第5話

 僕のクラスは陽キャが多い。これはもう、隣のクラスである特進科に比べたら、それはすぐに分かることだろう。友達が多そう、賑やか、楽しそう。白乃にはこんなイメージを持たれている。白乃の言っているイメージが、この学校の生徒全員が、僕のクラスに対して、そう思っているとまではいかないが、彼女が勝手に調べたところ、大半は白乃と同じく思っているらしい。


 では僕が本当のことを教えてやろう。まず1番目、友達が多そう。それは陽キャの人間だけだ。僕は違う。次に2番目、賑やか。あの教室にいてみろ。そんなに生やさしいものではない。はっきり言って、うるさい、だ。そして3番目、楽しそう。そいつは日頃の僕の姿を見た方がいいぞ。すぐに認識を変えるだろうから。


 今述べたものの中には、確かに、このクラスは心地がいい、と感じている人間も少なからず存在する。まあ、それも全て陽キャなんだけど。


 とにかく、クラス内の生徒たちは仲がいい、と思われる対象だということが分かった。


 そんなふうに思われる元凶とも言える陽キャ。そんなクラスの陽キャの代表株みたいなのをあげるとすると、僕は真っ先に『神木かみき玲奈れいな』をあげるだろう。


 彼女とは、今年二年生になってようやく知り合えた。一年生では顔も名前も知らなかった生徒だった。二年生に進級して、クラス替えが入り、たまたま同じクラスになったというわけだ。そしてたまたま隣の席になってしまった。


 進級したての頃は、陽キャと陰キャであるがゆえに、僕が一方的に壁を作っていたが、彼女はそれを度重なるちょっかいという名の攻撃で破壊してきた。それはもう木っ端微塵になるほどに。仕方なく僕は彼女と少なからずコミュニケーションをとるようにした。だが白乃には『自分以外の女とは一切喋るな』と言われているため、会話はしないつもりだった。これは第二の壁だった。


 そしてそれもあっけなく破壊された。彼女は僕の授業を邪魔してくるようになった。僕はそれには我慢できず、結局会話が成立してしまった。それから毎日のように邪魔をし続けてくるが、白乃に何されるのか分からないため無視をしている。たまに本気で迷惑になるようなことをしてくるが、それもできるだけ無視しようとしている。


 そんな、いつも僕に迷惑をかけてくる彼女が、ここに何の用だろう。僕が静かにぼっち飯かましてた、この階段の踊り場に、一体何の用だろうか。


 突然の来訪者に戸惑っていた僕には分からなかった。


 神木さんは、ニヤニヤと何か企んでいそうな表情を変えずに、僕の方に近づいてきた。僕は、白乃と電話をしていたスマホをしまう。嫌な予感がした。これから、何かよからぬことが起きそうな予感がしたのだ。


 僕は彼女に聞いた。


「えーっと……神木さんはどうしてここに来たの? もしかして僕と同じでここで弁当を食べるのかい?」

「はぁ? どうして松風と同じになるわけ? ここにくるやつは全員アンタみたいに悲しくぼっち飯食べるって言うの?」


 ……いや、悲しくないし。僕は一人を好んでいるだけなんだが。それと、そんなにキレ気味に言わないでほしい。すごい威圧感だな。半端じゃない。この威圧感は、白乃と同等かな。


 神木さんはそう言うと、またニヤニヤしながら歩き出す。これ、なんかされそうだな。


 すると、今度は神木さんが僕に聞いた。


「松風、今時間ある? まあ、あるに決まってるよね?」

「あ、ありますけど」

「ふーん。で、今朝さぁー、すごいの見ちゃったんだよねぇー」

「……」


 あ、察した。今朝、すごいの、見た。このキーワードだけで何を言うのか思い当たった。僕と白乃の関係性についてだ。あれだけ言い寄られて、散々誤魔化したというのに、まだここにいるのか。もうめんどくさい。


 神木さんは自身のスマホを取り出し、ほんの数秒操作して、こちらに示してきた。


「え? これって……」

「これは中学生の写真。知り合いが送ってくれたんだよね」

「……それで、これがどうかしたの?」

「この写真に写ってる子、中学の時のアンタよね? ちがう?」

「う、うん、これは確かに僕だけど……。これがどうかしたの?」

「ふーん。そっかそっか……」


 神木さんは腕を組んで、二回うなづいた。


「アタシ覚えてるよ、アンタが不良ボコボコにしてるところ。アンタその時、その不良に絡まれてた女の子助けてたよね」


 二年ほど前の話であるが、いまいち記憶に残ってはいない。相手がクソ弱くてつまらなかった、というのは覚えている。しかし、女の子か。確かにあの時、色々と用事があったため駅にいると、女の子が明らかなヤンキーたちに絡まれているのを、僕が発見した。それで僕が止めに入ると、まあ当然喧嘩になってしまう、というよくある展開だ。まあ勝ったけど。


 戸惑いながらも返答した。


「あー、あったなそんなこと。え、でも何でそれ知って———ッ!?」


《今度は》神木さんが僕に抱きついてきた。今日はもう二回目のことである。登校する前の玄関先で一回目。これは白乃によるものだ。そして今二回目。今度のは神木さんによるものだ。今日はなんだか突然のハグが多い。いや、ハグなんてそうそうするようなことでもないが。


「やっと……会えた……!」

「え? ちょ、え? は?」


 突然すぎて分からない。『会えた』だと? まさか、その時の女の子が、神木さんだったと言うのか? 本当にどういうことだ? 頭がどうにかなりそうだ。


「とりあえず離れろ! 誰かに見られたらどうすんだよ、神木さん!」

「あれ? もしかして困るの?」


 またニヤニヤし始めた。


「困るよ!」


 そう、困る。色々と。《あの子》に見られると。


 神木さんは僕の言葉など気にもせず、また僕にハグをお見舞いしてきた。


 全く、人の話を聞かない子は手を焼くというのが分かった気がするぞ。先生方ってかなり大変だな。





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