孤独な許嫁様は俺との甘口恋愛劇をご注文だそうです! ~究極グルメ高校生、至高のお姫様の心を満たす~

泰山

第1膳 傍観者はサラダパンがお好き 

 昼休みの開始を告げるベルが鳴る――。


「それでは今日はここまで、ちゃんと復習しておくように!」


 教室を満たす緊張感がひとたび消えてしまえば、生徒たちの取る行動はいつも変わらない。


 ある者は席を立ち学食や購買部に向かい、あるいはその場で弁当を広げ始める。

 また別の者は親しい友人のもとへ向かう。

 俺もカバンから今朝買ってきた新作の調理パンを取り出し……。


「お、ちょうどいい、ヨシノブ。今日は俺も弁当なんだよ」


 どかっと音を立てて前の席に座るのはこのクラスで一番親しい友人の美空 早馬みそら そうま

 俺と同じ茶道部所属。

 最近のマイブームはネット小説だというが……。


「なあ、読んでくれたか? 小説」

「ごめん、まだ読んでない」


 彼の国語と世界史の成績を見れば、まあ内容を読まずとも大体の質は分かる。

 といってもそれなりにPVの数字は稼げているようなので……。

 世の中には物好きが多いということだろうか。


「ちぇ、今度添削頼もうって思ってたのに。現国トップのヨシノブ様」


 ――冗談じゃない!アイツの小説は確か何十万字もあったはずだ。

 そんなもん全部添削しろとか……。


「そんならステーキぐらい奢ってもらわなきゃな」

「ったく、ホント食いしん坊将軍だな」

「美食家と言ってくれ」


 そうでなければたくあんサラダパンなどというハイリスクな物を選んだりはしない。


「はいはい、美食家サマ美食家サマっと」


 そんな感じで他愛もない会話に花を咲かせていると……。


「お、二人とも揃ってるね!」


 クラスの中心に陣取っている一軍女子のグループのほうから褐色のショートヘアの女子生徒が一人。

 いつものように、こちらに声をかけてくる。


 彼女の名は酒井 美鈴さかい みすず

 俺や早馬と共にこのクラスで茶道部トリオを結成している女子生徒。

 それに小さい頃から何かと縁のある幼馴染でもある。


 そして、今では早馬の彼女。

 顔はこの学園でも上位の美少女なのだが……あまり羨ましくはない。

 それはきっと――。


「そおら、また肩にイカ飼ってるでしょ!」

「グギャー!!」


 早馬の肩こり体質をからかいつつ、バキバキと人体から出てはいけないような音を立てて揉みほぐす美鈴。

 彼女と親友のこんな感じのスキンシップを毎日見ているからだろう。

 こんなもん喰らい続けていたら、とてもじゃないが長生きはできそうにない。


 友人の悲鳴を無視してはーっと息をつきながら周りを見回す。

 ああ、本当に今日も教室の様子は何一つ変わらない。


 後ろのほうでひとり、英語で書かれた洋書を読んでいた黒メガネがトレードマークの地味子さん――北野きたのさんに声をかけて、一緒に昼食に誘おうとした級長は今日も爆死。


「ごめんなさい、なぎささん」

「いいよ、あかりん、また誘うからね!」


 そう言いながら以前からの付き合いだという男子級長と共に教室を出る渚さん。

 彼女たちを見送った後、北野さんはサプリメントを口に運びながら読書に戻る。


(北野さん、悩み事でもあるのかな? 最近今まで以上に浮かない顔だけど)

 ひょっとすると級長ペアもそれを心配して声をかけているのかもしれない。


 そして、少し離れたところにはそんなやり取りを見ながら女子の"採点"をしている男子生徒たちのグループ。

 美鈴のほうを見ていたそのうちの一人とちらりと目が合う。


 ここ特進クラスだけではなく、どこのクラスでもこんな感じなのだろうか?


「ねえ? この間の部活! 足を崩した先輩のパンチラ見てたでしょ!」

「違う! 潔白シロだ! 潔白シロ!」

「ほら、自供した!」


 ――ああ。青春だな。


 この光景を眺めながら窓際の席で暖かい緑茶と歌舞伎揚げを食べるのはきっと最高に美味に違いない。

 もちろん傍観に徹するのではなくこの中に入りたいと思ったこともある。

 でもそれはきっと今すぐじゃなくてもいい。


 高校生活はまだ2年半もあるのだ。

 その間にきっと何かしらの切っ掛けも見つかることだろう。


 焦る必要はないさ。

 茶道部に入部して早々、欲望の導くままに目が合った美少女に告白した結果……。


「うおいっ!? ヨシノブ、たすけてくれ――」

「悪いな、夫婦喧嘩は犬も食わないんだ」


 今、こんなふうに目の前で折り畳まれてしまっている親友のようになりたくはないだろう?

 慎重に、もっとうまくやっていこう。


 懐に入れていたスマホが鳴り始めたのはちょうどそんなことを考えていたタイミングだった。

 なんだろう、こんな時に。


「あ、ごめん、電話。父さんからだ」

「うん、終わったらみんなでご飯にしようね!」


 にこやかな笑顔を見せる美鈴と、白目を剥いて倒れている早馬に一声かけて俺は教室の外に出る。


慶喜よしのぶ。今度の日曜、予定を開けておくように』

「ああ、いいけど――」

『それと、後で言うことがある。今日は授業が終わったらすぐ帰ってこい、迎えをよこす』


 わかったと一つ返事を返しスマホを仕舞う。


 今日は部活の日じゃないからいいけど……なんだろう。

 怒られるようなことをした心当たりはないのに。

 俺は胸騒ぎを感じながらも教室に戻り、美鈴たちと昼食をとることにした。


「慶喜、大丈夫? 顔色良くないよ」

「ああ、大丈夫。ありがとう」

「お、オレのほうの心配もしてくれよ……!」


 そうそう、昼食のたくあんサラダパンはかなりの当たりメニューだった。


 字面からすると、とんでもないイロモノに見えるだろう、でも。

 どこか懐かしい素朴な、しかし風味のいいコッペパン。

 その中にはマヨネーズで合えたたくあんサラダがしっかり詰まっている。

 近いものを探すとしたらコールスローなのだろうが……。


 しゃきしゃき

 カリカリ――。


 たくあんの歯触りとマヨネーズのまったりした味、キャベツではこうはいかない。

 そして二つの組み合わせが生み出す独特のコクがこのパンのもう一つの魅力。

 塩味強めなのかな?とちょっと警戒していたけれど下処理がしっかりしているのか、そんなこともない。


 きっと一か月経たずして購買部から姿を消すヤツだろうけど――。

(もうちょっと冒険してもいいのかな……)


 こんな静かで平坦な"青春"の日々が続く中、貴重な体験ができたことを喜ぶべきなのかもしれない。

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