第十話
宗一郎は余裕たっぷりにハンドルを握りながら、スイッチを入れた。
「ぁーあー。まいく、テスト。マイク、テスト」
外部スピーカーから、軽快な声が響く。
「俺としては、もう仕事は終わらせたい。その意味、解っているよな」
戦場にいるのが日常のように、平然とした口調で敵に話しかけながら。宗一郎は少し笑いながら、御器囓の加速力を最大限に活かして、襲撃車両の周囲を素早く虫が方向に変えるように車体を滑らせていた。
襲撃者たちは、御器囓がまるで幽霊のように目の前を通り過ぎ、すぐに姿を消すその動きに混乱していた。砲撃、ミサイル、機関銃で応戦しようとするが、すべて空を切っていた。
「くそっ、速すぎる!」
「あの図体で、出せる速度じゃない!」
「なんなんだ、あの戦闘装甲車は!?」
襲撃者たちは必死に反撃の準備を整えようとするが、素早い動きに目が追いつかず、全員が不安と恐怖に包まれていた。
「降伏しろってか、冗談じゃねえーぇー!!」
一人が叫ぶが、その声には明らかに動揺が混じっていた。圧倒的なスピードと機動力を前に、追い詰められていることを実感していた。
「三時のおやつタイムしたいし、夕食の準備もしないといけないんだ」
さらに追い打ちをかけるように、呼びかけた。
「
相変わらず素早く動きながら、まるで捕食者が獲物をじわじわ追い詰めるように襲撃車両の周囲を走り続ける。
その挙動は――生き物そのもの。
通信機越しに、アネスが奇妙なトーンで、
<ねーぇー、宗一郎。輸送車両、煙が出て止まったんだけど?>
話しかけてきた。
宗一郎は、苦笑で答えた。
「考えてなかったな、ヴァンケル」
『ぅん。考えてなかったみたいだね、宗一郎。ぼくより、頭いいはずなんだけどな? アネス』
「揮発性物質のなかで、煙草吸って。朝っぱらから爆発させる、滅茶苦茶な女だぞ」
『あれだ! タバコとお酒が、アネスをおかしくしているのかも』
「ぁー、それはあるかもな。喫煙と禁酒させるか」
<ワタシの悪口言ってない?>
「言ってない、し。な、ヴァンケル」『言ってない、よ。ね、宗一郎』
襲撃者たちは外部スピーカーから、聞こえている内容に動揺した。理解し始めていた、関わってはいけない人間に関わっていることに。
「おい……あいつら、今、助けた輸送車両を壊した。と、話してなかったか…………」
半ば茫然とした声で呟いた。
「アレにとって、この状況が普通みたいだ、な」
別の襲撃者が、冷や汗を滲ませながら同意した。
輸送車両を救った相手が、それを破壊したと他人事のように話している様子。彼らの行動は、襲撃者たちの常識を完全に超越していた。
「あいつら……」
「やばいぞ、本当に……」
「勝ち目が、ない」
「こ、降伏」
「次に撃たれたら、終わる」
余裕を持って戦闘を楽しんでいる光景は、彼らにとってさらに不安を掻き立てるものだった。
襲撃者たちは、お互いに顔を見合わせたいない。
だが、
降伏するしか道が残されていないことを感じ取っていた。
クラウンは、砂漠の熱気と戦場の混乱の中で、ひときわ冷静に状況を見つめていた。目撃している光景は、今までの常識を覆すものだった。あの謎めいた装甲戦闘車の行動――特に操縦者の不可解な動きは、戦闘の経験が豊富なクラウンにさえ説明がつかなかった。
「……ただの敵じゃない」
息を詰まらせた。
これまで多くの戦場で数々の敵と対峙してきたが、今まで出会ったどの敵とも違う異質を感じていた。
敵味方の区別ができない行動が、クラウンの判断力を鈍らせていた。
戦場の鉄則は、敵か味方かを明確にすること。曖昧な存在が一番恐ろしい。だが今、すぐソコにいるのは、その“曖昧さ”を体現していた。
戦術が浮かんで、消えた。
「降伏する」
部下たちに命令を出した。
このままでは全滅しかない。戦い続けても勝ち目がないと悟った。クラウンは、戦闘を終わらせる方向へ舵を切った。
周囲の部下たちは、混乱しながらもその指示に従った。
圧倒的な力を目の当たりにした彼らは、既に恐怖に飲み込まれつつあった。
だが、
その
一台の車両が、その指示を無視してエンジン音を轟かせた。
「まて!」
クラウンが声をあげたが、無視された。
「降伏なんてしない! あいつをぶっ倒してやる!!」
反旗を翻した男が叫ぶ。
彼の車両が砂煙を巻き上げながら突進して行く。
全てが一変した。
空気が変わった――いや、重く、冷たくなった。
宗一郎がハンドルを握りしめ、アクセルペダルを踏み込みとエンジンが、不気味な唸り声を上げ。御器囓の車体が、生き物のように微かに震えた。
瞬間、その車体に異変が。
外装が虫の殻が剥がれるように変形し始めた。
鋼鉄でできた装甲が、歪み、伸び、脱皮する音が戦場に響き渡る。
襲撃者たちは、信じられないものを見ていた。車両が、ただの機械ではなく、何かの生物なのだと知った。
「何だ、あれ」
一人が、後ずさった。
御器囓は異様なまでに不気味な形へ。
鋭利な突起が車両の両脇から伸び、タイヤの回転軸が軋む音を伴い、昆虫の足のような形状へと
バイオミメティクスの恐怖が、展開されているのだ。
ゴキブリを模倣したその車体は、機械のフリをした生命体。
襲撃者たちの精神に、じわじわと恐怖を植え付けていく。
「イキモノ?」
反旗を翻した襲撃者は、突如として襲い来る異常な光景に足がすくんだ。恐ろしいモノを呼び起こした感覚に陥った。
序章に過ぎなかった。
次に見せた動きは、最も恐ろしかった。車体が前傾し、前方の突起部分が巨大に開き始め、鋼鉄の牙がむき出しになり、車体全体で獲物を狙う肉食獣に変化していた。
「や……」
反撃しようと慌てて、機銃のトリガーを引いた。しかし、その銃弾は装甲に跳ね返された。機械でもない、鉄でもない、得体の知れない存在。が、車両に襲いかかった。
影が――車両に突進した。
「うわーーーーぁぁぁぁああああっ!!!!」
悲鳴が砂漠の中に響き渡る。
巨大な口が開き牙が、車両に食い込む。
鋼鉄の音が断末魔の叫び、破壊されていく。ゴキブリが獲物を噛み砕くその動きは、目を覆いたくなるほど恐ろしく、残酷だった。
その光景を目の当たりにしたクラウンと他の襲撃者たちは、もう声すら上げられなかった。
彼らのすぐ傍で繰り広げられているのは、機械が暴れる戦場ではなかった。現在、地球でもっとも危険な生物である昆虫が、獲物を狩る恐怖そのものであった。
「バケモノ」
クラウンは、震える声でささやいた。
装甲戦闘車が何者かを理解することすらできなかった。敵! そんなことはもはや問題ではなかった。
目と鼻の先の存在が自分たちを襲うか否か――それが唯一の恐怖だった。
噛み砕いた御器囓は、ゆっくりと
運転席では、宗一郎がハンドルに上半身を預けていた。
いつのまにかエンジン音が静かになり、車体がゆっくりと元の形に戻り、先ほどまでの狂気が消え去っていた。
「生け捕りの方が、利益いいんだが。食費の負担が減って、プラマイ
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