第3話

『ピピッ、ピピッ』


 うっ……。目覚ましの音が聞こえる。僕はこの音が大嫌いだ。人が気持ちよく眠っているのに、なぜこの機械は僕たち人間を起こそうとするのか。それを叩くようにしてすぐ止めた。


 学校だとか会社だとか、人はそれらに縛られながら生きている。僕もその一人だ。たしかに、学校に遅刻なんて絶対にあってはならないことだと分かっている。だがどうだろう。遅刻は、あくまで学校に登校しようとする人間のミスだ。


 僕だってその一人だ。きちんと学生として自分の行うべきことを全うしている。でもやっぱり、面倒くさいというのが本心だ。今もこうして、朝早くから大嫌いな目覚まし野郎に、大嫌いな音を聞かされている。


 とりあえずベッドから出ようと試みる。あ、やばい。体は動きたくないらしい。いや、体も心も動きたくないらしい。


「休みたい……。時計、消え失せろ」


 そんな感じで、数分の格闘をしていると、枕元に置いているスマホが、ブルブルと振動した。


「ん?」


 僕のスマホは目覚ましのアラーム以外の音をオフにしている。電話やチャットの着信音は当然鳴らない。スマホを手に取って画面を見てみる。


 電話だった。それも白乃からの。僕は慌ててその着信に出た。


「な、なに、白乃? どうしてこんなに朝早くに?」

「……」

「え? 白乃?」

「起きてるんだったら早く準備してね。玄関で待ってるからね、たっくん」


 そしてプツリと切れた。


 なるほど。久しぶりに今日は一緒に登校するのか。そうなると、早く支度しないと、また理不尽にお仕置きという名のベロチューを喰らうことになる。大急ぎで自分の部屋から出て、リビングで朝食を食べた。


 そしてカバンを持って、玄関の扉を開けた。


「お待たせ、白乃」

「……服装」

「え?」

「乱れてるよ。もう、ちゃんと直してね」


 そう言って、ため息をつきながら僕の制服を整えてくれた。そもそも白乃は、普通に面倒見がいい子だ。それが僕との女の子絡みになると、それは豹変してしまう。本当になんなんだろう、この子は。嫉妬深い一面も、こうして優しく接してくれる一面も併せ持っているなんて、非常に器用だ。


 するといきなり、白乃は僕の手を取り、歩き出した。


「どうして今日は一緒に登校なの? 僕、いつもは一人なんだけど?」

「今日はたっくんと一緒に登校したい気分なの。もしかして……嫌だった?」


 白乃は凶悪な技を繰り出した。僕には効果はバツグンだ。その悲しそうな目で、僕をチラチラと見ないでくれ。かわいそうに思えてくるだろうが。


 これでもかと続けてくる白乃。こういう可愛い子って強かなのだろうか。狙ってやっていると分かっているはずなのに、なぜ僕は、彼女を励まさないと、と思ってしまうのだろうか。


「全然嫌じゃないよ、白乃」

「え? 嫌じゃないの?」


 ほらね? さっきまでのが、嘘のように元気になっていく。


「い、嫌じゃない、よ?」

「ホントに?」

「う、うん……」

「じゃあ、明日から毎日一緒に登校ね!」

「ええ!?」

「どうしたの、たっくん?」

「いや、明日から毎日はちょっと———ッ!?」


 急に白乃は僕に抱きついてきて、監禁された時みたいに耳元で囁いた。


「嫌じゃないんでしょ……?」


 今まで聞いたことのないほどに、低くて細くて、でも綺麗な声だった。


 こえー。これには恐怖しか感じない。僕は応答しか許されていないようだった。絶対に他の言葉を言わせまい、と思っていることだろうな。


「は、はい……」


 それから何も喋らずに、二人で学校に向かった。



 ****



「おい、あれ」

「ああ、五十嵐と……後ろについてるヤツ、あれ誰だ?」

「分かんねえ。もしかして五十嵐の彼氏か?」

「いや、絶対違うだろ。何であんな冴えないやつが五十嵐の彼氏になれんだよ」

「まあ、ありえねえか。釣り合ってねえもんな」


 視線が痛い。校門に着く前から、同じく登校している生徒や他校の生徒からの視線がすごかった。朝からずっと押しつぶしていた『学校に行きたくないでござる』と頭の中で連呼する自分がまた出てきそうだった。こんな時こそ平常心。他の人に惑わされるな、だ。


 すると、またもや学校の生徒の声が聞こえた。


「何あれー。カップルかなー?」

「いやいや、男の方が全然釣り合ってないじゃん」


 笑いながらそんな言葉を吐き捨てる女どもがいる。僕はそう発した方を向いた。アイツらか。服装や髪型からして、見るからに陽キャだ。


 そんなヤツらにこう言いたい。


『そんなの僕が一番知ってるよ! いちいち声に出さんでいいわ!』と。


 おっと、平常心平常心。そうだ、ここは学校だ。無駄に騒いでみんなの注目を浴びたくないし、何より成績にかかわって欲しくない。そう、僕は誰よりも真面目なヤツとして、根っからの冴えない隠キャなヤツとして頑張らなくては。


 自分で真面目なヤツと思っているが、そんなヤツは学校行きたくない、なんて思わねーよ。そう自分にツッコんだ。


 はあ……。今日も今日とて別に何もすることのない学校生活を送るのか。教室に入っても、誰も僕に白乃との関係とかを聞かないでくれ。神よ、頼む。


 そんな願いは叶うことなどなく、あとあと教室内で質問攻めにあった。それは男子はもちろん、一部の女子たちにも質問された。もう女子が聞いてきた時点で、僕はまた放課後に、白乃にお仕置きをされるのが確定しているため、今日はもう存分に女の子とコミュニケーションとってやる。


 ……いや、待てよ? もしかして白乃は、こうなることを予測していたのではないか? そのために一緒に登校していたのか? みんなに注目させるために? 僕に、お仕置きをするために?


 頭がクラクラしてきた。なぜそんなことを、という言葉が脳内で暴れ回っている。


 いや、考えるのやめよ。そんなに強かな子だとは思えない。というか思いたくない。少なくとも、僕は白乃を大切な人だと認識している。


 その認識がいつ崩れるのかは、まだ分からないけど。


 そうだな、分かっていることは……。


 白乃は怖いってことだ。








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