第十一話
砂漠の熱気に包まれた戦場は、すっかり静けさを取り戻し、かすかに漂う風が心地よかった。
襲撃者たちが武器を放棄し、無力に座り込んでいた。それは、終息を告げていた。
「さて、少し早いが――三時のおやつにします!」
ヴァンケルに声をかけた。
人、形態で立っていた。
姿は一見すると無機質で整った青年のようだが、目にはどこか子どもっぽい好奇心が宿っていた。
身体は細身で超高身長、皮膚は陶器のように白く滑らか。
生きているかのように見えるが、動きは時折、機械的な正確さを感じさせた。彼は人工的に作られた存在で、誕生からまだ一年しか経っていないため、どこか無邪気な表情をしていた。
「あいす、アイス! たべたい、食べたい!?」
ヴァンケルは嬉しそうに目を輝かせ、子どものように手を挙げた。笑顔から、“殺戮兵器”としてのイメージとは、全くかけ離れたものであった。
「椅子とテーブルの準備してからな。立ったまま食べてるのは、行儀悪いから」
「はぁーあーいーぃー!」
激しい戦闘がまるで嘘のように、空は青く澄みわたり、砂の上には風が巻き上げた砂煙が軽やかに漂っていた。
遠くの山脈が霞んで見える広大な風景の中に、ぽつりと異質な光景が広がっていた。
パラソルが開き、その下には折りたたみテーブルと椅子が並んでいた。
宗一郎とヴァンケルが設置したそれらは、まるでビーチのようにリラックスした空気を漂わせていた。
「暑いなかで食べる、アイスは美味いな! 冬の暖房の効いた部屋で、さらに
満足げに頷きながら、手作りしたアイスクリームを一口、頬張った。
口の中で冷たいチョコレートアイスが甘く溶けて、心地よい幸福感に包み込んだ。
宗一郎が食べている味は、大人の焙じ茶。
反対側の席には、二メートルを超えるヴァンケルが座っていた。
大きな左手でステンレス製アイスクリームボウルを抑えながら、右手は器用に木製のスプーンで、アイスクリームをすくい上げ――頬張る、愛らしさ。
「そういちろう、宗一郎! このチョコレートアイス、まえのより、あじが、のうこうだ!?」
ヴァンケルが食べているのは、宗一郎が工夫を凝らして作った、特製チョコレートアイスだった。
いつものチョコレートアイスでも、甘さと香りは十分な満足感を得られる。だが、今回はそれだけでは物足りないと感じ、さらに手を加えていた。
「チョコチップをたっぷり入れて、濃厚さを増し。豪華にした!」
宗一郎は、誇らしげに言った。
「カリッ、カリッが。チョコチップなんだ、ね」
ヴァンケルがひと口、食べるたび、口の中で溶けていくアイスの感触を楽しむ。冷たくて濃厚なチョコレート味が、舌の上に広がり、それが一瞬で甘さからビターへ。
「ちょっと大人になったかんじ」
複雑な味に驚いているようだった。
彼にとっては甘いアイスが好きだが、今回のチョコレートアイスは苦さが含んでおり、子どもには少し大人びた味に感じられた。
ヴァンケルが手にしたチョコレートアイスをじっと見つめ、
「ちょっと、早かったかもな」
遠くを見るように目を細めた。
確かに、自分にとってはそのほろ苦さがカカオの醍醐味であり、味わい深いものだった。だが、ヴァンケルはまだその複雑さを楽しめるほど成熟していない。シンプルで優しい甘さが、お似合いだった。
機械的な光沢を放つ金属パネルなかに、保冷してあるミルクアイス。荒廃した地球でも、甘いひとときを忘れない――宗一郎の流儀。
「これかな」
冷蔵ユニットを開ける。と、白く霧のような冷気がふわりと漂い、周囲の乾いた砂漠の空気に混じり合った。そのなかから、ミルクアイスの真っ白な表面は、純白の雲の一片のように輝いていた。
新しいステンレス製のアイスボウルを持ち出し、ミルクアイスを丁寧に盛り付けた。ボウルの冷たさとアイスの白さが、まるで冬の雪原に咲く一輪の花のように映える。
宗一郎は出来前に満足していた。
「はい、ミルクアイス」
差し出した。
父親が子どもにご褒美をあげるかのような、温かさが漂っていた。
目をキラキラさせながら、ミルクアイスを見つめた。
「みるくあいす、だ! ありがとう、宗一郎」
「どういたしまして」
ヴァンケルは宗一郎から、新しい木製のスプーン渡されると。そっと柔らかな表面に触れた。スプーンがアイスに入り込む感触は、雪の中を通り抜けるようだった。
軽やかに口に吸い込まれ、入っていった。
「おぃいしいーぃー!!」
ミルクアイスが溶けるたびに、満足げな表情を浮かべた。
冷たさと甘さが一瞬で広がり、まるで砂漠の暑さを忘れさせるかのように、全身に広がっていく。
宗一郎はそんなヴァンケルを見ながら、ゆっくりと息をついた。
「それはそれは、ありがとうございます」
軽い調子でありながら、どこか深い優しさが含まれていた。
宗一郎は、ヴァンケルがミルクアイスを食べ終えるのを確認すると、満足そうに頷いた。しかし彼の頭の中では、もう次の一手を考えていた。
これだけでは、終わらせない。
「さて、スペシャルなものを」
再度、御器囓の冷蔵ユニットへと向かった。
内部には、戦闘に使う装備品だけでなく、彼の“もう一つの趣味道具”が並べられていた。
冷蔵庫の中には、ボトルに手書きの付箋でメロンソーダ。隣にはしっかりと、保存された牛乳と新鮮なさくらんぼ。それと砂糖という印刷がされてあるセラミックキャニスターが、スタンバイしていた。
――凝り性。
「クリームソーダ飲むだろ、ヴァンケル」
「のーぉーむーぅー! のーぉーむーぅー!!」
準備を始めた。
生クリームを選んだ理由は、ただ単にアイスクリームと被らせたくないから。
ヴァンケルを楽しませ。
いろいろな体験を与えたい――そんなこだわりが、心にあった。
宗一郎は、生クリームを軽やかに泡立てながら、自分の頭の中で計算していた。ソーダの甘さと生クリームのまろやかさが交じり合う絶妙なバランスを目指して、手元の泡立て器がリズミカルに動く。
彼の手つきはまるで職人のようで、アイスクリームを作るときとはまた違った集中力が漂っていた。
「なんで、なまクリームなの?」
ヴァンケルは手元をじっと見つめながら、質問を投げかけた。
「アネスの夜食後に、アインシュペナーを出したら。『メロンソーダに、生クリームたっぷりのクリームソーダを出してやったら。ヴァンケル、喜ぶんじゃない』って、さ」
「アネス、が」
「あれ、は。アレ、で。ヴァンケルのことを大切にしてるから」
「ありがとうって言っておく」
クリームソーダの準備を始めた。
キラキラと光る氷のなかに炭酸が弾ける音。鮮やかな緑色の液体がグラスの中に泡立ちながら注がれていく。その光景はまるでエメラルド色の宝石が踊っているかのようで、ヴァンケルの瞳にはその煌めきが映り込んでいた。
生クリームをふわりと盛り付け――完成?
「いつも面倒みてる礼、貰ってもいいんだけ、な。俺ら」
微笑しながら言った、宗一郎は。
「宗一郎って、料理好きだよね」
そのおかげでいつも、美味しいモノを味わえることを理解していた。
最後にさくらんぼをひとつ、クリームのてっぺんに慎重に乗せた。真っ赤なさくらんぼが、生クリームの白とメロンソーダの緑に華やかなアクセントを加え。
「完成! 宗一郎さま、スペシャルクリームソーダ」
誇らしげにグラスをヴァンケルに差し出した。
ヴァンケルの顔には、期待と喜びが一度に広がった。グラスを見つめ、うれしそうな顔がますます輝きを増していった。
「うわぁーあー、すごい!」
嬉々として、慎重にグラス受け取った。
ヴァンケルはちゃんと椅子に座ってから、メロンソーダに刺さっているストローから、一口飲んだ。
炭酸が口の中で心地よく弾け、その甘さが瞬く間に広がっていく。次に、スプーンでふわりとした生クリームをすくい上げて口に運んだ。まろやかな生クリームがメロンソーダと絡み合い、アイスクリームとはまた違った重厚な味わいが、口内で広がった。
「うん、生クリームもすごくいい! ソーダの甘さとクリームの柔らかさが、絶妙だよ!!」
ヴァンケルは満足げに笑いながら、さらに飲み続けた。
その様子を見て、
「えらく、語るな。どこで覚えてくるんだ」
選択が正しかったことを確認した、宗一郎だった。
その光景を遠くから見ていた襲撃者たちは、完全に唖然としていた。
さっきまで彼らは死を覚悟し、戦闘で心身ともに疲れ果てていた。
しかし、
今目の前に展開されているのは、全く別の世界のようだった。
二人が楽しそうにアイスを食べ、クリームソーダを飲みながら笑い合っている。その和やかな雰囲気が、かえって彼らに不気味さを感じさせた。
「……何なんだ、あいつら。戦場の後にアイスを食って、楽しそうに話してるなんて…………どうかしてる」
一人の襲撃者が小さく呟いた。
戦いの後でくつろいでいる宗一郎とヴァンケルの姿が、何か異常なものに見えて仕方がなかった。
「俺たち、殺されるんじゃないのか?」
別の襲撃者が怯えた声で仲間に問いかけた。
しかし、そんなことを感じさせないほど、宗一郎とヴァンケルはのんきに楽しんでいた。
宗一郎は、ふと、アイスボウルを片手に立ち上がり、襲撃者たちの方に歩み寄った。
そして、
ニッコリと笑いながら、こう言った。
「お前らも、アイス食うか? チョコレート、いちご、ミルク、焙じ茶、好きなのを選べ」
その言葉に、襲撃者たちは完全に戸惑った。
先ほどまで彼らを圧倒していた少年が、今はアイスクリームを手にして敵に振る舞おうとしている。
この異常な状況に、誰もが声を失っていた。
「な、? 本気で言ってるのか……」
一人の男が震える声で応えた。
心の中では、これが罠なのではないかという疑念が膨れ上がっていた。だが、少年の顔には特に悪意は見えなかった。
ただ、いつも通りの穏やかなで、アイスを差し出していた。
「作り過ぎて、な。お前らも、依頼主が来るまで、暇だろ?」
軽い調子。
その後ろで青年が、楽しそうにクリームソーダを飲んでいる。超高身長とは裏腹に、彼の仕草は子どもが、大好きな飲み物を味わっているかのようだった。
「そういちろう、おかわりーぃー」
元気な声。
「ちょっと待ってろ、ヴァンケル。で、どうする?」
「タべるカ?」
「でも……」
「こんな…………」
「状況で………………」
襲撃者たちは、困惑を隠せなかった。
自分たちを攻撃し、車両を破壊した少年が、笑みで勧めてくるアイスクリームを。そのギャップに、精神的なバランスを崩し始めていた。
「もらうよ」
一人の男が呟いた。
笑った。
「惜しかった、な。俺らじゃなかったら、アンタの勝ち」
気づいた。
「まって、な」
宗一郎は、パラソルへ戻る。
クラウンは、悟った。
彼らが、便利屋の
遠くからエンジン音が聞こえてきた。
「……きた、来た」
宗一郎はパラソルの影から顔を上げ、遠くの車列を見つめた。ミルクアイスとクリームソーダを食べ終えたヴァンケルも、満足げな表情で視る。
「さて、と。おつかいして、家に帰りますか」
「うん」
宗一郎とヴァンケルは、立ち上がり。
本日のおやつ
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