第8話

 こんなもんかな。自分でもかなり上出来だと思う。日頃から自分の手でご飯を作るから、別に下手というわけではないんだけど、今日の場合はいつもより、なんだか美味しそうに見えてくる。


 海外の食材を使った、海外の料理だ。といっても、海外で作られて売られているものだがな。その食材の入っている商品パッケージには適した料理の名前が書いてあった。作り方なんて知るよしもないため、僕がインターネットで調べたのだ。


『ナシゴレン』とか『フォー』とか、どこかで名前は聞いたことがあった。まあ、作り方知らないけど。


 ……で、できたのがコレ。ガパオライスだ。一度、どこかのお店で、その美味しさを味わっているため、これにした。僕はそれを二つ用意した皿に盛り付け、リビングの食卓に置いた。


 味見はした。ちゃんとおいしかった。でも、結構スパイスを使ったからな。黒乃の口に合うだろうか。ちなみに、使ったスパイスも日本のものではない。きちんと本場のものである。これも全て母が大量に買ってくるのだ。おかげで冷蔵庫には海外のもので埋め尽くされているぞ。全く、どうにかして欲しい。


 腕を組んで、ため息をついた。それと同時にインターホンの音が鳴った。


「せーんぱーい! あなたの黒乃が来ましたよー!」


 随分と機嫌がよろしいようだ。声が玄関越しに聞こえてくる。


 だが、言葉には気をつけて欲しい。僕らはインターホンを間にして少し会話をする。


「はぁ……。黒乃、あんまり大きい声を出さないでくれ。近所に迷惑がかかるだろ。それと、誤解されちゃうから、そういうのはやめてくれ」

「もうー! 本当に先輩は恥ずかしがり屋さんなんですからー!」


 あはは、と笑う黒乃。僕は玄関の鍵を開けた。ガチャリと音がする。そしてその音が聞こえた瞬間に、黒乃は自らドアを全開になるまでこじ開けた。


「ご馳走になります、先輩!」

「うん、上がって」


 僕はそう言って、黒乃をリビングに連れていった。



 ****



「おいし〜〜〜。先輩ってやっぱりなんでも出来ちゃうんですね! 尊敬します!」

「それはどうも。口に合ってよかったよ。だが、まあ、尊敬されるほどのことは別にしてないんだけどね」


 黒乃は、いつも僕のことを過大評価してくる。これは中学の時からずっとだ。別に僕は尊敬される人間ではないし、なんでも出来る完璧人間でもない。ただの友達のいないぼっちくんだ。


 そんな僕をなぜここまで慕ってくれるのだろう。尊敬してくれるのだろう。僕は今まで不思議に思っていた。


 五十嵐白乃。五十嵐黒乃。二人は一つ歳の離れた姉妹である。年子と言った方が分かりやすい。この姉妹は非常に仲が良いと、僕と白乃、そして黒乃の出身中学の第一中学で有名だった。他にも有名だった理由があった。それは、姉妹二人とも美少女だったということだ。


 黒乃はそんな子だ。ぼっちの僕とは違う。僕は、むむむ、と考えた。その姿に、疑問を抱いたのだろう。黒乃は僕に聞いてきた。


「どうしたんですか? 悩み事ですか?」

「い、いや、悩み事というか、気になっていることというか。全然こっちの話だから」

「そうですか」


 黒乃は食事の手を止めない。とても美味しそうに食べてくれる。それを見て、僕は嬉しくなった。


「そういえばさ、ファンデーションって持ってきてくれた?」

「持ってきましたよ? 先輩は、あれを何に使うんです?」

「い、いや、まあ……。その……」

「本当に何に使うんです? 私、とても気になるんですけど?」


 言えない。キスマーク消すため、とか、絶対に言えない。恥ずかしすぎる。どうにかして誤魔化せないだろうか。何か良い言い訳は……。


 必死に考えている間に、黒乃はすぐに僕の首元を見て、気づいてしまった。


「先輩、その首の赤いのなんですか!」


 バレたー。


 ガタッと黒乃が急に立ち上がり、食卓に置いてある皿が揺れた。彼女は自分の席を離れて、僕の近くに寄ってくる。そして首元を強引にマジマジと見てきた。


「な、何があったんです……! これ……キスマークじゃないですか! う、嘘でしょ……これ、誰にやられたんですか!」


 うーん。誰にやられたと聞かれてもな……。君のお姉ちゃん、と素直に答えられるわけがない。それに、感の鋭い黒乃なら、僕が言葉にしなくたって分かるはずだ。


「お姉ちゃん……ですか……? 先輩、お姉ちゃんと、ったんですか?」


 ほらね。すぐに分かった。いつも僕を監禁していることを知っているため、こんなことをするのは自分の姉しかいない、と察したか。


 でもね、ヤってはないんだよ。ただキスマークをつけられただけ。それを僕は黒乃に説明した。黒乃は、安心したように胸を撫で下ろした。


「分かりました。隠すためなのであれば、私のファンデーション貸してあげます」

「ありがとう。助かるよ」

「ですが、私も……」

「え?」


 何か言ったか? 声が小さくて聞こえなかった。僕は、もう一度言って、とお願いした。


「で、ですから! わ、私も———」


 黒乃は何をためらっているんだ? それに顔が赤い。


「———私も! キスマークつけたいです!」


 は? いや、は? 何言ってんの?


「どうせファンデーションで隠すんですから良いじゃないですか! ほら! いきますよ!」

「え、いやいや、マジで何言ってんの———ちょっ!?」

「んっ……んっ〜〜〜」


 だいぶ吸ってるな。これは跡が残るの確定だ。黒乃は、自分から僕に離れていった。


「いや、黒乃……。お前何して……」

「それじゃ、ファンデ、ここに置いときますので。それと私もう食べ終わりました。ご飯おいしかったです。ありがとうございました」


 そう淡々と言って、黒乃は帰っていった。


 今日一日で、異なる人にキスマーク二つ付けられるとか、多分この先一生ないと思う。


 僕の頭は理解が追いつかず、ショートしていた。

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