第五話
広大な砂漠が果てしなく続く世界――かつては
この地を行く者は皆、死の影に取り憑かれ、わずかな物資と命を頼りに過酷な日々を生き延びている。
三台の物資運搬車両が、その広大な砂漠の中を進んでいた。
彼らが運んでいるのは、燃料や医薬品、そして生きるために必要な食料。これらの物資は、地上に暮らす人々の命を繋ぐ最後の希望だ。
だが、
この荒れた世界では、資源を巡る争いが日常茶飯事であり、何者かがその運搬車両を狙うことも。
運搬車両のキャビンの中は、異様な静寂に包まれていた。エンジン音だけが響き、乗組員たちの無言の緊張感が漂っている。
運転手はハンドルをしっかりと握り、助手席の男は外の景色をじっと見つめていた。
「……何か嫌な予感が」
ぼそりと呟いた。
運転手の目は、前方の砂嵐の向こうを見据えている。砂が舞い上がり、視界がぼやけているが、彼の不安はそのせいだけではなかった。
「おい、何か見えたのか?」
助手席の男が尋ねるも、首を横に振った。
「いや、ただ、何か気になって」
助手席の男はため息をつき、無線機に手を伸ばした。
この砂漠を行く以上、いつどこで襲撃されるかわからない。少しでも異常を感じたなら、すぐに備えるべきだ。
しかし、
今のところは特に目立った異常はなかった。
「気のせいでも、ここは砂漠。勇敢なモノより、臆病なモノが生き残れる世界」
その言葉に深い意味はなかった。
だが、彼自身も、どこか不安定な空気を感じ取っていた。
しばらくの間、砂漠の中を無言で進んでいたが、その静寂は突然破られた。
運転手が目を凝らして前方を見つめていると、砂嵐の向こうに何かが見え始めた。遠くから黒い影が徐々に浮かび上がってくる。
「まえ!」
運転手が声を上げながら指差す先には、いくつもの車両が砂煙を巻き上げながら接近してくるのが見えた。
「終わってほしかった、な。気のせいで」
助手席の男もその光景を目にし、顔色を変えた。これは間違いなく敵だ。無法者たちが、物資を奪うために襲撃を仕掛けてきた。
「全力で、振り切るか?」
運転手が焦りを滲ませながら、問いかける。
「無駄だな。こっちは輸送車、速さは二の次だからな。追いかけっこなら、奴らは俺たちより速い」
助手席の男は冷静を保とうとするが、その声は震えていた。
運搬車両は物資を満載しており、スピードは出せない。それに、敵の車両は高機動型であり、逃げ切れる可能性は低かった。
「どう? 守り抜くか……」
運転手は緊張した面持ちでアクセルを踏み込むが、車両は重たく、思うように加速しない。砂嵐がさらに視界を悪く、敵がどこまで迫っているのか把握するのは難しかった。
「ちくしょう! 口は災いの元って、か」
「近くの警らに救助連絡を!」
運転手が叫び、助手席の無線機を手に取った。
この状況では、自力で脱出することは絶望的。彼らに残された選択は、この危機を救うことができるモノに、頼るしか道はなかった。
緊急周波数を使い、すぐに救助依頼を送る。
「こちら運搬車両T-001、緊急事態発生。複数、敵車両が接近中。搬送予定地に到着する前に、物資ごと奪われる危険あり。至急救援を求む」
助手席の男は無線に向かって、救助連絡をした。手は震えており、胸の鼓動は耳元で大きく響いている。
「くそっ、が」
運転手もまた、歯を食いしばりながら睨んでいた。
敵車両は砂煙を巻き上げ、確実にこちらに迫ってきていた。逃げることは、ほぼ不可能。
無線からしばらくして応答があったが、それは形式的なもので、具体的な助けがすぐに来る気配はなかった。
「こちら、
現在、近辺の警ら部隊に救援を要請中だが、支援には時間がかかる。悪いが、到着するまで、持ちこたえてくれ。
申し訳ない」
顔はさらに青ざめた。
すでに時間との戦いに突入している。警ら部隊が来るまで、彼らが生き延びられる可能性は、ほとんどない。
「持ちこたえろって、無理に決まっているだろう……」
無線を握りしめながら呟いた。
次に、警ら部隊からの応答が無線に返ってきた。だが、その対応は冷たく、無機質だった。
「
その返答は、死刑宣告。
助手席の男は絶望的な表情を浮かべ、声を失った。
その時、突然無線機に異なる声が割り込んだ。
軽やかで、どこかコミカルな口調が響く。
緊張感が張り詰めた空気の中で、あまりにも場違いな声だった。
<やあ、やあ、やあ。緊急事態っぽいね。何か手助けが必要、なのかな?>
声が、笑いを含んだような軽さで響き渡った。
「どうやって、侵入している! 何者だ!?」
通信士は、すぐさま警戒を強めた。
厳密な暗号化システムに割り込むことができる存在がいるとは、思いもよらなかった。
<おっと、怒らないでよ。困っているみたいだから。ワタシたちが、手伝ってあげようかなって思って、ね>
さらに軽妙な、トーンで話を続けた。
「緊急通信回路侵入は、重大違反行為。と、知っていて、もか」
声を強め、厳しい口調で警告を発した。
しかし、その声を鼻で笑い飛ばすかのような、態度を崩さない。
<重大違反行為? いや、いや、いや、それを言うなら。君たちの方が、重大違反行為じゃないのかな。秩序軍団、オーダーレギオンと名乗っておきながら。たかだか、三台の輸送車両を助けることができない、無能ぶりは――軍法会議ものだよ」
「貴様に言われなくても、わかってる! だが、俺たちが今いる場所からじゃ、どう考えても間に合わないんだ」
距離を測り、時間を計算する。
物理的な距離と時間の制約は、意志とは裏腹に無慈悲に立ちはだかる。
<おーい、ごめん、ごめんって。そんなに深刻になられたら、ワタシ、ワルモノみたいじゃない。これでも、機械仕掛けの神と呼ばれていたときもあるから、神頼みしてみる? 案外、助けてくれるかも、よ>
相変わらず冗談を言うかのように、軽く笑いながらの口調。
「ふざけるな! こっちは本気で駆けつけたいんだ!? だが、物理的にどうにもならないものは、ならないんだ」
彼らの焦りと使命感に対する軽んじられた感覚が、さらに感情を揺さぶっていた。
だが、
声の主はその苛立ちを受け流しながら、さらに言葉を続けた。
<まぁ、まぁ、まぁ、そう怒らないでよ。ワタシ、こう見えて仕事はちゃんとする、よ。だからさ、依頼してくれる?>
言葉には、あくまで軽さが感じられるが、その裏には確実な自信が見え隠れしていた。
「本当にできる、のか?」
疑念と不安の入り混じった声で尋ねた。
<有限会社――
自信満々に答えた声には。
完全に状況を把握し、すでに解決策を練り終えているような余裕があった。
「……ロード・バスターだと」
まるで、その名前が特別な意味を持つかのように、静寂が広がった。
「あなたが、ロード・バスターの
息を飲み、その名前が持つ重みを改めて感じた。
便利屋業界の中で、名を知らない者はいない。
そして、
その名が響くたび、数々の難事が解決されてきたという確固たる実績があった。
<ピンポン、ピンポン、大正解! で、書類関係はあとでも、いいのかな?>
アネスは楽しげに応じた。
「はい」
小さな声でその願いを込めた。
<その願い、叶えてあげましょう>
アネスは冗談めかして笑いながら、通信を切った。
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