連載版

第1話

「おい、神木かみき! 授業に集中しろと何度言ったら分かるんだ!」

「サーセーン」


 担任の先生の怒号は教室中を響かせる。やまびこのように、それは返ってくるほどだった。このやり取りは今日で三回目、しかも全てこの授業中である。最初はそこまで怒っていなかったが、あまりにも騒がしかったためここまで怒鳴ったというわけだ。


 当然と言えば当然。僕が先生の立場になっていてもイライラしてくるはずだ。僕だって同じく怒ることだろうな。


 しかし、その立場に変わらなくても、僕は今怒っている。それも神木さんに対してだ。こんな僕とは住む世界がまったくもって違っている陽キャ女子生徒は、僕の隣の席である。そしてたった今、隣が先生に怒られている。それに対しては別にどうも思っていない。彼女が勝手に説教を食らっていれば、何も気にすることはない。


 そう、あればな。


「でもぉ、ここにいる隣の松風まつかぜも騒いでましたぁー。アタシだけじゃないと思いまぁす」


 は?


「なに!? 本当か、松風ぇ!!」

「え? い、いやいやいや、僕、別に何もしてません! 神木さんの作り出したデタラメですよ!」

「どうなんだ、神木!」


 フフン、と楽しそうに笑うその顔は、まるで僕を好きなようにする悪魔のようだった。ここまで強かな女の子だとは入学当初では見受けられなかった。


 神木さんは、先生のその問いかけを待ってましたと言わんばかりに、得意そうに返答する。


「デタラメなんかじゃないですよぉ〜。なんなら後ろの席の氷室ひむろさんに聞きますかぁ?」


 これはマズい。非常にマズい。氷室さんは、クラスではあまり目立たない女子生徒だ。とても地味っぽく、その外見から他の人が見ても、気弱そうで流されやすいことが、伝わってくるほどだ。


 そんな氷室さんと神木さん。性格も違い、外見も違うこの二人を混ぜたらどうなるのか。答えはすでに分かっていた。


「氷室、後ろから見てどうだったんだ?」


 すぐに先生は氷室さんの方を見て、僕や神木さんに聞いてきたように問いかける。


「え、えと……」

「ちょ、ちょっと!」

「松風は黙ってろ!」

「はい! すいません!」


 僕も怒鳴られてしまった。


 別に何もしていないんだけど……。ただ授業を受けていただけなんだけど……。そしたら急にちょっかいかけてきた女の子がいただけなんだけど……。


 すると、横からニヤニヤと神木さんが口角を上げているのが分かった。そして彼女の目はものすごい眼力で氷室さんを見つめている。いや、睨みつけている。まさに『嘘をつけ』と言わんばかりである。おそらく伝わってしまったのだろう。それに気づいた氷室さんは、体を小さくしてしまった。


 こうなると確定演出が入る。終わったな、僕。


「……さ、騒いでいました」


 今度の怒号は、神木さんではなく、完全に僕に向けられたものであった。



 ****



 許さん許さん許さん許さん。神木かみき玲奈れいなマジ許さん。僕は何もしていなかったのに、ちょっかい出してきたのはあっちだったというのに。先生も話しを一つも聞いてくれないし、成績に影響してくるだろうし。


 氷室さんはまだ許せる。だが神木玲奈、ヤツは許さん。それもこれも全部彼女のせいだ。やっぱり陽キャには抵抗がある。


 自分が楽しみたいのか、僕を困らせたいのか、どちらなのか分からない。そんな自分勝手な行動で、今こうして僕をこき使ってくるのだ。放課後の特別掃除のためにこうやって、ほうきを持っているのだが、段々とバカらしくなってきた。首謀者である神木さんは真面目にやる気など一切なく、ずっと教卓に腰掛けてスマホをいじっている。僕はそれがとても不満である。


「神木さんも掃除やってよ! 誰のせいでこうなったのさ!!」


 スマホに接触していた指を止め、こちらをジロリと見てくる。


「はぁ?」


 そんな言葉を発して、すぐに目線はスマホに戻る。


 いや、こっちが『はぁ?』だよ!


 もういい、早く終わってしまおう。学校が終わったらがあるし。とにかく、これ以上僕を困らせるようなことはしないで欲しい。面倒だからな。今のこの掃除も本当に面倒だ。


 今日一日ずっと続いている怒りを床に散らかっているゴミや埃にぶつけてみた。願わくば本人にぶつけたいところだが、自分で言うのもなんだが僕は優しいため、絶対にするわけなどない。


『ピロン』

「ん?」


 スマホの音だった。これはメールか。僕は右ポケットから取り出して画面を見てみる。ロック中の画面にはメールの内容が映し出された。


『まだ? 今何してるの?』


 さっさと掃除を終わらせて廊下に出た。



 ****



 生徒会室。名前の通り生徒会に所属している生徒たちが活動するために使う教室だ。そこで待ち合わせると約束していた。


 現在、僕は全速力で走っている。生徒会室に早急に向かうために走っている。心臓がバクバクと動いているが、もともと強心で体力がある僕は、それがこうして走っているせいではないと分かっている。では、これはなぜか。遅れてしまうという、ただの焦りだ。


 一直線のこの廊下。ここの一番奥に生徒会室がある。もう目の前だ。


 僕はそのままの勢いで、扉をガラリと開け、周りを見た。そこにはしっかりと女子生徒がいる。僕が約束していた子だ。


「ごめん白乃! 遅れた!」


 本を読んで座っている白乃は、こちらをチラリと確認した。うん、もういつもと目が違う。明らかに怒っている。


「私との約束を破るなんて、たっくんはいい度胸してるんだね。このまま昔した結婚の約束も破ってしまうのかな?」

「い、いや、ホントにごめん!」

「んー。とりあえずお仕置きに監禁してあげるから。家に帰れると思わないでね?」


 白乃こえー。普通こんなに可愛い子が、そんな物騒な言葉使わねーだろ。てか監禁って、どこにだよ。


 いつもの白乃ではないことに戸惑いを隠せない。いや、こっちが本当の白乃だと言うべきか。あくまでいつもの白乃は、猫をかぶっている姿でしかないのだから。


 すると白乃は、僕を近くにある椅子に無理やり座らせて、付けているネクタイを思いっきり上に引っ張り上げた。そのため僕は上を向いている状況だ。それも白乃を見上げるように。まるでどちらが偉いのかを体現しているようだった。


「授業中、神木さんが騒いでたよね?」

「う、うん……」

「その時にたっくんの声も聞こえてきたんだけど?」

「は、はい……」

「もしかしてあの子と……話してた?」


 白乃は僕の返答など聞かずに、『死刑』というまた物騒な言葉とともに僕の唇に自分の唇を合わせてきた。そして舌も入れてくる。


 ぷはぁ、と口を離すと、唾液によって糸が引いていた。


「それもこれも全部たっくんが悪いんだからね?」


 またキスをしてきた。


 そして僕は悟った。あ、今日は本当に家に帰らせないつもりだな、と。




———―――――――――――――――――――――――



 作者です。不定期ですが更新します。

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