第六話

 走る三台の輸送車両。

 彼らの進路を遮るようにして、一台の大型襲撃車両が立ちはだかっていた。

 この車両は、進路を強制的に塞ぐ役割を担っており、重装甲と火力を備えている。まさに進路妨害を目的とした専用の車両。


「先頭にいるデカブツ、邪魔だな。逃走進路を塞ぎやがって。こいつを排除しない限り、輸送車両を逃がせない、な」


 空調が効いた白ゴキの運転席には、高解像度のスクリーンが配置されており、目の前に広がる景色がすべてリアルタイムで表示されていた。


大型襲撃車両ミノタウロス。囲んでいる車両のなかで、もっとも装甲が厚い。が、そのため機動力が一番鈍い』

「通せんぼするには、もってこいだな」

『どう排除する?』

「転倒」

『重量級を』

対戦車ミサイル投槍で、転ばす」


 宗一郎が座るっている場所は、最先端の戦術司令室。

 白ゴキこと、正式名称――御器囓ごきかぶりは、生物模倣バイオミメティクスを用いた戦闘装甲車。

 生物模倣されている昆虫は、ゴキブリ。

  微細な振動や空気の流れを感じ取る能力を応用した、センサーが搭載されている。

 それを最新鋭の映像機器と接続させることで、視覚映像として全ての情報がデジタル表示され。輸送車両、敵車両の動きから、地形、さらには風速や砂塵の状態まで情報を収集し、最適化。

 それが、宗一郎の視界に。


『手段は』


 ディスプレイに映る敵車両の進行方向を指しながら。


「砂丘を利用する」

『了解。重力から解放される瞬間。と、対戦車ミサイルを撃ち込む角度を計算する』


 ヴァンケルの声が、コックピットに響く。

 宗一郎の計画。

 砂丘の斜面を登り切りると、車体が空中に浮かび上がる。車体の重さが重力に逆らって、一瞬だけ無効になる。そのとき、ミサイルを正確に底部に命中させることで、車両の重量を逆に利用する計画。


 宗一郎は冷静な眼差しでディスプレイに映る戦況を見つめ、次の一手を練っていた。


「アネス。輸送車両の飛び出すタイミング、任せる。あと、は……あれな、操縦席から避難な。着弾時の爆風で死にましたは、責任取れん」


 視線は、前方の輸送車両に向けステアリングに軽く手を添え、声をかける。


<あーい。奥に隠れておいてって伝えてあるから問題ない、わ。ポート開放してもらっているから制御システムは、ワタシの支配下にある。ハハハッ、あとはこっちが好きなタイミングで、動かせる>


 軽い調子で返ってきた返答に、宗一郎は首をかしげ。


「それだと……悪役ヴィランだから。仕事ではあるが、主役ヒーローな、俺ら。てか、アネスが襲撃車両クラッキングしたら楽じゃね? でっかいドンパチしないでいいし」


 短く問う。


<車両そのものが厄介なんだよ、ね。あいつら、金、ないから。デジタルシステムの比率が、少ないんだよ。クラッキングが中途半端で、こっちの意図を察知されたら逆効果だし。連中、パニックに陥ってくれるなら儲けものだけど、自棄やけになられるのは避けたいしねぇー」


 アネスの説明しているトーンから宗一郎は、会社のガンガンに冷房が効いている電算室れいぞうこのなかで、機器に囲まれながら肩をすくめている姿が想像できた。


「それで。デジタル対デジタル電子戦じゃなくて、アナログ対アナログ格闘戦理由わけか」


 襲撃車両の配置が映し出され、緊張感が一層高まる。

 宗一郎は状況を確認していた。

 襲撃者たちは砂漠に広がり、すでに次の攻撃を仕掛ける態勢を整えている。彼らがアホな動きをする前に、こちらから先制攻撃する。


「アネス、ヴァンケル。先制攻撃はお前たちへ任せる。こればかりは、俺には無理だからな」


 宗一郎は指示を出す。

 敵の動きを一歩先んじるためには、アネスとヴァンケルの技術と精密な計算が不可欠。


<おお、大役!>


 アネスは陽気な声で応え、すぐにコンソールを操作し始めた。

 手元には、輸送車両から襲撃車両など周囲の環境データが、リアルタイムで流れ込んでおり、その膨大な情報を瞬時に処理し。

 ヴァンケルに転送していた。


「できそうか? ヴァンケル」


 白ゴキの操縦席に、深く腰掛けた。


『敵、味方の配置、車両の速度、そして攻撃の最適なタイミングを把握した。アネスからの情報も、随時更新ている。現時点では問題なし』


 作戦の進行を正確に伝えた。

 ヴァンケルはアネスよりも演算能力は、やや劣るが細かな要素を見逃さない。

 殺戮さつりく兵器でありながら、交通違反者ロード・バスターなかで一番繊細な性格をしている。




「囲い込みだ。ゆっくりと、じっくりと進めろ。奴らに逃げ道を与えるな」


 低い声がコクピット内に響き、冷静さが乗組員たちに緊張感を与える。

 常に冷静で、感情に流されることはない。その目には、作戦の成否しか映っていなかった。

 後方では、興奮に満ちた乗組員たちが熱を帯びた声を交わしている。

 彼らはすでに勝利を確信しているかのように、戦いへの欲望が高まっていた。


「早く攻撃を仕掛けて、奴らをぶちのめそうぜ!」


 血の気の多い若い乗組員が、ステアリングを握りしめながら口元を歪めた。

 顔には笑みが浮かんでおり、その眼差しには明らかな興奮が見えた。目の前にいる無防備な輸送車両を見て、早くも手柄を焦がれていたのだ。


「焦るな」


 瞬時に彼の口を封じるように一喝した。

 言葉は冷たく、鋭い。興奮している乗組員たちの熱を瞬時に冷ますその声音は、まるで刃物のようだった。


「破壊することだけなら、誰にでもできるんだよ。それと生きて捕らえろ、よ。人質に使えるからな」


 一言で、車内は再び冷ややかな沈黙に包まれた。

 指揮車両クラウンの言うことが全てであり、従わないことは考えられなかった。彼の冷徹さは、ただの指示ではなく、計算し尽くされた作戦そのものだった。


 九台の車両は、三台の輸送車両をじわじわと包囲するように円を描いていた。

 それぞれの車両が緻密に計算された位置に配置され、輸送車両の動きを封じていく。六台の車両は両脇から逃げ道を塞ぎ、一台が完全に後方を抑え込む形で陣を取っていた。


先頭車両あたまはしっかり抑えておけ。逃がすなよ」


 クラウンは静かに指示を出す。

 車両は輸送車両から少し離れた位置をキープしている。決して自らが危険にさらされることはない。


「奴らが変な動きをしたら、威嚇射撃しろ」


 一方で、乗組員たちは戦闘の気配に興奮を抑えられずにいた。彼らの目には、もうすぐ手にする戦利品がちらついている。


「動けよ、くそ。撃ち込みてぇー!」


 若い乗組員が苛立ちを隠さずに叫んだ。

 指を鳴らしながら、今にも攻撃したくて仕方がない様子だった。その手には、火器が握られており、その重みが興奮へ。


薬室チャンバーに弾が、装填されないのに撃てるのか。そいつは」


 再び、冷ややかな声。

 彼にとって、味方は敵だった。

 じわ、じわ、と相手を追い詰め、最後に一撃で狩る。

 それが彼が望んでいる作戦、焦りはリスクでしかない。


 車両の旧式ディスプレイに目をやり、砂漠の起伏を確認していた。

 砂丘の位置、風向き、そして敵の輸送車両の僅かな動きまで把握していた。

 彼にとって、全ては計算の中にあった。


「機会。それだけを狙う」


 彼は静かに呟き、冷たい視線を前方に送る。


「それまで、待て」


 冷徹な口調で乗組員たちに最後の指示を送る。

 彼の戦術には無駄がない。先に動くのは、必ず相手だという確信。


 一方、乗組員たちはその冷静さにじれったさを感じていた。

 目の前にいる獲物をすぐにでも仕留めたくて仕方がない。それは彼らの本能であり、血の気が多い者にとっての自然な反応だった。


「いつまで待たせるんだ!」


 車内の一人が苛立ちを爆発させ、拳を握り、額には汗が滲み。緊張と焦燥感が絡み合っていた。


「黙れ」


 低い声が、それまでの熱気を一瞬で冷ます。

 乗組員たちがどれほど興奮していようと、その冷徹な指揮には誰も逆らえない。


「焦らず、包囲を閉じろ」


冷静に計算されたその一言が、乗組員たちの心を再び抑え込んだ。彼らは、クラウンの指示に従わざるを得ない。


 砂漠の広がりは、そのまま狩り場へ。

 襲撃車両側は静かに、だが確実に、包囲網を狭めながら、獲物の動きを封じていく。

 クラウンの目は鋭く、冷徹なままで、微かな勝利の兆しを見逃すことなく狙い続けていた。

 そして、乗組員たちの中で渦巻く血の欲望を押さえつけることで、彼らの集中力は極限まで高めていた。





 襲いかかるときは、訪れる――交通違反者ロード・バスターが。

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