第11話

 生徒会の仕事が終わるまで、僕は白乃を待っていた。放課後の図書室は、通常の時間とは全く違い、僕である『松風まつかぜたく』以外に誰もいなかった。


 静かだ。この静かな空間が、僕は大好きだ。陽キャたちのうるさい笑い声が、一つも聞こえないのは、なんと心地のいいことだろうか。騒がしくなくて、本を読むのに集中できる。


 なんの本を読んでいるかって? 僕が読んでいるのは『分かりやすい心理学』というものだ。本のタイトルから察してほしい。なんというか、勉強するための本である。


 自分で言うのもなんだが、僕は結構頭が良い方だと思う。全国学力テストとか、全国統一模試だとか、そんなテストで、確か3位だったか? それくらいだった。


 そんな僕が苦戦するほどに難しい内容だ。読んでいると、何度も首をかしげさせる場面があった。


 うーん。普通に難しくて分からん。ちゃんとタイトルにも、分かりやすい、と書いてあるんだけどな。そりゃあ学者の書く論文は難しい。一筋縄ではいかない、と僕は思っている。


 だが、僕はこれを、分からないで済ませられないのだ。これを完璧に理解して、この知識を使って、絶対にやり遂げなければならないことがある。


 ずっと抱き続けていることを考えた。そして、すぐにそれをやめる。


 僕はまだ子供だ。未熟で、自分では大事なことを決定できない、ただの16歳の高校二年生だ。もうすぐで僕は大人になる。さまざまなことを決定できて、縛られることのない人間になる。


 その時が来るまでに、僕はを変える方法を考えなければ。


 多分みんな分かっているであろう、あの子を……。



 ****



 険しい顔で本を読んでいると、突然図書室の扉がガラッと開いた。


「たーっくん! お待たせー!」

「ん? おお、終わったの?」

「そうじゃなきゃこんなところに来ないよー!」


 ごもっともである。白乃はえへへ、と笑ってみせた。


「白乃は一年生の頃から生徒会に入っているよね。僕、ずっと思っていたんだけど、生徒会って何をするの?」

「んー? 急にどうしたの?」

「別に、単純にどういうことをしているのか気になっただけだよ」

「もしかして、たっくんも生徒会に入りたいの?」

「そんなわけないだろ」


 的外れなことを言ってくる白乃。入りたいわけがない。生徒会の一員、というステータスをゲットできるのは良いことだ。だが目立ってしまうだろうが。そのため僕は入りたいとは思わない。


「えーっとねー。服装検査でしょ? 校則違反している生徒を生徒指導の先生に連行させることでしょ? それから……」

「なんかムカつく生徒がいたら、強制的に連行させる権利を持っているんだ、生徒会って。いや、怖すぎな?」

「どこが? あと、ここ最近だと、体育祭の役員のことについて話し合っているんだよ?」

「えー、もしかしてとその図書委員とかも、役割を決めないと、っていう感じか」

「そうそう! だから私が図書委員会の人に頼んだおいたからね! これで一緒に仕事ができるね!」

「……あ、そんなんだ。……って、はぁ!?」


 僕は手に持っている本を勢いよく閉じた。


 いきなり、というか知らぬ間に、僕の仕事が増えている。何勝手に決めちゃってんだよ、白乃。僕の意見とか、少しくらい聞いてくれてもいいじゃないか。


『一緒に仕事』か。それを狙ってのことだろう。少々強引なのでは、と思う。でも、白乃はまるで悪気はないみたいだ。


 流石の僕も意見した。


「勝手にいろいろと決めないでもらえるかな? 僕、まだなにも知らないんだけど?」

「大丈夫だよ! 困ったら私がいつでもサポートにまわってあげるから! 一緒に体育祭を盛り上げようよ!」

「い、いや、そういうことじゃなくてな! そもそもなんで僕がそう決まってんのかって聞いてんの! 委員会ではそんな話一度もしてないよ!」

「そりゃあ決まっているもの。する必要がないじゃない。たっくんって確定してるんだから!」


 これは何を言っても、全て誤魔化してくる。正直に、自分が謎の圧力でいいように動かしました、と白状すればいいのに。なんかもう、色々と分かってるし。隠さなくていいと思うし。


 すると今度は、僕が質問された。


「……たっくんは、私と一緒はイヤなの?」


 うっ……。上目遣いだ。単純に可愛い。


「イヤ、というわけではないけど……先に言っておいてほしい、かな?」

「うん。突然でビックリしたよね? ごめんね、今度からは先に報告するからね」


 今度があるのか? いや、あってはならないような気もするが。まあ、いいだろう。


 はあ……。僕の悪い癖だ。どうしても白乃に、可愛らしく押されると、断れないのだ。なんか、やってあげたくなってしまうのだ。おそらく白乃のことが好きな生徒は、僕のこの気持ちがわかるかも。


 僕は、白乃の思い通りに動かされている自覚がある。まずはここから脱却しなければ。


 というか、これで白乃の自分勝手な行動で動くのは最後にしよう。はあ……。これも何度目だろう。


 いや、これでもう本当に最後にしよう。僕が自分の意思を、しっかりと相手に伝えることをしないのが悪いのだから。


 いい加減頑張って、尻に敷かれているこの現状を変えよう。そう決意した。

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