第二話

 宗一郎は無意識に踏み込んでいたアクセルペダルをゆっくりと戻していくと。スピードメーターの針がアクセルと連動し反時計回りに動く。

 のだが。

 激しく巨大な六つのタイヤは砂を撒き散らすことは止めなかった。


「ヴァンケルの言うとおり、人間離れしてきてるのは確か、だな」


 と、呟きながらシートに固定されている身体を少しだけ前後に動かし、運転姿勢を整え直し終えると。


『すまない。私は軽率な発言をしてしまった』


 運転している少年、松田まつだ宗一郎そういちろうに、殺戮兵器、ヴァンケルFが先程注意されたことを考慮し、運転席のヘッドレスト以外に搭載されているスピーカーから落ち着いた重低音で話しかけた。

 すると宗一郎は目を細めながら、握っているハンドルを軽くなで。


「気にするな、俺がこの世界で生きていくには必要なことだしな。それに、人間離れしたおかげで、お前と一緒に疾走れるし。神さまに感謝かな」

『大人だな』

「見た目は子ども中身は、い・ち・お・う、お・と・な、だから。それよりも、アネスのような毒の効いた冗談ブラックジョークを言っていることのほうが、俺としては気になる」

『…………、アネスに似てきているのか? 私は』

「おう。あとは、煙草ヤニエチルアルコールを飲み始めたら、もっと似てくるぜ」


 いたずら好きの子ども独特の笑いをしている、宗一郎の表情を捉えているカメラのレンズが高速で前後運動すると。


『ぅむ。気をつける』


 ヴァンケルの返答に、フッと鼻で笑う。

 侮りや軽蔑が含まれた笑いではなく、本当に冗談が言える心友しんゆうに対しての笑いだった。



「やっぱり、似てないわ。ヴァンケルお前とアネス」

『急にどうした』


 宗一郎は自分を捉えているカメラに一瞬だけ視線を向け、すぐに前方に戻すと。


「だいたい、あの女、毎回毎回、注意しても同じことしやがるし」

『ほんとうに、どうした宗一郎。話が見えないのだが』


 ヴァンケルがカメラで捉えている宗一郎の瞳にはフロントガラスを通り抜けた太陽の恵を吸収し、開いた瞳孔は。死んだ魚の目、生気が失われていた。

 ――うつろ。

 ヴァンケルは、コンプレッサーから出ている温度を少し下げ、風力を強くし、宗一郎に当てると前髪がなびく。

 冷たい風が刺激になり死んだ瞳に生気が。


「なぁー。俺、たまに、アネスって。馬鹿バカなんじゃないかって、思うときがあるだが――どう、思う?」

『どう、思う。とは?』

「あんな揮発性の高い物質の近くで煙草吸うなって、しつこく注意してるのに、吸いやがって。今朝もあの女な、自分の寝室を爆発させやがっただろ」

『ぅむ。朝から私と宗一郎の二人で、アネスの部屋を片付けたからな』


 スピーカーから聞こえるヴァンケルの声に、今朝の大惨事を思い出したのだろう。音程が狂っていた。


「いくらなんでも、人類を滅亡させることができるほどの機械仕掛けの神と呼ばれるだけの実力があるモノの行動とは思えないんだよ、アネスのヤツ。人類だけを的確に滅亡させたって公言した知識神だぜ。この荒廃した世界のように、人も大量に死んだけど、同時に世界の環境を劇的に変化させてしまいました。なんて、自分たちは愚かな行為をしてしまったんだって、後々、後悔することになるような争いするのではなく。あの女は――人類だけを抹殺するという超高度なことを難なくこなすことができるだけの能力あるのに。どうして、あんな単純な失敗を繰り返しているのかという、大モンダイ」


 饒舌にタレ流れる愚痴にヴァンケルは、アネスの反省しない行動に宗一郎は大層ご立腹していることを機械ながらも察するのだった。

 

『なるほど、宗一郎の言いたいことが理解できた。アネスは私よりも遥かに高い演算処理能力と記憶媒体があるのに、同じ失敗を繰り返しているのは。なにかしらの不具合がアネスに発生している? または、意図的に嫌がらせ行為としてアネスがしている? という前者と後者のどちらであるかの意見を私に尋ねているのだな』


 宗一郎は無言でカメラ向かって頭を上下に動かして、ヴァンケルの意見を伺う。


『…………。私の意見としては、前者の可能性は零だ。私たちの場合は、常に自己診断機能が随時作動しているからな』

「自己診断機能って?」


 カメラに向かって、宗一郎は小首を傾げた。

 すると、ピントの調整をしたヴァンケルが。


『例えるなら、痛覚だな』

「痛覚」

『そうだ、痛覚だ。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、アリストテレスの五感であり、魂の苦悩』

「…………? アリストテレスって、“少しも狂っているところがない天才などいない”、って言った。アリストテレス」

『正解だ。古代ギリシアの哲学者である、アリストテレスだ』


 気をよくした宗一郎がピント調整し終えたカメラに、ブイサインを勢いよく見せた。


『片手運転は推奨しない』


 おっと、失礼と舌をペロっと出し、引っ込めると。Vサインを出した右手をハンドルに戻すと。

 フロントガラス一枚、隔て、映し出す、景色に宗一郎は。 


「この世界の惨状を見たら、アリストテレス。“少しも狂っているところがない天才などいない”、から、“人は大いに狂った天災”、って言い直すだろうな」


 車外に装着されているカメラから宗一郎と同じ景色を視ているヴァンケルが。


『宗一郎が言うように、彼ならそう言い直すかもしれない。アリストテレスは…………こんな世界になる可能性を予見していたのかもしれないな。彼の有名な言葉のなかの一つに。“怒ることは簡単なことだ。しかし、正しい人に、正しい程度に、正しい時に、正しい目的、正しい方法で怒ること。”、と』

「皮肉にも的中させたな、アリストテレス」

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