真面目な子。


 だが名前は知らない! 白乃は『咲ちゃん』と呼んでいるが、僕はあんまり、人を下の名前で呼ばない。というか、女子を下の名で呼ぶのは、なんか恥ずかしい。


 いや、あっちも知らないと思うけどな、僕のこと。


「五十嵐先輩! ひとまず生徒会室に行ってください!」

「う、うん、分かった。ありがとう咲ちゃん」

「はい!」


 元気な返事だな。


 って、うおっ。なんだよ、白乃。どうしてそんなに顔を近づけて……。


「……」


 いや、なんか喋れよ。後輩ちゃんがびっくりしているだろ。


 そして何も言わずに、僕の因縁の後輩に連れられて、白乃は生徒会室に向かった。


 あれ? 何も言われなかった。普通だったら、終わるまで待ってて、と言われるんだけどな。なら、今日は早く帰ろう。


 階段のところまで足を運ぶと、何やらキレている柳葉の声が聞こえてきた。ダンダンと地団駄を踏むのも分かった。


「クソッ。なんであんなクソ隠キャのぼっちが、五十嵐の近くにいれんだよ! クソッ! 普通だったら俺だろうがよ! あのままだったら、五十嵐と付き合えたのかもしれないのによ!」


 いや、段階を飛び越えすぎだ。ただ仕事が多くなるだけだぞ。


 はあ……。やはりヤリチンって感じだな、コイツ。

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