32 集団再戦!!


 1


 伊吹のラボに、松雪は雨宮と綱海の二人を呼び出した。

 自分のテリトリーにおいて勝手にイニシアチブを掌握されることをとにかく嫌う伊吹にしてみればうんざりなことだったが、状況が状況なだけに此度に関しては渋々許容した。

「お待ちしていましたよ」

 呼び出された二人が入室するとき、ちょうど伊吹が大きなスクリーンに設計画面を投影しだしたところだった。

 雨宮からしてみれば、落ち着かない。フロントのリーダー・レオンの側近である綱海とともに呼び出されるなど。やはりもう、計画の中核にはフロントの存在が当然に在るということか。今やヴォーグは彼らのための組織、あるいは彼らの組織そのものなのかもしれない。

「……松雪が重要な仕事を成し遂げたということは、認めざるを得ないようね」

 不服感を孕む口調で、伊吹は投影した画面の解説を始める。

 松雪が入手した、三つのデータ。

 ステラマンダリンの設計データによって、ステラシステムに共通するテクノロジーやギミックを網羅・克服し、対ステラ戦の対応能力が格段に飛躍。

 薬物使用者たちのローブ装着データによって、ルナローブ特有の精神干渉性、装着者本人の感情や理性とのリンクをより強め、それに呼応して運動性能を高めるエモーショナルドライブシステムの精度をさらに向上。これまでのすべてのルナローブが、プライムローブ搭載用エモシステムの試験機としての役割を持ってはいたが、今回のデータがさらに王手をかけた。

 そして佐渡の戦闘データから、未知の機体・ステラローズの戦術を分析。現状TWISTが保有する武力のほとんどを網羅することが可能となった。

「最後のローブ……マスターローブの完成は近い」

 不敵な笑みを浮かべる松雪に、無表情のままながら静かに頷く綱海。松雪のことを決して快くは思わずとも、目の前に完成を待つ究極のプロダクトの存在に心酔する伊吹。

 ただひとり、ここにいてはいけない人間のような気がしてしまう。

 これまでただひたすらに、ルナローブのテクノロジーの進化に興じてきた雨宮。それなのに、プライムローブ最終形態へのピースを埋めることとなるそれらのデータに、一切の魅力を覚えないことが自身でも不思議だった。

 何が違う……?

「マスタースーツ完成前に、これらのプロトデータを我々三人のプライムスーツに実装してあるわ。これでテストドライブして、運用可能と判断できたのち、マスタースーツを完成させます」

「では、僕ら三人で前哨戦……ステラの討伐に向かうこととしよう」

 松雪が鍵を差し出す。それは、アップデートのために預けていたレイニーのスーツを保管するストレージの鍵。

「……どうしたんです?」

「……雨宮?」

 しかし、雨宮はその鍵に手を伸ばさない。

 伸ばせずにいる、というべきかもしれない。

 怪訝な表情を浮かべる伊吹と、何を考えているやら、とでもいうように眉を吊る松雪。まもなく鍵を持つ手は引っ込み、代わりに綱海の前に差し出される。

「……綱海さん。せっかく戦いのプロなら、これはあなたに預けてみましょう」

「……いいんだな」

「いいも何も。たった今、一席空いてしまった。あなたに着てもらわないといけなくなったんだ」

 やがて、粛々とラボを出る三人。

 空いてしまった席。雨宮の脳裏に、いつかの喫茶店の記憶が蘇った。


 2


 神妙な表情を浮かべる葛飾を、オペレーターの二人が覗く。

「…おおっ」

「え〜! 葛飾さんのびっくりするとこ初めて見た〜!」

 かわいい〜、などと一人で盛り上がる高槻。困り顔の葛飾に、まるで親代わりのように根室が頭を下げた。

 お茶菓子があるんですよ、と二人が手を引き、葛飾をガレージからメインルームへ連れ出す。そこには、南城が警察時代に世話になった人から貰ったのだという大きな箱。その人もかつて巨大な犯罪組織との戦いを経験し、それに対抗する正義の存在とも共闘したのだといい、似た境遇にある南城を非常に気にかけていた。

「葛飾さんもどうぞ。コーヒー、まだ熱いですから」

「ああ、ありがとうございます」

 杏樹や筑波、対馬も既にありついている。色々と多難な機動室だったが、今日は落ち着いて平和らしい。

 もっとも、この機動室の存在自体が、市民の平和が脅かされている現状を象徴しているのだが——

「葛飾さん、電話!」

 そこに飛び込んできたのは、滝沢の声。

 よく見たら、手元に携えていた携帯が鳴っている。自分の携帯が誰かからの着信を知らせることがあまりないため、自分ごとだと認識することができなかった。

「どうも、失礼…」

 せっかく口にしたばかりのお茶菓子だったが、崩れないようそっと置いて、葛飾はいそいそと再びガレージへ戻った。その菓子の少し先に置かれていた添え書きには、シノノメ、との名が静かに綴られていた。


「いやあ、まさか電話をくれるなんて……本当に久しぶりですね」

《あんたこそ、その無駄によそよそしい話し方は変わらんな》

 風京大学、生体工学研究所。

 TWIST発足前、葛飾が籍を置いていた場所だ。

「急にどうしたんです、オグリくんから電話なんて」

 同大学の全学研究交流会で出会った、オグリという心理学研究者。ひょんなことで意気投合し、友人として時折連絡を取り合ってはいたが、今日の電話はそれにしても急だった。


《実は、研究の都合で、半年ほど東京を離れることになった》

「そうですか……大活躍じゃないですか」

《そんなんじゃないさ。まあ、たかたが半年だし、わざわざ連絡するまでもないとも思ったんだが……念のためな》

 彼と話しているときの葛飾は、TWISTメンバーと束の間の息抜きをしているときともまた少し違う朗らかさをたたえている。言わば、TWISTに来る前の葛飾に戻っているようなものか。

《……何か悩んでるのか》

「えっ…」

《声色でわかる。俺の専門を何だと思ってる》

 心理学と心を読み取る力はまた微妙に違うのでは、と突っ込みそうになったが、図星だったので葛飾はこらえた。

「……自分、わかりやすいって、よく言われます」

《差し詰め、自分の作ったものへの疑念が拭えないってところか》

 図星のさらに真ん中を突かれてしまい、葛飾はつい黙ってしまう。

 浮かぶのは、電話口の向こうにあるであろう彼の表情と——そして機動室の面々だ。

《"技術は愛を形にするためにある"》

「!」

《……俺たちが初めて意気投合した、あのときの会話だ》

 交流会で顔を合わせた彼の表情は、およそフレンドリーとは言えない強面だった。

 そんな彼と、仲——たとえ縮められなくても、後先に何らの損もなかったであろう仲——を縮めることができたのは、その理念が二人に共通していたから。

「……そう、でしたね」

 オグリも、新しすぎる技術に圧倒され、家族や、自らの身体すら飲まれてしまった経験があるという。

 しかし、絶望の中ひとりで黙々と闘っていたある時、ひとりの男との出会いをきっかけに、次々に仲間が増え、世界が見違えていった。

 その男は、オグリを苦しめたのと同じ技術を、運命を覆し、仲間たちとともに望む未来を手に入れるための力として振るい続けた。

 常に前を向き続けた彼の姿に多大な影響を受け、オグリもまた前を向いて戦う決意を決め、今の活動に繋がった——という話だったと、葛飾は記憶している。

「……オグリくん。自分も、自分の生み出した技術は、仲間や市民に向けた、ある種の愛の果実だと思っています。それが……たとえ少々の危険を孕んでいても」

《危険か。そいつは、自分一人だけのものじゃないだろう》

「……!」

《分かち合うのは喜びだけじゃなかったはずだ。これからも……どうせこれまでもな》

 さすが、何でもお見通しですね、などと返しながら、葛飾はじわりと笑みをこぼした。それと同時に、葛飾の中で何かがアイスクリームのように溶けて崩れていくような気がした。それは崩壊ではなく、融解。破棄ではなく、開放。

「ありがとう、オグリくん。お土産、待っていますから」

《……あまり期待するなよ》

 切れた電話を片手に、葛飾は心を固めた。


 3


「決裁下りました!」

「了解。コード01。これより、機動室はESMに移行」

 初めてのことが起こった。

「特命、着装端末犯罪鎮圧処理を実行!」

 ヴォーグ社から直接、緊急通報に連絡が届いたのだ。

「ステラシステム、全機スタンバイ完了」

「ジェイド、ブートアップ」

「セルリアン……ブートアップ」

「マンダリン、ブートアップ!」

「ローズ! ブートアップ!」

 黒または白のアンダースーツを着用した四人の装着者たちが、装着プロセスのマーカーとなるレッグユニットを着用。これを鍵として、マニピュレーターによる外部装甲の分解・合着が発動し、やがてステラシステムの装着を完遂する。

「緊急通報が聞いて呆れる。まるで宣戦布告だな」

 悪態をつきながらメインルームで出動を見守る対馬に、装着中の南城が答える。

《そうに決まってます……。アキさん、いよいよですね》

 オンライン接続・セルフスキャニング完了後、アクティベーションシグナルとして視覚モニターが発光するのを見届けた葛飾が、アナウンスを再開する。

「ブートアップ正常終了。プログラムアクティブ、システムオールグリーン。シューターレディ!」

「相手は本気で決着をつける気かもしれないわ。片時も気を抜かないで」

 四人は頷く。固唾を飲んでいるのは、装着者も、メインルームも同じだ。

「ステラシステム、全機出動!」

「……いよいよ、ねえ」

 シューターから勢いよく飛び出していった四人の姿を、対馬はモニター越しにじっと見守っていた。

「南城……お前のやりたいことどころか、お前らにしか頼めないことばっかりじゃねえか」


 ◇


 ステラローズは近接戦闘を得意とするその特性上、ジェイドと同じアタッカーとして前線で立ち回ることとなった。

 背後に後方支援要員たるセルリアンとマンダリンを携え、ジェイドとローズが並び立ち、三体のプライムローブがこちらに向かって歩いてくるのを待ち受ける。

「ついにお出ましって感じだな」

「俺がここでいいわけ?」

 ローズの問いは後ろの二人に投げられていた。

 敵とはいえ女性相手、紳士として振る舞いつつも痛手を負わせた、セルリアンとブロッサム。

 戦いたくても戦えない者の想いを背負い、人生を弄ぶような生き方に異を唱える、マンダリンとホワイト。

「当たり前だ!」因縁の相手を前にしている状況ではあるが、二人の答えは共通していた。「私情で戦ってるわけじゃ、ありませんから」

 しかし、ジェイドは察知していた。

「……で、あんた誰だ? 今まで戦ってきた奴じゃないな」

 レイニーの装着者だけは、全く知らない別人と入れ替わっているということに。

 世の中にあふれる技術を守りたいと奮闘する南城と反対に、好奇心のままにただ技術で遊び、その影響など見向きもしない、あの男の醸し出していた狂気がないということに。

「ふむ……お前たちと会うのは、初めてだな」

「この人はうちの……取引先だよ」

 レイニーの中身——綱海を、ホワイトが紹介する。もはや取引先という言い回しだけで、彼がフロントの関係者であるということは明らかとなった。

「前任者が恋しいところ申し訳ないけど、今日はこの人の接客をお願いしたいな」

「ぬかせ。決着つけてやるよ」

 ローズが即答とともにSMローズシャフトを、追随してジェイドがSSジェイドブレードを構える。背後でも、ウォールズやファンネルの展開したらしき音が二人の耳をかすめた。

「行くぞ、社長」

「オッケ〜!」

 並び立つ着装端末装着者たちが、一気に戦闘に突入した。


 ◇


 ヴォーグ社に勤める人間にとって、社外の世界はそれほど頻繁に出歩くことがない。

 なぜなら、仕事机もベッドもダイニングも、すべてが社内に用意されているためだ。

 今思えばそれも、社内に秘匿された危険な秘密を守るためであり、人員や技術の流出を防ぐためだったのかもしれない。

 ——技術を奪っていたのは、ヴォーグ側であるというのに。

「ふっ……」

 久しぶりだった。そんな、自嘲気味の渇いた笑いが漏れるのは。

 いや、初めてかもしれない。ヴォーグの人間として、ルナローブに心酔するようになってから、自分たちの行なってきたことが悲しいただの模倣に過ぎないということを認めるのは。

「……そうだ」

 ぬるい風が頬を撫でる中、都心の大通り沿いを力なく歩く雨宮の脳裏に、一閃が走る。

 そうだ。元はといえばザイオン社への、IPSuMシリーズへの強烈な魅力が雨宮を研究の道へと駆り立てた。しかしいつからかその魅力に嫉妬が勝り、研究はやがてIPSuMを流用したより過激なデバイスの完成を目的としていった。

 本当は、いつか自分がザイオンよりも素晴らしい技術で世界を魅了するはずだった。そんな未来を、ザイオンが奪ったんじゃないか。

 ルナローブは報復だ。違法改造? 模倣? 冗談じゃない。奪い返しただけじゃないか。

 ——それなのに。

 テロリスト?

 何の話だ。

 こんなこと、望んでいない。

 ローブが人を破滅させるほど進化を続けたのは嬉しかったし興奮した。しかし"ローブが人を破滅させる"ことはその副産物でしかなかった。この国を破壊したいなどと思ったことはない。破壊が始まれば、自分の技術はガラクタでしかなくなる。

「……そうだ。俺は……俺はそれが嬉しかったんじゃないか……」

 雨宮の瞳から、大粒の涙がこぼれ始める。

 報復も、享楽も、すべてが"何かを生み出すこと"への喜びや愛に端を発していたことに、それがヴォーグにははじめからなかったということに、あまりにも気付くのが遅すぎた。

 もし、今、改めて何かを望むなら。

 自分に残された選択肢から、自分がまったくの自由意志でひとつを選ぶことができるなら——

「顔をあげなさい」

 アスファルトばかりの視界の中に、大きな革靴が飛び込んできた。

 声のままに顔をあげた雨宮の視線の先にいたのは、彼の享楽の相手をしていた組織——TWIST本部長・倉敷丈治だった。


 ◇


「大丈夫か、社長!」

 再び地を蹴るジェイド。これで何度目だろうか。

 プライムローブは今までの比ではない強さでステラを圧倒していた。七尾を責める気など微塵もないが、それでもやはりマンダリンのデータを抜き出されたことがこの戦況を生んでいると言っても過言ではない。

「こっちの、台詞だぁ!」

 ローズはSMローズシャフトをかなぐり捨て、プリマヴィスタの携行武装スパーダ・ドーロに持ち替えた。ステラローズへの"衣替え"のタイミングに合わせて、ローズへのスパーダ・ドーロの連携処置も行っていたようだ。その切先は、ブロッサムに向かう。

「武器を持ち替えたところで、私を——」

 その言葉を途切らせたのは、セルリアンの狙撃だった。

「悪いけどこの状況だ。女だろうが男だろうが、全力で相手させてもらう」

「……そういうの、もういいから」

 吐き捨てるような返事とともに、ブロッサムの両腕の花弁から小型爆弾・フローラルアタッカーが射出される。片方はローズの勢いを殺し、もう片方はセルリアンを牽制した。

「ぐああっ…!」

「うおっ……くっそおぉ!」

 煙の中に、二人のステラがしなだれてゆく。

「そうです。もう彼らを生かしておく理由もない」

 呼応したホワイトは、レイニーと鍔を交えるジェイドの妨害に向かおうと飛翔する。しかし二人の周囲を既に取り囲んでいたPSマンダリンファンネルにより、その襲撃は阻止された。

「行かせません」

「……君か。七尾瑠夏、ちゃん」

「もうやめてください! ひとときの気分で、わがままで、みんなを傷つけていいわけない」

「やだなあ。これは組織同士の社会的な契約行為、そしてその履行だよ。僕の道楽みたいに言われるのは——」

 ホワイトの大きく振りかぶった腕が、まるでダイヤモンドダストのように細かく煌めく。

「——心外だねっ!」

 またこれに苦しめ、とでも言わんばかりにグレイシアを投擲。しかしマンダリンも惰性で戦っているわけではない。その質量とエネルギーから、マンダリンは的確に回避経路を算出し、その軌道をなぞる。

「えっ⁉︎」

 しかし、ホワイトはそれすら織り込み済みだった。投擲されたグレイシアには、先の戦いでは認められなかった追尾機能が備わっており、軌道を改めたそれはマンダリンの目の前に迫った。

「きゃああ!」

 再び、マンダリンの自由をグレイシアが奪う。堅牢な武装であるそれはある程度の質量を有しており、その勢いに反することは容易なことではない。やがてその身ごとビルへ突っ込み、オフィスフロアを奥へ奥へと突き破って破壊してしまった。

 モニター越しに、杏樹は理解する。この戦いが仕組まれた意味と意義を。

「……彼女に君は庇えないよ、ステラジェイド」

 ホワイトが見下ろした眼下には、くだんのジェイドとレイニーの戦いが繰り広げられていた。


 キンと鋭い音でぶつかり合うふたつの剣。

 SSジェイドブレードで受け止めたそれは、今まで彼が受け止めてきた傘状斬撃武装アンブレラと物質こそ同一でも、まるで包丁が斧にでも置き換わったかのように重厚で破壊的な一撃を叩き込んでくる。

「さすがテロリスト集団の……ローブを着るような立場の人間だ。それなりに戦場を渡り歩いてきたってことか」

「察しのいい人間は嫌いではない。敵として出会ったことが残念だ」

 その大振りの攻撃がまるで合わない、淡々とした口調でレイニーは答える。勢いに負けて後ずさったジェイドだが、体勢は崩れていない。

「ヴォーグと組んだ目的は何だ!」

「無論、破壊だ」

「なぜ破壊する」

「………」

「なぜ破壊を、あちこちで繰り返す」

「人類の生存のためだ」

 少しの沈黙を挟んで告げられた、ジェイドへの答え。それは一聴しただけではとても理解し難いものだった。生存のための破壊、だというのだから。

「我々のリーダーは、この世界に辟易している」

「わからないな」

「元は研究者だったが、不条理な世界への憤りがある時限界を迎えられた」

 とても簡単なセンテンス。ただの起承転結。その中にどれだけのドラマやアクシデント、絶望が凝縮されているのかはわからないが、それが嘘ではないということだけはほんのりと察しうる。

「これは然るべき者のみが生き残る、新たな世界の縮図を作るための活動だ」

「それが、ルナローブの製造だってか!」

 煙の中に伏していたセルリアンが投げかける。

 人を強化——凶化——するウェアラブルデバイスを蔓延させ、生存競争を図る。それがテロ組織フロントの、真の狙い——。

「様々な手を打ってきたが、我々のリーダーはこのやり方が最善と判断した。今に誰もが、ルナローブに袖を通す。ザイオンがばら撒いている腕時計のように」

「IPSuMと……一緒にするなああっ!」

 稀に見る、南城の激昂。ジェイドはその両手でブレードのグリップを握りしめ、全体重をかけて振りかかる。

「テンペストドライブ」

 それとほぼ同時に、聞き慣れない単語を口走ったレイニー。次の瞬間アンブレラが鮮烈に発光し、エネルギーが充満してゆく。

 構わず勢いを維持し、その剣身を振り下ろしたジェイドだが、何の前触れもなく突如レイニーはジェイドブレードをアンブレラにて弾き返す。流れるような所作をそのままに、アンブレラはジェイドの装甲に一突きする。

「かっ……!」

《南城くん!》

《第一次装甲貫通! 第二次装甲並びにアンダースーツ、圧迫されましたが無事です!》

 虚しくも重たい音を立てて落ちる、ジェイドの身。

 刻を同じくして、ホワイトも自らの最大出力機能"アイシクルドライブ"を発動。マンダリンを拘束したままのグレイシアが、超低温状態となってその身を凍てつける。凍りつく装甲を、同じくらいに冷たい目で見つめながらホワイトが呟く。

「七尾瑠夏、ちゃん。君と過ごした時間がつまらなかったといえば、嘘になる。ただのスパイごっこだったのに……不思議だね」

《マンダリン、スーツ内温度急低下! 一部機能に障害……生命維持に支障!》

「トルネードドライブ」

 続け様に聞こえてきたのは、ブロッサム=伊吹の声だ。両腕に備わる花弁型武装スプリングフレーバーから、それまでの攻撃をさらに凌駕する猛烈な風圧とフローラルアタッカーの嵐が襲う。それを目の当たりにするセルリアンに、対処の余裕は残されていなかった——

「いい加減に、しろおおぉっ!」

 ——が、それを救ったのは同じく華を象る風使いの戦士・ステラローズだった。風の流れを捻じ曲げ、セルリアンを片腕の中に抱え、戦況を脱出する。

「お前もだぞ!」

 そのまま、ローズはマンダリンのもとへ。空いている片腕でホワイトを押し流し、マンダリンを解放・回収する。

「社長……」

「杏樹さんのお達しだ。全員撤退するぞ」

 ジェイドの隣に、二人を抱えたローズが着地。そう告げられたジェイドが、驚いたようにローズの仮面に目を向ける。

《彼の言う通りよ。一時撤退して》

 その実、杏樹はその場で最も自由に動き回ることが可能だったローズにのみ、その意思を伝えていた。そして通信がオープンになった今、改めてその真意が伝達される。

《——今、全滅するわけにはいかない。撤退によって市民に危害が及ぶ可能性は織り込み済みよ。最後の秘策を葛飾さんが用意してる。一刻も早く、帰投して》

「杏樹さんが、そこまで言うなら……」

「南城、カウント3だ」

「小癪な真似を——!」

 間髪入れず、戦いの続きをけしかけるように走り出すレイニー。その魔の手に追いつかれまいと、カウント通りに二人は地を蹴る。同時にローズによる強烈な突風が発生し、レイニーは見事足止め、ステラの撤退を許すこととなった。


「……まあ、いいでしょう。すべては時間の問題です」

「今の実戦で、テストドライブとしても充分だったわ」

「……」

 何も言わないレイニー。それが、二人にとってはやはりまだ、不自然な気もした。

 しかし、時計の針は確かに進んだ。

 雨宮大河を置いて、ヴォーグは、フロントは進む。

「……マスターローブをアクティベートする」


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