第2膳 さよなら!?俺の青春
「社長、ご子息をお連れしました」
「うむ」
うやうやしく頭を下げ、そそくさと立ち去るスーツ姿の男。
彼と入れ替わるように一礼し、重い空気が充満した赤ジュウタンの部屋の中に足を踏み入れる。
「失礼します」
「ああ、
父さんの部下に連れてこられたここは自宅ではない。
食品メーカー、
部屋の中央の席に腰を下ろしているのは……。
学生時代、ボクシングとラグビーで鍛えた筋肉をスーツに押し込んだ偉丈夫。
――
この会社の現社長であり、俺の実父だ。
「さて、今日は大事な話がある」
「はい」
「お前には昔から決められていた許嫁が居る」
「――え?」
思わず問い返してしまう。
「なあ、父さん……? よく聞き取れなかったんだが」
いや、聞き取れなかった訳じゃない。
ただ、あまりに突拍子のないことを知らされた。
そして、俺の脳がそれを受け入れられなかっただけの話なのだろう。
「お前には昔から決められていた許嫁がいる。今度の日曜日に顔見せを行う」
そして、不機嫌そうに息を吐いて続けるのだ。
「これは義父さんが、お前の祖父が決めたことだ」
許嫁……。
その言葉の意味を知らないわけじゃない。
たとえばドラマなどでもそんな展開は何度も見た。
そして、大体こういう場合相場は決まっているのだ。
年の離れた相手を紹介されることも珍しいことではない。
相手はどんなオバさんか。
あるいは日曜日は一日中、幼女の面倒でも見る羽目になるのか。
「わかった……じいさんに会わせてくれ」
「義父さんは出張中だ、行き先は知らん」
いやいや、知らんってことはないだろう?
父は長らく会長を務めている祖父の秘書をやっていた人物である。
仮に言われてなかったとしてもおおよその出張先は想像できるはず。
「分かっているだろう? ……物事はシンプルに進むのが一番だ」
つまり、暗にこう言いたいのだ。
――お前の意志は聞いてない。有無は言わせない、と。
はぁ……。こんなこと、去年の春以来だ。
あの時は高等部の特進クラスの進学試験を受けるように。
果たせなければ絶縁もある、などといきなり言われて大変だった。
そのせいで中学最後の一年は勉強に明け暮れた記憶しかない。
――うん、場の雰囲気があの時と変わらない。
今回も断ってもロクなことにはならないだろう。
「分かりました。このお話、お受けします」
「おお、受けてくれるか、それでいい」
こうなったら少しでも相手の情報を聞き出して対策を――。
「それで、履歴書(つりがき)は?」
「ん? ああ――」
手にした書類を見つめる父。
「名前は"あかりさん"だ。場所と時間は明日伝える」
「いやいや、だから履歴書(つりがき)を!」
「お前は書類と結婚するのか? 肩書きと結婚するのか?」
「――!?」
この男、いつもこれだ。
肝心な時だけ、正論でぴしゃりと封じてくる。
そもそも家同士の結婚を進めようとしている人間が言うことじゃない!
「安心しろ、相手もだいたい条件は同じだ」
「わかりました」
「交際が進めば自分の口で聞くこともあろう? 母さんのくれた自分の口でな」
まあ、それなら……。
万一破談になっても余計なしがらみを作らないためということか。
「千寿家の代表として、恥のない交際をするように」
「はい――」
頭を下げ、社長室を後にする。
――さよなら俺の青春。
始まる前に、終わってしまったソレを悼みながら家に戻る。
じゃれあいを楽しむ早馬と美鈴……。
そのほか特進クラスの教室内に展開されていた種々の光景。
それらが頭をよぎり、遠くへ消えてゆく。
代わりに頭をよぎるのは見知らぬオバさんに連れまわされ、もしくは幼女の世話を焼く自分の姿。
そうだ、せめてさっさと破談にして済ませよう。
そして帰りたい。
何も求めなければ平穏で、そして少し先に無形の希望もある……みんなと同じ学校生活に。
(いやいや、実は少し楽しみにしてるんじゃないか?)
誰かが俺の心の中でささやくけど――そんなこと全くない。
頼むから帰してくれ、元の場所に。
(ひょっとすると来るかもしれないだろ! 同年代の清楚系黒髪ロングヘアの似合う美少女がさ)
ああ、来るかもな、小数点以下の確率で。
そんなもん、期待しないほうがマシだ!
――――――――――――――――――――――――
そして、顔合わせの当日。
俺はホテルのロビーに設けられた喫茶室で二度驚愕することとなった。
一度目はまさにその……。
俺が心のなかでこうだったらいいなと思っていた、そのままのタイプの美少女がやってきたから。
そして二度目は――。
「あかりさん、ですか」
「はい……慶喜さん、
「北野 明里……」
その少女が告げた名前が、いつも教室の片隅で近寄りがたい印象を漂わせながら洋書を読んでいる地味な女子と同じ名前だったからだ。
「
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