第13話
「必要なんです」
「は、はい……」
『すいません……』と付け加えた。それはかなり小さな声だった。
あらー。これはかわいそうに。司馬さんは白乃の圧に対抗できないようだ。本当にかわいそうだ。白乃の意見、というか要求を押し付けられている姿を見ている。ふむ。白乃からすると、普段僕に対してやっていることと、あまり変わりないのだろう。
僕ってこんな風なんだな。つまり僕は、自分もかわいそうだということだ。今までになく悲しき事実だ。
「え、えーっと……五十嵐さんの言っていることなんですけど、先に決めてしまった方がいい……ですよね?」
チラリと白乃を見てそう言った。
「そうですね。後からそれに合わせて動きやすい役割を決めてもらいましょう。そうした方が良いかと」
「じゃ、じゃあそれで……」
「はい。わかりました。では、どなたか立候補や推薦などはありませんか? ある方は挙手を」
なんか司会進行役が変わっているような気が……。
「「「はい!」」」
「え……」
言葉を詰まらせる白乃。一瞬、ムッと眉間に力が入ったが、すぐに戻った。
威勢のいい声で、男子生徒が一人手を挙げた。それは、僕と同じクラスの陽キャである、体育委員の
この『西条学園』で一番の美少女、五十嵐白乃。彼女と一緒に仕事をすることができる。そして彼女にお近づきになれる。そんな下心見え見えなことだろう。
どうせ、『これを機に仲良くなって……』とか思ってるんだろう。気持ちが悪いな。
「……」
白乃は何も喋らない。無言でこちらを見てくる。というか、睨みつけてくる。ジーッと僕に視線を送ってきた。
すると、白乃はパクパクと口の動きで何かを伝えようとしてくる。
「(挙げて……)」
イヤです。とてつもなくイヤです。もちろんちゃんと伝わっている。だが、何も分からないふりをした。
「え、えーっと……」
「はい! 俺がやります! 俺、マジでこの体育祭頑張りたいっす! みんなの記憶にしっかりと残るように、本気でやりたいっす!」
お前の『やりたい』は『ヤりたい』の方だろ。何カッコつけてんだ。
「うんうん。かなりのやる気だね。柳葉くん、だっけ? 五十嵐さん、彼とかは?」
「いいかもですね」
「いよっしゃぁぁぁ!」
「……ですが」
ゾワっと、背筋に寒気がした。何かイヤな予感がする。
白乃はしっかりとした眼差しをしていた。しかしその眼差しは、この役員会議に出席している生徒に向けられたものではない。完全に僕に狙いが定まっている。
「私から推薦、というか任命したい生徒がいるんですよ。委員長、少しよろしいでしょうか?」
「は、はい。いるのなら、先にやってほしかったんだけど……」
「すみませんでした。なんか予想外のことになっているので」
『予想外』という単語を耳にして、首を傾げる司馬さん。何を言っているのか分からないのだろう。僕が手を挙げなかった、ということに対し白乃は不満を抱いている、なんてことが分かるはずもない。
それはそうと、やはり納得がいかない。今のは完全に、白乃と司馬さんの会話である。そこに納得がいかないのだ。
白乃は僕に『自分以外の女と喋るな』と言ってくる。そして、喋っているのを目撃でもすれば、その日は監禁をされてしまう。過激なことをされてしまう。
僕はそれをされたくない。白乃の言葉に従っていると、それはそれで、かなり制限をされてしまう。女子と喋ることなんて、隠キャである僕には全くないと思い、付き合う際に承諾したが、意外にも図書委員であるとか、あとは神木さんとかとコミュニケーションをとることがある。
それに対して、白乃はどうだろう。僕にこんな制限をかけておいて、自分は……。
そう考えていると、ふと僕の名前が聞こえた。
「え?」
「……ですので、私は二年B組の松風拓さんを推薦します」
「はい?」
「ということですので、松風さんやっていただけますか?」
「え、いやいや、どういうこと?」
「だから、私はたっくんを……ンッンッ! 松風さんを推薦しているんです!」
白乃は、いつも呼んでいる僕のあだ名を口に出してしまいそうで、咳込むようなふりをした。
自席を離れて僕の席に近づいてくる。そして僕の手を両手で握った。
「引き受けて、くれますよね?」
上目遣い。だが、これは建前だと分かっている。
「お断りします」
「へ?」
「ですから、お断りします」
僕は、自分の気持ちを言った。僕が思っていることを、素直に。
僕の言葉を聞いた白乃は、なぜか僕のの筆箱の中から一本のシャーペンを取り出した。そのシャーペンは最近買った物だった。上下に振ると芯が出てくるというやつだった。
白乃は、それをガッチリと右手の指で握って持ってみせた。
「そうですか……。やってくれないんですか……」
ゆっくりと右手が下りていく。なお、ペンは握ったままだ。
その右手は、ちょうど座っている僕と、前屈みの白乃との間にある、他の生徒には見えない死角に、白乃は下ろしたのだ。
白乃は近くにいる僕にしか聞こえない声で囁いた。
「じゃあ、今日は私の部屋で……」
カシャカシャとシャーペンを上下に振った。僕はそれが卑猥な動きだと分かっている。
「これだよ……」
身の危険を感じた。
僕は先程言ったことを撤回し、苦笑いで快く了承した。
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