33 Mのために


 1


「ガレージじゃ狭いわ。ブリーフィングテーブルを格納して、メインルームを空けて」

「損傷率、マンダリンが最悪です。修復予想時間算出中ですが……三十五分は下りません」

「離脱手伝って! 装甲が歪んで食い合ってる!」

 機動室は混沌と、騒然としていた。

 全機撤退を命じたステラがどうにか帰投し、崩れ落ちるようにメインルームに流れ込んできたためだ。ホワイトの冷気をもろに受けたマンダリンが最も深刻な状況にはあるが、ほかの三人……撤退を介助し先導したローズ=三宅ですらも、限りなく疲弊している。

 致命的なほどに体温を奪われた七尾の身は、機動室に駆けつけていたメディカルチームにすぐさま引き渡された。

「あいつら……本気出してきました」

「もう俺たちと戦う意味もないって口振りだ……ルナローブは完成段階まできてる」

 彼らにとってフィジカルデータの源泉でもあった、ステラシステムとの戦い。ルナローブの改良が充分に施された以上、それももはや必要ない。これ以降の計画にステラはもう邪魔でしかないとして、今回の戦いが仕掛けられたと言うことか。

「……それで、どうかしたんですか」

「!」

「俺たちを呼び戻したのには何か、理由があるんですよね」

「秘策ってやつか?」

 ボロボロの装甲をどうにか全て脱ぎ終え、アンダースーツのみの姿となった南城と滝沢。身軽にはなったが、それでもあちこちに見受けられるダメージはなお痛ましい。切実な眼差しが、杏樹を、葛飾を刺す。

「……万一に備えた、アップデートプログラムの実装です」

 二人の顔が、わずかに明るくなる。そんなものがあるのか。全ての戦術を読み切られ、絶望的な状態にあったTWISTにとっては、光明といっていい。

「ただし、」

 その光明に一点の影を差し込んだのは、それもまた葛飾だった。

「それは、敵の鎮圧という一点に全てのステータスを振った、極めて武力行使的な——いわばルナローブとも紙一重の仕様への書き換えです」

 ルナローブに見られていたような強大なエネルギーや機動性と引き換えに、かつてないほどの負荷を装着者に強いる、諸刃の剣。

 ローブのような精神干渉性はないとしても、駆動時間に限りがあるうえ、生命維持すらも保証されない。自分が憂えていたのはそこだったということも含めて、葛飾はそう説明を続けた。スーツを守ることで、装着者を守る。それが彼の仕事だったからだ。

「……そうですね。やむを得ないです。市民の安全を、取り戻すためには」

 しかし、それだけの大きな変化が、すでに手を読み尽くされた今の彼らにはどうしても必要である——それも事実であった。

「ちょっと待てよ」

 異を唱えたのは、滝沢だった。

「滝沢さん…?」

「みんなの命は大事だよ。でも、俺たちだって今、死にかけてるから戻ってきたんだろうよ」

 確かに。

 声にならないまま、南城たちは頷く。

「警察でも、自衛隊でも、ヒーローでもなんでも……自分たちが生きてこそ、誰かを守れるってもんだろ。自分の命も、大事にしねえとさあ」

 個々のデスクに山積する、アップデートプログラムの実装に係る多数の届け出や必要事項。それらをまとめていた、オペレーターたちの手も一瞬止まる。

「それは……それは、そうですけど。なんかそれ……滝沢さんっぽくないですよ」

「俺っぽい? お前今までそんな曖昧な尺度で戦ってきたのかよ!」

「やめなさい」

 二人を制したのは、杏樹だった。

 どちらの言うこともわかる、どちらの気持ちでもある、と諭してから、杏樹は自らの額を冷ますように手をあてがって着座した。

 今、内輪で揉めている余裕などない。すぐ冷静さを取り戻したが、決断は未だ下せないままの二人だった。


 2


 着装端末犯罪鎮圧処理特命本部。

 その名が掲げられたまさに敵の牙城たるその場所に、敵の中心人物の手招きを受けて、雨宮は立ち入ることとなった。

 その状況が我ながら不思議で仕方ない雨宮だったが、行き場を、帰る場所を、帰りたいと思える場所を失った今の彼にとって、ここですら気を緩めれば束の間の安寧を感じてしまいそうなほどだった。

 応接用の大仰なソファに沈むや、つい辺りを見回す。清潔なつくりの内装はヴォーグと大きく差はない。ここにきてようやく、今この街で繰り広げられている戦いが一企業と公的機関との争いでしかなかったという事実を思い出させられる。そして誰もが、その中で踊っているか、踊らされているのでしかないということも。

「まあ、飲みなさい」

 紙コップですまないね、と倉敷は苦笑いを浮かべた。目の前のローテーブルに差し置かれた紙コップ、その中身一杯の深緑が、細かな粒子の渦を巻いて、淹れられた瞬間の余韻を残している。

「雨宮大河くんだね」

 肩が、すくむ。

 一瞬でも気を許し、紙コップに手を伸ばそうとすらしていた自分を再び竹刀で打つような刺激に襲われ、雨宮はその手を止める。

「ああいや、別に責めるつもりじゃないんだ。……もちろん君は、罪を犯した。その罪は償わなければならないけどね」

「……俺の名前を、どうして」

「まあ、色々とツテがあってね」

 茶目っ気のある表情で返答した倉敷。その短いセンテンスに、彼が、彼の築き上げてきたキャリアが只者でないことが凝縮されている。この男、現場の人間でもないのに自らも捜査を——。

 機動室の面々にまでその名が知れ渡っていないことから、倉敷自身も彼の素性にはつい最近辿り着いた様子だが、それでもヴォーグという秘密結社の役員となってから他人に自らの素性を触れられるということ自体が久しかった雨宮は、大いに戸惑う。あまつさえ、レイニー・ホリデイの装着者であることも把握済みのようだ。罪、とはその意味だろう。「……君は、その罪に気づき始めている」

「!」

 しかし、倉敷の顔はその口で言う通り、呵責の色をまるでたたえてはいない。むしろ、包容力のようなものに近い。

「そうだね?」

 雨宮大河の、罪。

 それはつい今まで、罪と思っていなかったこと。

 社の思惑と、自らの欲望の交わるところ。

「自分を置き去りにしたテクノロジーへの、対抗と報復」

 言い換えれば、技術の模倣と違法改造。

「……俺が、この世界を変えるようなテクノロジーの、生みの親になるはずだった」

 君の中ではね。

「それを踏み躙ったザイオンへの復讐——」

 本当にそうかな?

「——いや、俺はただ、驚くような発明がしたかっただけだったんだ……そして、光を浴びたかった」

 ようやく、素直になれたのだね。

 そのすべてを、倉敷は口に出すことはせず、心の中で呟くにとどめていた。

 しかし、雨宮はそれらがすべて聞こえていたかのように、その涙目を倉敷に向け、ゆっくりと頷いた。


「……ルナローブ開発の裏には、結託している国際テロ組織の存在がある。そして今……奴らはこの日本で、完成されたルナローブによる大規模テロを目論んでいる」

「なるほど。繋がったよ」

 ありがとう、と言いながら倉敷は何やら端末を操作し始める。

「もうテロはいつ始まってもおかしくない。秒読みだ」

「そのようだねえ」

「そのようだねって……一刻を争うんだぞ……!」

 暢気に聞こえた倉敷を責めるように雨宮は立ち上がるが、まもなく倉敷は操作していた端末を仕舞い込み、くるりと雨宮へ翻った。

 その顔は、今までとはまた少し違う表情をしている。

「……雨宮くん。君に、見せたいものがある」


 3


 沈黙する機動室。

 装着者の生命維持リスクを抱え込んでまで、プライムローブに対抗するアップデートを受け入れるか。その葛藤は、なかなか晴れずにいた。

 俯く葛飾。なんのリスクもない改良なら勝手に施すが、こればかりは彼らの返事を待たずして実行することはできなかった。

 ——では返事があれば、イエスと言われれば、実行するのか。

 彼らの返事ひとつあれば、こんな危険なプログラムでも平気で組み込んでしまうのか。

 葛飾の中にも、そんな葛藤があった。しかし、それは少し前にすでに克服していた。

 "技術は愛を形にするためにある"

 友がくれたその言葉によって。

 問題は、その愛が裏目に終わってしまうことだった。

「やりましょう…」

 掠れた声が聞こえた。

「七尾!」

 もういいのか、無理をするなと飛んでくる憂いの声を弾き飛ばすように、メディカルチームの処置を受けていた七尾がその手をのけて這い出してきた。どうやら彼女も、薄れていた意識の中で、話だけは一通り聞き届けていたらしい。体は動くようだが、顔色はまだ悪い。

「……なんで、やれると思う」

「私が、マンダリンの使い方を誤解してた時……ふたりが、戦い方を教えてくれたじゃないですか」

 南城と滝沢ははっとする。

 後方支援と戦術計算に特化したステラマンダリンを纏いながら、ただ力になりたいというがむしゃらな熱意だけで近接攻撃を測ってしまい、大怪我と撤退を余儀なくされた——ホッパーローブとの戦いだ。

「それぞれができることは限られてるから、私たちは補い合って戦うんだって、葛飾さんも教えてくれました」

「……確かに、そうでしたね」

 ステラの命は、他のステラで守り合う。それぞれの持ち場でできる限りのことをし、市民のために最速で戦いを終わらせる。

「——今の私たちなら、きっとそれができます」

 それが、七尾の学んだことであり、今の彼女の意見だった。

 その瞳は、衰弱こそすれ、強い意思と責任感により鋭く輝いている。

「……瑠夏に言われちまうとはな」

 滝沢が自嘲気味に笑う。しかしそれは皮肉の色ではなく、むしろ嬉しそうな表情だった。

「ありがとう七尾、大事なことに気づかせてくれて」

「ふたりとも…!」

「お前ももう、立派なステラの戦士なんだな」

 南城と滝沢は顔を見合わせ、少し前の大人げない自分たちを笑った。南城の肩に滝沢の腕が回り、自然と南城の腕も七尾の肩に伸びる。

「お前ら」三宅がその身をそこにねじ込む。「とっておきの切り札を忘れんなよ」

 円を描いた四つの体は屈み、頭を寄せ合い、お互いの鼓動を共有する。

「……誰一人欠けず、全てに決着をつける」

「もちろんです。そのつもりしかありません」

「会社がせっかくでかくなろうとしてるんだ。死ねねえよ」

「南城、七尾、三宅。俺はたくさん迷った。今だってそうだった。でも必ず、お前らが元いた道の上に引き戻してくれたんだ………こんな仲間、今更なくせるかよ」

 その円陣は大きな声を張るでも、背中を叩き合うでもなく、しばらくの間ただじっとお互い熱を伝え合い、そして離れた。

「……葛飾さん。頼みます」

「いいんですね」

「だって、葛飾さんの作ったものでしょ。絶対大丈夫」

 南城は微笑んだ。同じように、背後で三人も頷く。

「……ありがとう。技術者冥利に尽きる言葉ですね」

 目を潤ませながら、葛飾はガレージルームへと戻っていった。

「……さて、俺たちも着替えましょっか。このアンダースーツじゃ、戦えない」


 ◇


「じゃあ、行ってきます」

 改めて身につけた装甲は、部品交換や改修を経て美品にこそなっていたが、今までよりも強力なプログラムが仕込まれているとはまるで思わせない変わらなさでもあった。

「南城!」

 出撃直前、ガレージルームの扉が開く。

「……アキさん」

 息を切らして飛び込んできた対馬の目が、ジェイドのマスクを今にも装着しようという南城の目と合う。

「はぁ……はぁ、間に合った……」

「どうしたんですか!」

 上着を小脇に抱え、汗だくのワイシャツ姿で、息も絶え絶えの対馬だが、どこかその滑稽さを自嘲するような、うっすらとした笑みもたたえている。

「……いや、特にない」

「いい加減にしてくださいよこんな時まで」

「おお。その容赦ない感じ、久しぶりだな」

 対馬は南城の棘のある突っ込みに嬉しそうに笑った。

「……いや、考えたくはねえけどさ、一番最悪の結果としてな? お前のそういうのも、もう聞けないかもなって」

「……アキさんらしくないですよ、そういうの」

 南城は、表情を変えずに答える。

「アキさんが教えてくれたんじゃないですか、蟹穴主義。俺の蟹穴、今結構でかくなった気がするんです。だから大丈夫」

「南城……」

 そして南城は、この蟹穴の存在にそもそも対馬が気づかせてくれていなければ、こうはなれなかったと感謝を伝える。

 無骨な外装を纏ったまま、重い身体を前進させ、南城は対馬を抱き寄せた。

「アキさん、絶対戻ってきますから。俺も、三人も」

「……でかくなりやがって」


 四人を乗せたシューターが勢いよく射出され、南城たちの姿は瞬く間に見えなくなった。その勢いで巻き起こったぬるい風を浴びながら、対馬は葛飾の椅子にへたり込んだ。

「……行きましたね、後輩が」

「ああ。俺らは俺らにできること、やろうかね」

「自分も、そのつもりです」

 葛飾はにこりと笑った。


 ◇


「……マスターローブ、ローンチ完了」

 ブロッサムが端末を見ながら呟く。それは、本社社内でのマスターローブ起動処理が完了した通知の読み上げであり、それに連動してフロントが起こそうとしていた大規模テロが動き出したことの証左でもあった。

「数は揃っているんだな」

「ええ。発注通りの数と、予備が少し」

「さすがは我が社の技術管理者。手が早い」

 レイニー=綱海から、あらかじめ計画遂行に必要な条件は聞かされていた。しかしこれは既製品の量産というただの単純作業に過ぎず、ブロッサム=伊吹の心をくすぐるものではなかったらしい。憮然とした声色からそれが窺い知れる。

「じき、レオン様も着替えてこちらへお見えになる。その前に、足元の埃は払っておくべきだ」

「わかっていますよ……少し退屈だけど、仕方ないね」

「……!」

 刹那、レイニーがアンブレラを構えて左半身をガードする。

 次の瞬間、物凄い勢いでジェイドが衝突。否、それは肉眼にも捉え難い超高機動の蹴り込みだった。カン、という音がシンプルにも硬く鋭く響く。

「くっ……っおおおぉ!」

 拮抗した力の行き場はレイニーの身体へ。飛び込んできたジェイドと同じほどの勢いで、レイニーは吹き飛ばされ転げ回った。

「…馬鹿な! この力は…!」

「お前らの奪ったデータには、ないよな」

 ホワイトの狼狽に、すぐさまローズが答える。

 彼らに奪われた従来のステラシステムのデータ、それを大幅に上回るエネルギーを手に入れた現在のステラたちは、完全にヴォーグの規格外の存在となっていた。

「うちのラボがやってくれたんだ」

「覚悟です! もうこれ以上、無駄に誰かを悲しませたりしない!」

 続いたセルリアンとマンダリン。しかし、すぐさまホワイトの脳裏にも、その力には必ず肉体的な代償を伴っているはずだと察し得た。それは、パワーアップ前の"元データ"から編み出した試算だ。

「ならば……長期戦に持ち込むまっ……」

 いつも通りの軽薄な口調で語るホワイトの声が、止まる。瞬きひとつの合間に、その周囲をPSマンダリンファンネルで完全に包囲されてしまったためだ。

「ごめんなさい。私たちは、そう長くあなたたちの相手をしてられない」

 ヴィヴィッド・キャリブレーション。マンダリンが合図すると、瞬く間にホワイトの装甲をファンネルのレーザーが焼き切ってゆく。全方位からの不規則的高速照射に耐えきれず、なす術のないままホワイトは絶叫する。

「くそ……くそ! なぜなんだ! これほどの力、僕だってものの数分で限界を迎えるはず——」

「だったら、懐のデカさが違うらしいな!」

 そこに、ローズの影。

 四人はあらかじめ聞いていた。この状態はいわば、フルブラストモードを常時起動し続けているのと同じ状態であると。

「マグネティック・サワー!」

 その上でさらにフルブラストモードの起動コールをかけようものなら、その機動力はもはや別次元のものとなる。SMローズシャフトで一瞬のうちにホワイトを突き飛ばし、ビルの壁に叩きつける。そのままホワイトの全身をシャフトで殴打してゆく。損壊し、やがて崩れ落ちてゆく装甲に、ホワイトは力無くわななく。

「ひいああ……やめろ……ぐあっ……もっ…やめ…てくれええ!」

「復讐なんか趣味じゃないが……こればっかりは言わせてもらう! これが、お前が七尾にしたことだ!」

 やがてローズはシャフトを捨て、スパーダ・ドーロに持ち替える。瞬く間に剣身が電撃に満ち溢れると、ローズは再びコールした。

「コルポ・ディ・フルミネ‼︎」

 申し訳程度にその身に残っていた、崩れかけの胸部装甲に一閃。続いて、セントラルユニットを分断。ローズの斬撃は稲妻の轟音を響かせ、ホワイトを再起不能とした。

 ホワイトが、力なく崩れ落ちる。なごり雪の如く、弱々しく。


「……くそ……なぜ……なぜそこまで、戦えた……!」

 ジェイドとセルリアンの援護に向かおうと背を向けたマンダリンが、松雪のその呟きに振り向いた。

 七尾の表情は、見えない。

「……私、この仕事、結構好きなんです」

 そう言い残し、勢いよく飛び立ったマンダリンの背中を見届ける松雪。その目には、うっすらと潤いが浮かんでいた。

「七尾…瑠夏……」

 激痛と敗北感の中、彼はただ、何度も何度も彼女の言葉を反芻するしかなかった。


「そういうことだから、お前にも帰ってもらう」

 仲間たちの戦いを横目にしたブロッサムに、予告ホームランのような威勢の良さでセルリアンが告げる。その片手には、RPセルリアンマグナム・アクションモード。さらに全身の隠し銃口はすでにアクティベートされている。

「この期に及んでもなお、生け好かない奴」

 もはや手加減は無用、全力を賭して潰しにかからなければ松雪のようになるとわかったブロッサムは、すぐさま最大出力攻撃・トルネードドライブを発動。辺り一面の土埃を乱舞させる猛烈な風と、小型自律爆弾フローラルアタッカーがセルリアンに襲いかかる。

「……マキシマム・ドリップ!」

 対するセルリアンも、一斉射にて反撃。全身から撃ち放たれた銃撃が、フローラルアタッカーを着弾前に全て爆散させる。その射撃の勢いはいずれも、ブロッサムの暴風に負けずに目標へ直進した。

「うおおおぉ…!」

 アクションモードのマグナムをタクティクスモードに切り替えるのではなく、アクションモードのまま自らが駆け出しブロッサムの目前まで接近する。風による土埃が晴れた次の瞬間、ブロッサムの目の前にセルリアンが現れた。

「よお」

 その装甲に、RPセルリアンマグナムの銃口が突きつけられる。一瞬硬直したブロッサムだが、まるで何かを悟ったように脱力した。

「……やっぱり、あなたは嫌い」

「悪いね、よく言われる」

「……でも一番嫌なのは、あなた以外に倒されることだった——かもね」

 不意をつくように、ブロッサムはセルリアンの手を握り、自らに突きつけられていた銃口をアンダースーツ面にずらす。

「っ⁉︎」

 そのまま、トリガーに添えられていたセルリアンの指を、ブロッサム自ら押し込んだ。

「ばっ……お前!」

 一定の耐衝撃強度を持つアンダースーツだが、今のステラによる攻撃を直撃すればひとたまりもない。それを察知していながら、ブロッサムが目の前でとった行動の意味を理解できないまま、セルリアンは彼女が痛ましく崩れ落ちてゆくのを見届けた。

「おい! 何してる! 俺は何も殺すつもりなんか——」

「誰が…死ぬか。もうあんたと小競り合いするのが、あほらしくなっただけ」

「……馬鹿野郎」

 そのままセルリアンの全身からRPセルリアンウォールズが展開、ブロッサムのセントラルユニットを慎重かつ器用に切り離し、空高く運び去った。

 セルリアンは、ブロッサムを叱りつけた、もしかすれば初めての人間となった——そんなことはつゆ知らぬまま、セルリアンは仲間を助けるためにその場を発った。


 残るレイニーもやはり、ジェイドの乱撃によって追い詰められていた。

「答えろ!」

 他三人のステラが駆けつけた頃には、すでにジェイドはレイニーの体勢を崩し、馬乗りになってその身を押さえていた。

「然るべき人間の生き残る世界を作る……そう言ったな! これから何が起こる!」

「言葉のままだ。量産型ルナローブが主要都市一帯にばら撒かれ、国民が皆殺し合う」

 聞けば聞くほど、ジェイドの腕にこもる力は強くなった。それまでの一般販売ルナローブの戦闘データを集積した、アルファタイプと呼ばれていた新型機・ビートルローブがまさにその量産型のプロトタイプであり、装着者の意思を介さない自動戦闘を可能とするオートマティックドライブシステムの試験機だった。

 今やビートルローブは対象者を自動でスーツ内に取り込むオートドレス機能を有し、エモーショナルドライブシステムで負の感情を増幅、オートマティックドライブシステムで無限に戦い続ける戦闘マシンとして完成した上で、既におびただしい数が量産されているという。

 確かにオートマシステムもエモシステムもこれまでの一般販売ルナローブにその兆候は散見されていたし、オートドレス機能はまさにレオローブに見られた装着機能向上の最終到達点だ。全てが、この日のために粛々と用意されていた。

「それをばら撒くことがそのまま、その街を戦場に変えることを意味する」

「ふざけるな‼︎ 今すぐ止めろ‼︎」

 SSジェイドグリップ展開。激しい憤りをそのままに、ジェイドはレイニーの胸ぐらを持ち上げて撃ち飛ばした。地に伏したレイニーの息はすでに荒い。

「……無理だな。すでにマスターローブが完成している。そして——マスターローブの起動と、テロの開始は連動している」

「マスターローブ……だと?」

 只者でない何かの名前であることだけは、その響きから察し得た。差し詰め、これまでのすべてのデータの集合体。ビートルローブをも束ねる、ルナローブの王。

「そしてあの方は既に、こちらへ向かっている。全国の主要都市に向けて、ルナローブを撒き散らす空輸機も散った。私たちをどうしようと、裏で事は進んで止まらないのだ…!」

 決死の覚悟で、再びレイニーが地を蹴り出す。アンブレラを真っ直ぐジェイドの腹部に目掛け、突進の格好で急接近する。

「……上等だ」

 サイクロン・スカッシュ。

「俺はステラ装着員、そして警視庁科技捜課巡査」

 翡翠色に激しく発光するSSジェイドブレード。

「その名にかけて、テロは絶対に食い止めてみせる!」

 はすに振り上げたブレードが、アンブレラを空に舞い散らせる。

 そのまま瞬く間に、丸腰となったレイニーの背後へ回り込んだジェイドは、音もなくそのセントラルユニットを切り落とした。

「……だからお前たちは、格子の中から青空を見ていろ」

 装甲が剥がれ落ち、落下。露わになった綱海の背中を、ジェイドがとん、と押し、自らも静かにその場を離れる。

 前方へ態勢を崩した綱海が振り向くと、落下したセントラルユニットが大爆発を起こした。

「ぐおっ…!」

 そのひと押しによって爆破こそ免れた綱海だったが、爆風と爆炎に吹き付けられ、アスファルトに倒れた。

 彼が起き上がることは、少なくとも南城たちのいる間は無かった。


 すべてのプライムローブを、鎮圧した。

 沈黙の中、爆炎の残りがぱちぱちと燃える音だけが、辺り一帯に響き渡った。


「やったな、南城」

「みんなこそ」

 四人の足が、都心部に向く。

 手は、震えている。

 脈も早い。

「……じゃあ、行きましょうか」

 この身体が限界を迎える前に。



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