25 RP404
1
《…で次なんですけど、これは私もちょっとびっくりでしたね。TWISTのステラセルリアン、装着者が判明しましたと、こう見出しが踊ってるわけです》
メインルームのモニターに映し出されているのは、誰がつけたでもない、帯のワイドショーの一幕。MCの極めて素直で淀みない進行を、耳にはしても注意を向けるものは誰一人いなかったが、それは話の内容を聞き取れるか聞き取れないかギリギリの音量で流れているからという理由だけではなかった。
全てのメンバーが揃ったタイミングで、朝メインルームに残されていた一通の手紙——書き手の名は、滝沢亜藍——の存在を、杏樹が全員に共有したためである。
《滝沢……えーこれ、あらんさん、とお読みするんですね。はい。えー陸上自衛隊、横須賀駐屯地から、TWISTに出向されていると。この経歴すごいですよねえ〜どおりで非常事態の対応も手慣れてるわけです》
手紙の内容は、以前から囁かれていたとおり確かに頭痛をはじめとした身体の不調が続いていたと認める旨と、顔を晒してしまったことにより迷惑をかけたという詫び、そして戦えない装着員は荷物にしかならないであろうという、ある種の辞意だった。メインルームを支配する重く暗い雰囲気は、手紙によってもたらされているというよりも、その現実に対して口にする言葉が見当たらないという無力感や閉塞感から由来するものであった。ブリーフィングテーブルを囲むメンバーの誰も、俯いた顔を持ち上げることができないでいる。
言うまでもなく、最も取り乱しているのは筑波だった。泣きじゃくり、メインルームの冷たい静寂にその呼吸の音を響かせている彼女の背中を、七尾がそっと撫で、さすり続けている。
《でですねえ、これに関してはまだ当局のコメントは、あー貰えていないと。でもあれですね、他の二人の装着員の方もこれ、もしかするとそういう警察とか消防みたいな、ある種の緊急対応に心得のある人ですとか、特別な訓練を受けている人が選ばれているって可能性は高まったわけですよねえ》
TWISTからステラ装着員三名に支給されているステラシステム対応型IPSuM Watch、そのセルリアンモデルをサーチしたが、葛飾の探しうるあらゆる方法をもってしてもそのソナーには反応を示さなかった。
《この写真が撮られたのがつい先日でした。ただこれ相〜当〜苦戦を強いられたようでして、滝沢さんは現在療養中ということなんですね。一刻も早い回復を願います》
テーブルを囲んでいたメンバーの輪の中から、我慢ならんとばかりに対馬が早足で飛び出し、モニターの電源を落とす。そのコントローラーをバンとやや乱暴に置くと、少しその場で固まったが、対馬はすぐに輪の中に戻った。
特筆すべきは、三宅が繰り広げていた自身の持論を聞いていたことも相まって、この事態は不思議と南城たちの度肝を抜くような驚愕の事態、というほどのものではなかったということだ。悲しく、悔しく、居ても立っても居られないのは間違いないが、その衝動性を中和するに不足しないほど、その心は冷静だった。筑波に胸を貸す七尾の表情に、優しさはあっても起伏はない。
ここに突っ立っていても仕方ないと、通報が入るなどするまでは滝沢の捜索にあたるよう、杏樹は指示を下した。
その杏樹も、少なくとも平静のまま、ではなかった。下した指示も、説得力があるように見えて、どこか逃避的でもある。
南城、七尾、対馬は脚で、高槻、根室は機動室から探すこととし、葛飾はなにか気になることがある、と言ってガレージルームに戻っていった。
空っぽのメインルームに杏樹だけが残る。
自分が滝沢に投げかけた言葉は、間違いだったのか。組織の中で”生き残る”ことや、旧体制的な組織を”変革する”ことばかりを課せられてきた杏樹にとって、組織を、組織の人間を”守る”ことはまだ、不得手なのかも知れない。
その一方、やはり杏樹は信じていた。大人同士、自分の投げかけた言葉の真の意図を、彼は知ってくれていると。
彼がもし袋小路になってしまっているのなら、自分の言葉で掬いあげたかった。
素直じゃなくても、不器用でも、誰より繊細で敏感な心を持った彼だからこそ、その必要があった。
無の静寂ではなく、そこに彼や彼女がいればこそ、それを沈黙、と呼ぶのだと杏樹は気づいた。
2
いつもの真面目さからは似ても似つかないほど、とぼとぼと小さく歩く南城の姿が国道沿いに浮かんでいる。それを捜索活動と呼ぶのは幾分厳しいものがあった。
「ほいっ!」
「っ⁉︎」
その肩を、不意をつくように押し叩く、力強くも小さな手。
「南城さんがおサボりなんて、初めてですねっ」
「……ああ。本当に、初めてかもな」
自分が情けないよ、とでも言うように、南城は眉を傾けて力なく笑った。
七尾は、何も言わずにコーヒーを差し出した。
「…私もなんとなく、滝沢さんを探す気にはなれなくて」
少しささくれ立った緑地のベンチに、二人はスーツが引っかからないよう座面を撫でてから、コーヒーを挟んで隣同士に座った。縄跳びやボールで遊ぶ子供たちの声が、木々の葉の擦れる音や、流れる水の音と同化して、耳を撫でる環境音になる。
天気がいい。
「だってこれが、滝沢さんの答えだから」
「…その通りだと思うよ」
杏樹に諭されたから。もちろんそれもゼロではないだろうが、少なくとも滝沢は自らの意思でもって、自分自身に戦力外通告を突きつけ、残りのメンバーたちの栄光を願って、消えた。その思いの強さはなにせ、マスコミに素顔のまま怒鳴り込むくらいだ。
滝沢が再び自分で自分を認められる日が来るまで、彼自身以外の人間が連れ戻すべきではきっとないのだ。
「…でもさ、これもこれで、しっくりはきてないんだろ?」
「…南城さんもですか?」
南城は渋い笑みを浮かべながら、こくりと頷いた。
「もちろん、それが滝沢さんの本心じゃないとしたら、だけどな」
「滝沢さんですからね。それはあるかも」
「…だよな」
他人を受け流して、自分の懐を隠すのが得意なのも、滝沢の特徴であり悪癖であると、南城は忘れていなかった。七尾はそう語る南城の姿に、心なしか安堵を覚えた。漏れ出す隙間風のように笑うと、二人とも少しだけ気が楽になったような気がした。
彼らを束の間のサボタージュから引き戻したのは、南城のIPSuM Watchに届いた葛飾の着信だった。
◇
「行ったり来たりですみませんね」
メインルームからさらにもう一枚扉を隔てた先にある、TWISTメカニックの要にして葛飾の拠点、ガレージルーム。
「それは別にいいんですけど……どうかしたんですか?」
「さっそくですが、これを見てください」
南城と七尾はそこで、葛飾からある資料を見せられる。彼が手元の小さなコントローラーを一押しすると、大きなスクリーンにそれは映しだされた。
「……これは?」
「こまごまと書いてありますが……簡単に言うと、ある特殊な電磁波に関するデータです。人体には——およそ有益とは言えませんね」
眉間に皺を刻み出した二人を見て、葛飾が次に映し出したのは、今度は彼らにも幾分見慣れたものだった。これまでに現場から少しずつ回収されてきた、ルナローブの部品たちだ。
その数や質量は決して多くはないが、これまでステラシステムのアップデートを進めるうえで、そしてヴォーグの足跡やルナローブの謎に迫るうえで重要かつ貴重な情報源となってきた。今回もその例に漏れず、何か決定的な事実を示唆しているらしいと言うことは、葛飾の表情から見て取れた。
「先ほどの電磁波は、これまで鎮圧してきたこれらすべてのルナローブから共通して確認されていたものでした。膨大な解析結果の情報の中に埋もれ、自分も気付けずにいましたが…」
洗い出してみたところ、実はそうだったと発覚した、と葛飾は続けた。
「……葛飾さん、この電磁波ってまさか……」
南城の予感は当たっていた——それこそが、滝沢を苦しめていた諸症状の原因である、ということだ。
「この電磁波は、ルナローブ犯罪が流行りだすより前から、主に世界各地の紛争地域で不規則的に確認されてきています」
葛飾はモニターをそのままに、くだんの電磁波について説明を始める。
「……そしてある時期、滝沢さんをはじめとする、日本の自衛隊員が派遣されていた地域でも」
それは、難民救済活動のための海外派遣。滝沢も自衛隊員として、駐屯地外での活動にも積極的に参加していた。
しかしその派遣地に突如として、出自・正体・目的、何もかもが一切不明の謎の組織が出現。地域一帯を占拠し、人々を襲った。
自衛隊は難民の保護を最優先として駐留したが、そこでは度重なる壮絶な組織の襲撃が続いたという。
やがて国際治安維持部隊によって組織は撤退を余儀なくされ、自衛隊は死傷者なく無事帰国した。
——以上が、葛飾が勘を働かせて入手した、その海外活動の記録の一部である。
「この、謎の組織というのが使用していた武装からも、同じ電磁波が確認されています。その発信源がエネルギー回路なのか、武器の内部構造なのか、通信技術なのかはわかりませんが……」
「ってことは、いずれにしても……!」
「この組織が現在はヴォーグの裏にいて、ルナローブ開発に手を貸している——そして彼らの持っていた技術の一部が、ルナローブに応用されているんでしょう」
南城、そして七尾を、形容しがたい胸騒ぎが襲った。
世界各地を脅かすほどの恐ろしさを持った組織が、ヴォーグの裏に潜んでいるという恐怖。そして、すでに滝沢がその戦火に触れているということだ。
「おそらく滝沢さんもその襲撃の中で、許容量をはるかに超える電磁波を受けてしまった。お二人と一緒に、ましてセルリアンは遠距離で戦っていながら、彼だけがローブの電磁波を敏感に感じ取り、様々な症状に悩まされたのもそのためかと」
南城は悔しさに震えた。
そんなの、わかるはずがない。
わかってやれるはずが、励ましてやれるはずがなかった。
自分よりずっと命がけの危険な場所を潜り抜けてきた人間の、それゆえの苦しみだったのだから。
それなのに、表面を撫でるような浅はかな自分たちの気遣いが、彼の抱えるものをどれだけ軽くしてやれるかなんて、たかが知れている。
歯を食いしばる南城を見て、七尾は自分の気持ちときっと同じだ、と俯いた。
「……その電磁波をシャットアウトするための改修は…?」
「もちろん可能です」
胸を張って即答した葛飾だがすぐ、自分も他の技術者も重大な見落としをしていた、身体を張っているのは皆さんなのに、と陳謝した。
「とんでもない! むしろ葛飾さんには感謝ですよ!」
「その通りです。改修は、セルリアン最優先で頼みます。戦えるとわかれば、滝沢さんもきっと考え直してくれる」
そういうと思っていましたと、葛飾は苦く微笑んだ。
「セルリアンのアップデートはすでに開始しています。今少し、時間をください」
3
「コード01! これより機動室はESMに移行する!」
緊急通報により機動室が再稼働したのは、そんな葛飾との話が終わった少し後のことだった。
ジェイドとマンダリンがブートアップし、シューターから飛び出す。その先に待ち構えているとされているのは、やはり先の戦いでその力を試すような行動を見せていた、ビートルローブであった。
差し詰め、ローブの実験を今一度行おう——あわよくばステラシステムのデータを基準として——ということだろう。まんまとその誘いに乗っていることを半ば自覚しつつも、それは彼らが出撃を拒否する理由にはならない。
「……まさか、自衛隊の活動で、そんなことが……」
滝沢と電磁波、そして謎の組織にまつわる先の話は、出撃の少し前に葛飾の口から杏樹ら他メンバーに対しても共有が図られていた。その最中の通報だったため話は途切れてしまったが、ステラ二名の出撃を見送ったのち、杏樹らもその全容を把握するに至った。
そして、杏樹もまた、その胸につかえていたものを吐露した。葛飾はもちろん、彼女の滝沢に対する発言を責めたり、それこそが根本原因だと咎めるものは誰一人いなかった。歯痒い思いをしているのは、滝沢を含め、皆一緒なのだから。
「——葛飾さん、いずれにせよあなたの決定的な、そして勇気ある調査に感謝します」
「セルリアンがいない間の戦闘支援は、僕たちでしっかりやりますから」
杏樹と根室の言葉に同意を込めて頷くと、高槻は通信を操作し、ある回線を呼び出した。
《俺はあいつが戻ろうが戻るまいが勝手だと思ってっけどさ、要はその前に確かめたいことが一個増えたってだけのことだろ? 俺たちにとっても、あいつにとっても》
高槻が呼び出したのは、対馬の通信だった。文字に起こしてみればぶっきらぼうな字面でも、その口角が上向いていることは鮮明に伝わってきた。
「……ええ。皆さん、ありがとう」
水臭く頭を下げる葛飾の態度を察してか、対馬はお得意の蟹穴主義を説いた。
《……盛り上がってるとこ悪いんですけど》
そこへ、さらに別の通信が割り込む。今まさに移動中の、ジェイドとマンダリンだ。
「どうしたの、南城くん、七尾さん」
《…あ……》
《……大丈夫だよ、言うだけ言ってみろって》
何やらごそごそと話しあうジェイドとマンダリン。言いたいことがあるのは、どうやらマンダリンの方らしい。
《……あの、南城さんがこう言ってくれてるので、一応ご提案なんですけど》
ジェイドによる前振りはこうだ。滝沢を連れ戻せるかどうかは、結局のところ彼自身の問題。だから、やはりさっきまでのような捜索は続けられないという杏樹への打診。そしてそのうえで、自分たちにできることがまだ二つ残されている。ひとつはセルリアンの改修。もう一つは——
《私と南城さんも、滝沢さんみたいに顔を明かす……っていう話です》
4
伊吹からは特に何の指示も言い渡さず、とにかくただ動作実験を行えば良いとのみ伝えられた。
賑わっていたはずの臨海公園は、彼らが降り立ってからというもの閑散としている。
「……非凡の才は美しい、が、周りからすると少々厄介なものですね」
自らもまた伊吹に厄介がられていることなど露ほども思慮せずに、雨宮は眉をしかめてつぶやいた。
彼自身もレイニー・ホリデイを装着して繰り出した、ビートルローブの二度目の動作実験。伊吹は彼の提案を飲み、現在設計中の新たなプログラムを試験的にビートルへ搭載したというが、その指示は極めて漠然としていた。
「ここにいれば、遅かれ早かれまたTWISTが来てくれます。先の戦いで、彼らが硬すぎず柔らかすぎない、最適なサンドバッグであるという手応えは掴めたでしょう」
「ええ。私の身体ともフィットしてきました。ここからはただシンプルに、このスーツの性能を発揮するのみです」
「期待していますよ」
ただ、その実雨宮は伊吹に対して不服はなかった。このアルファタイプの完成こそが、ヴォーグが目指す美しき理想をより近きものにする。ただその一点のみを、雨宮は信じていたからだ。
「……ああ、言い忘れていましたが……」
——ヴォーグが目指す理想。
「青いステラは、きっと来ないでしょうね」
その本当の意味までを、雨宮が知らされていないということに、彼自身すらも気づいてはいなかったのだが。
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