31 私たちはどうかしている


 1


 まさしく風のように現れたステラローズは、今まさにマンダリンを手にかけようとしていたホワイトの身を猛烈な風圧で押し除け、さらにマンダリンを拘束していたホワイトの武器グレイシアを一蹴してマンダリンを解放した。

「っ…!」

 大きな音を立てて落下したグレイシアは、その機能で自動的にホワイトの元に戻る。が、それを掴んだホワイトの腕は僅かに震えていた。

「聞いてないなあ……四人目がいたなんて」

 それもそのはず。マンダリンだって聞いてはいない。いや、スーツの存在こそ知らされていたが、その装着者は——

「大丈夫かよ、七尾」

 ローズのマスクから漏れ出した声に、マンダリンははっとする。

「三宅さん⁉︎」

「おう。現着する前に機動室に寄ってけって言うからさ、寄ってみたらこれ着てみろって言うのよ。なかなか着心地も良いからさ、今日はこれで行くぜ!」

 勢いよく飛び出したローズは、その手に専用打撃武器・SMローズシャフトを展開。それ自体は細く長いスマートな構造だが、両端に備えられたエネルギーユニットが打撃攻撃をブーストする振動波を発することは明らかだった。

「行くぞ!」

 宣言通り、シャフトを振り回す手は圧倒的だ。リズムを崩され、そのまま逆襲の波に掬われたホワイトは体勢を立て直しきれず、着実に押されてゆく。

「この……君のデータも奪うまでだ!」

「できるもんならな」

 挑発的な返事をしたローズは次の瞬間、それまでとは比にならない超高速移動で一気にポジションを切り替えた。そのときマンダリンも、ローズがその特性として高速移動を挙げていることを思い出した。

 一瞬でホワイトの背後に回ったローズの一撃が、ホワイトを打ち飛ばし転げ回らせた。

「がっ…!」

「お前、うちの七尾にずいぶん酷いことしてくれたみたいだな。ただで済むと思うなよ」

 ローズのマスクから漏れる三宅の声は、忌々しさと憤りでドスの効いたものになっていた。顔は見えずとも、敵意剥き出しの表情が目一杯ホワイトを——松雪を睨みつけていることは見てとれた。

「……ふん。酷いこと、か。それは今の君たちにとってはそうかもね」

 しかし、のっそりと立ち上がるホワイトは怯むどころか、挑発的な答えを投げ返す。

「あ?」

「これから世界の常識は変わる。少なくとも僕はそう聞いてる。君たちが僕らヴォーグを止められなければ、瞬く間にそれは現実になるさ」

「……一体どうして、そんなこと」

 懲りずに、マンダリンは再び問いかけた。そのしつこさに辟易するような表情を浮かべた後、ホワイトは答えた。

「他にないから」

「え…?」

「僕はもう、人生でやるべきことはやったし、これから何をすることもできる。でもそうなると、不思議なものだね、何もしたくなくなったんだ」

 相変わらず力の抜けたような話し方で答えるホワイトに、かつてベイエリア宇宙センターで苦楽を共にした親友の笑顔が、マンダリンの脳裏には浮かんでいた。

「そんなはずない。あなただって会社のために、誰かのために戦ってるんでしょ? どんな形でも、仕事に誇りがあるなら——」

「馬鹿なことを言うのはよしたまえ!」ホワイトは捨てるように声を荒げた。「誇りなんかない。僕は何をやったっていいんだ」

 そんな捨て台詞を残し、ホワイトは忽然と姿を消してしまった。

「……だとさ。大丈夫か、七尾」

「私は大丈夫です、ありがとうございました」

 マンダリンはぺこりと頭を下げた。

「…でも、どうして三宅さんがローズを? プリマヴィスタは……」

「ま、細かいことは後でな」

 それより今はあっちだ、とローズは翻る。その視覚モニターの先には、レオローブと対峙するジェイド・セルリアンの姿があった。


 ◇


「あんた、家族を人質に取られてるよな」

 ジェイドの口から放たれた言葉に、猛攻を仕掛け続けていたレオの手が止まる。

「何……?」

「さっきのあんたの言葉、気になったんだ」

 レオとホワイト。戦いが二分され、レオに対してはジェイドとセルリアンの二人で可能な限りの攻撃を仕掛け続けてきたが、先の推察通りレオには一向に効果的なダメージを与えることができないでいた。その理由は他ならぬ、灼熱の黒い炎にある。

『お前たちの手を借りずとも、俺は俺の力で生き残るさ』

 しかし、戦闘開始前に佐渡が口走ったその台詞と、戦いの最中に秘書とアイコンタクトを取って必死になって秘書の車を逃がしていたこと、それらがジェイドの中にその説を浮上させた。

「佐渡家とその秘書の家系が昔から近しい間柄であることは公の事実だ。とはいえ、彼一人の命を守るために、あんたがあれほど懸命になるのも自然じゃない。家族と部下以外の人間を、激しく見下してるあんたのプライドからはな」

 事実、佐渡はその車に乗り込んだ直後、秘書に家族の今後を託していた。ヴォーグの危険さや卑劣さは佐渡自身にもよくわかっている。契約を履行したところで、家族が無事である保証はない。

 闇は、自ら進んで触れに行かずとも、まったく理不尽に我々を飲み込みにくることがある。その理不尽の先に保証されている未来は、ひとつもない。

「だったらなんだと言うんだ! 俺のやることは変わらないぞ。泣きついてなどやらん!」

「そんなのを求めてるんじゃない!」

 ジェイドが激昂した。

「あんたを助けたいんだよ……」

 佐渡がやったことは、その役職を預かる人間として許されないこと。それでも、佐渡もヴォーグの被害者だ。理不尽に奪われていいものなんかない、ザイオンの技術は、世の中に生み落とされた技術は、そんなことのためにあるんじゃない。それがジェイドの、南城の言い分だった。

「……あんたは、あんた自身の高すぎるプライドに邪魔されて、俺たちに助けを求めることもできなかったわけだ。でもそれさえできてたら、こんなことは回避できた」

 哀れみを孕んだセルリアンの言葉に、いよいよレオは耐えかねた。侮辱されたような悔しさと、そして——図星を言い当てられ、後悔に渦巻く悲しみに。

「減らず口が……! 焼け死ねええっ!」

 轟音。灼熱の黒い炎が、再び二人に牙を剥く。しかしジェイドは、やはりきた、と言わんばかりに、その炎の向こう側にいる"彼"に合図を送った。

「っ!」

 その両手から放たれるはずだった黒い炎に、突風が吹きつける。極限の炎といえど、その風に吹かれれば弱体化し、掻き消されざるを得なかった。

「ナイスだ、社長!」

「いい加減三宅って呼べよ」

 なぜならそれは、ステラローズが発した強烈な突風だったから。

「今だ。杏樹さん!」

《了解。フルブラストモード承認!》

 静かに、しかし強烈な光がSSジェイドブレードに灯る。身構えたジェイドが目にも止まらぬ速度で急接近し、その剣身をレオローブのセントラルユニット接合部を目掛けて振り下ろされるまでは、一瞬だった。

「サイクロン・スカッシュ!」

 斬撃を受けたレオの——佐渡の悲鳴は、それまでにないほど悲壮感に満ちたものだった。


 2


「共同開発?」

 そう、と胸を張って三宅は答えた。

 TWISTとアイル・コーポレーションが技術面で本格的に連携。アイルスタイルは量産方向へ舵を切り、TWISTの技術支援で研究を進めることとなったのだ。

「じゃあ、社長の着てたプリマヴィスタも……」

「若くして、一旦現役引退だな」

 そして三宅自身は、組織外からの客員装着者として、ステラローズを預かることとなった。それは、ローズが他の誰でも装着可能なヴァリアブルモデルであることは変わらないまま、基本的な装着員として三宅がいわばレギュラー化するということを意味していた。

「ローズも頻繁に動かしてた方が状態維持もしやすいだろうし、アイルもさらに事業拡大できるし、俺も三人の戦いに今まで以上に迅速に参加できると、誰にも損失のない最高のプランだよ」

 図らずも三宅が佐渡と似たようなことを言うので、三人はげんなりしてしまう。が、確かにどの面から切り取っても、基本的にいい考えだ、と南城は思った。

 ついでに言えば、佐渡の身柄はもちろん警察に引き渡された。家族と秘書も無事保護され、何も知らなかった家族にもすべてが説明された。悲しみに打ちひしがれた家族だったが、佐渡も責任ある立場とはいえそれを逆手に取られた被害者でもあること、初犯かつ情状酌量の余地があるとして、執行猶予が見込まれている。

「そういうわけだから、今後ともますます宜しくな………七尾」

 そして三宅は三人に向けていた目線と言葉を、最後に七尾に向けた。

 松雪に騙され、まんまとステラシステムのデータを抜き取られてしまったという自責の念に、七尾はずっととらわれ続けていたからだ。

「……悔しい気持ちはわかる。でもそんなの防ぎようがなかったじゃねえか。遅かれ早かれ、きっとあいつは俺たちの予想もしないようなやり方で、同じことをした」

 対馬も、三宅と反対側の肩を抱く。さらに二人の後に続いたのは杏樹、葛飾だった。

「簡単なことよ。そのデータを古いものにしてしまえばいい」

「その通り。こちらがアップデートを重ねていけば、彼らのお宝もガラクタになりますよ」

「うっ……みなさん……」

 七尾は声をあげて泣いた。

 まんまと松雪の術中にはまった悔しさ、ひとときでも松雪に興味を抱いてしまった浅はかさ、こうして仲間たちに泣きつくしかない歯痒さ、皆の優しさに対する申し訳のなさが、その涙をあとからあとからさらに湧き出させ、七尾の声が枯れるまで止まることはなかった。


 ◇


 資産も築き上げた。

 周囲の期待にも応え切った。

 既に一生困らないだけの豊かさを手に入れた松雪の心はしかし同時に、新たに満たすことができるものを失ってしまっていた。

「珍しいわね、そんな無様な姿」

 松雪の両肩がびくっと跳ね上がる。

 敗走を喫し、ヴォーグ社のオープンスペースで傷に喘いでいた松雪がゆっくりと振り向くのを、伊吹はいつも通りの冷たい目で見据えた。

 伊吹沙羅、松雪壇、雨宮大河。

 社長のもとに集った三人の幹部が、各々の求めるエキサイトを叶えるために生まれた会社がヴォーグであり、その最たるコンテンツがルナローブだった。

「……少し、調子に乗りすぎたみたいだ」

「あなたが? なおさら珍しい」

 ステラ排除に失敗した松雪だったが、口にする言葉の割にどこか余裕も感じられる。

 その根拠は他でもなく、その手元に持ち帰ってきたステラマンダリンの設計データ、佐渡の協力でローブを手にした薬物捜査対象者のフィジカルデータ、そしてつい先頃手に入れたばかりの、佐渡自身の戦闘データだ。

「仕方ないことじゃないか……これからこのデータを使って、どんな楽しいことができるかと思ったらね」

 彼の手に握られていたのは、ルナローブの最終進化へと繋がる鍵にほかならなかった。そしてそれこそが、松雪の求める最大の娯楽であり、伊吹が自らの価値を証明するための栄誉でもあった。


 3


 しかし雨宮にとって、それは自らの好奇心を誘うものに過ぎなかった。

「……ご苦労」

 部下が差し出したレポートに目を通す雨宮。松雪がとった、佐渡に対する残忍かつ狡猾な作戦を目にし、彼の中に灯り始めた不穏な明滅はその妖しさを増していた。

 ——確かに、ずっとそうだった。

 装着者=クライアントがどれだけ破滅しようとも、そんなことは問題ではなかった。

 胸の内で騒ぎ立てる果てなきテクノロジーへのキュリオシティを満たす、そのために雨宮はヴォーグに加わった。

 人が人を捨て、人ならざる力を手に入れてゆく、その様を見るたびに胸が躍った。

 南城李人——ステラジェイドの無限の成長率を目の当たりにし、そして肌で痛感し、彼に釘付けになっていた。


「……私が欲しいものは……なんだ……?」


 それは、テロリストと手を組んで社会を破滅させることなのか。

 いや、その実この会社が今何をやろうとしているのか、今となっては雨宮にも明確に言い当てることができない。もっと恐ろしいことをやろうとしているのか。

 そして、それは自分が追求してきたことと、同じものと言えるのか。

「答えを、教えてくれ………南城李人」


【第六部・完】

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