第一話

 十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。

 どこの誰の言葉だったのか覚えていないが、その意味は理解できた。

 人類は魔法という科学を制御できずに自らの首を自ら絞めるという愚かな行為をした。

 ――自滅。

 と言いたいところだが。

 自滅一歩手前で踏みとどまった。

 人とは、なかなかに悪運が強い生き物である。

 一応、その悪運の強い生き物に俺も入っている、の――だが。

 

 俺としては。


 この世界が自滅一歩手前だろうが知ったことではない。それは、俺が、この世界の人間ではないからだ。


 いろいろな事情からこの世界に転生するという神さまの理不尽に巻き込まれた一人だからだ。

 苦しみも痛みもなく即死できたことに喜んだいたのに、最悪だ。 

 連れの二人。

 ――いや、正確に言えば。

 一機と一柱ひとはしらは、この荒廃した世界を楽園と呼んでいた。

 どんな感性をしているのか? 頭のなかを覗いてみたいものだ……。ぃゃ、やっぱり、止めておくことにする。

 上空に舞っている粒子が太陽光でキラキラと輝いている、この世界を楽園と呼べるのだから。

 完全に不一致だな、俺の感性と。

 

 だいたい、この世界のどこが? 楽園なのだろう。


 詩人的に謳うなら。

 まさに、世界の終わりハルマゲドン終末の日ラグナロクの痕の世界。

 最終戦争という人類が引きそうで引かなかった、最後の引き金を引いた世界。大地は砂漠と荒野と廃墟という絶望が満ち溢れていたのだが、驚いたことに緑は失われていなかったのだ。

 最終戦争後を題材にした小説や映画やアニメや漫画などでは概ね緑が失われているのが基本である。

 緑があったとしても砂漠にある小さなオアシスような場所や被害が最小限だった一部の地域などである。

 が。

 この世界では緑が緑緑あをあをとしていた。というよりも、爆発的に増殖して、森林地帯へと変貌していたのだ。

 連れの一人の知識神インテリゲンチャが言うには。

 植物は動物と比較して放射線の影響を受けにくいらしい、そのうえに核兵器のような大量殺戮兵器とは別に同じ大量殺戮兵器である生物兵器を使用したことにより。細菌の一部が放射線を浴びることで活性化し突然変異し、それが大地から栄養を吸収する木々たちの細胞と結びついて独自進化をした結果だろうと楽しそうに述べていた。

 そうそう。

 その知識神は、付け加えるように。『殺戮に対する美学が足りない。殺すなら殺す対象だけを殺す、それが本当の殺戮というものだよ。分かるかね、宗一郎。ワタシは人だけを的確に皆殺しにしたんだ、凄いだろう!』と。よく引き締まった体躯でありながらも豊満な胸を魅せ突き出しながら語ってきた。

 さすがは、人類を滅亡させた、機械仕掛けの神さまだけのことはある。



『――ぃちろう』


 心配する声音が空間のなかで反響する。


宗一郎そういちろう、聞こえているか』


 ヘッドレストに埋め込み装着されているスピーカーから先程よりも、大きな声が車内を圧迫する。


「きこえてる、聞こえてる、よ、ヴァンケル。それからヘッドレストのスピーカーから音声を出すな、俺は男に耳もとで囁かれる趣味はない」

『…………。宗一郎、街に着いたら病院で精神カウンセリングをしてもらったほうがいい』


 宗一郎と名前を呼ばれた少年の両眉毛が中央に寄る。


「おい? どういう意味だ」

『妄想癖は精神疾患の症状の一つだからだ』

「…………。あの短い会話のどこに? 精神疾患の症状の判断材料があった」

『宗一郎の生前の人生のなかで、女性に耳もとで囁かれたことがあったという話を私は聞いたことがないからだ』


 宗一郎は両手で握っているハンドルに力が入り、エアーコンプレッサーが作動して車内は涼しいはずなのに、額から汗が噴出する。


「しょ、しょんなことないぞぉ~。今も生前むかしもモテモテだぞぉ~」

『声が裏返っている』

「…………。すみません、見栄を張りました」

『よろしい。で、だ。スピードを落としたほうがいいんじゃないか? 宗一郎』


 ハンドルの前に取り付けられている各種メーターのなかからスピードメーターを凝視し、宗一郎は答え返す。


御器囓ごきかぶりの性能なら、二○○キロ巡航は余裕だろ」

『…………。宗一郎、このスピードメーターの表示単位がであることを忘れているだろ』

「ぇ! じゃ、俺、いま、何キロで疾走はしってるの?」

『約、三二○キロで疾走ってる』

「…………。スピード感覚と体感が麻痺してきてるな」

『宗一郎も少しずつだが、こっち側に近づいてきてる証拠だな』

「…………、…………」

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