22 プライド
1
間一髪で窮地を回避したジェイド、マンダリン、そしてプリマヴィスタは、機動室に帰還していた。
「どうして黙っていたんです」
「………」
戦闘中、突如身動きが取れなくなってしまったプリマヴィスタ。
迫り来るライノローブの突進から、ジェイドが咄嗟のフルブラストモード起動によりプリマヴィスタをサルベージし、幸いその場は事なきを得た。加えて、疲労やダメージの蓄積からかライノローブはそのまま地下へと姿を消してしまったため、こちらも被害が出ないうちに補給を済ますため帰還してきた——という流れだ。
「葛飾さん、何かわかったんですか」
言い逃れができないことを悟り、三宅はプリマヴィスタの解析を望む葛飾にスーツを引き渡した。そこからわかった事実に基づいて、葛飾は三宅に詰問していたのだった。
「——アイルスタイルは、いわば試作の域を抜けない、プロトモデル同然の代物と言わざるを得ません」
「そんな……!」
南城を始め、機動室は騒然とした。
華々しいデビュー戦を演出し、記者会見を開き、三宅自身の心も開いてTWISTともこうして手を取り合って戦うことができるまでに至ったアイル。それなのに、スーツが未完成とはどういうことか。
「…すみません。私も、プリマヴィスタの挙動にムラが多いことはマンダリンの分析で検知していました。それなのに申告せず——」
「よせ七尾。今は身内を責め合ってる時じゃない。……社長、それはあんたにも言える」
南城は三宅を真っ直ぐに見つめた。
合わそうが合わすまいが自由なはずなのに、三宅はその目を見ずにはいられなかった。
「……一日も早く、ヒーローになりたかった」
「だからって!」
「この欠陥は!」
三宅が声を張る。
「——この欠陥は、周囲には影響しない、ただ装着者に対する……俺に対する利便性の問題でしかない」
確かに、と葛飾は補足した。プリマヴィスタのどこが具体的にまずかったのかといえば、運動系統と耐久面での整備が完全でなく、計算上実現しうる最も高出力かつ最も鋭敏なパフォーマンス、そして100%の防御性能を実現できない、というだけのもの。数学の問題で例えればそれは最適解ではなく、当たってはいるが迂回の多い計算式のようなものだ。
「あなたが不便を被ったり、怪我をする分には周囲の迷惑にならない。そう思っているのかもしれませんが……」
しかし、無駄な余白が残されていれば、その分他の箇所に皺が寄る。圧迫される箇所があるということだ。プリマヴィスタが完全に動かなくなってしまったのは、いわばコンピュータがデフラグを怠り、演算処理に大幅な遅れが生じるのと同じような状態であった。
「それによって救えるはずのものが救えなければ、そうとは言えませんよね」
温厚な葛飾が、三宅を叱責する口を止められない。彼というよりも、技術屋としての彼の信念が憤りを露わにしている。
そして三宅にも、返す言葉がなかった。
複雑に絡み、悶々としていた過去を受け止め、共に戦えると言ってくれた機動室の面々に、早くも不信感を与えてしまった。三宅の中には、そんな自責と後悔の念が渦巻いている。
「……でも、戦いたい……。俺は……俺はどうすれば……」
ようやっと振り絞った声に、南城は葛飾の方を見る。葛飾は複雑そうな表情を浮かべながらも、やがて頷いた。
「社長。自分とこの製品をよその人間にいじられるのは、あんたのプライドが許さないか?」
「……え?」
南城の突然の問いに、三宅はその意味を探るように固まる。
「この欠陥を後回しにして、表舞台に躍り出ることを優先して、今日まで隠し通してきたあんたの……そのプライドって、どこからくる、なんのためのものなんだ?」
三宅は沈黙する。
万全を考慮する選択肢はいくらでもあった。それを押してでも、虚勢を張ってでも、今ここにいなければならない理由が——プライドがあったのは、確かだ。
でも、これは、望んでいた景色じゃない。機動室の面々に不穏な表情と眼差しを向けられ、自責と後悔に沈むために、先を急いだわけではない。
——プライドとは、一体なんだ?
自分を守るための、偽りの贖宥状か?
自己矛盾を盲点に押し隠すための眼鏡か?
少なくともアイルスタイルの開発に全神経を注ぎ込んでいた、ほんの少し前の自分にとって、そんなことはなかったはずだ。
「……俺は」
三宅が顔を上げる。
「俺にとってのプライドは、夢であって、……でも独りよがりな妄想でもあった」
南城は何も口を挟まずに見守っている。
「でも今は違う、違っていたんだとわかった」
その南城と、三宅の目が合う。
「今、俺は経営者として、一人でも多くの市民の役に立ちたい! そのためなら……自分の製品をよそに預けるくらい、関係ない」
その目はそのまま、葛飾の方へ。
「お願いです……俺のプリマヴィスタを、戦える状態にしてください」
震える声で三宅が叫ぶと、葛飾は硬直させていた表情をふっと緩め、穏やかに頷いた。
一方、滝沢はその一部始終の中に姿を見せていなかった。
ブロッサム・ストーム。
一人で交戦したあのローブのことが、今もまだ気にかかり続けていた。
「滝沢さん、終わったよ」
「おお侑里ちゃん、ありがとな。どうだった?」
謎の存在の出現とその危険性について、杏樹たちは実戦中も視覚モニター経由で認知してこそいたが、こと今は三宅の話で手が離せないでいる。このあといずれ全体でブロッサムについて話しあう前に、個人的に彼女のことをちゃんと考えておきたいと、滝沢は先んじてセルリアンのモニター解析を高槻に依頼していたのだった。
「ブロッサム・ストーム。確かに、南城くんに付き纏ってるレイニー・ホリデイとの類似点が多数検出された。プライムシリーズの後続モデルと考えて良さそう」
「やっぱりか。ご本人もあながち、って感じではあったんだ」
「風を自由に操る力がある。両腕についてる花の形のこれ、うちでいうとこのジェイドグリップみたいな武装だと思う。それからね——」
滝沢はそうしていくつかの情報を高槻から受け取り、やがて一人部屋にこもった。まさに機動室全体でブロッサムの話になった時も、ついに彼はメインルームに再び姿を見せることはなかった。
2
ヴォーグ本社にある自分の部屋に戻ると、部屋に備わっている着脱システムによって伊吹はブロッサムを脱いだ。
ヴォーグ社のオフィスはその事業内容に似つかわしくなく、驚くほど一般企業と遜色のないスマートな造りである。
——全社員が、オフィス内に居住空間を所有していることを除いては、だが。
「……石ころ、か」
自身のシャワールームで服をたくし上げ、セルリアンに撃たれた腹部を確認すると、スーツで保護されていたとはいえ少々のあざが残っていた。女性を傷つけるのは趣味じゃない、みたいなことを言っていたが、ほとほと呆れる。
全社員の居住空間を保有していると述べたが、かように一般生活と同然あるいはそれよりも少し贅沢な暮らしができるのは、彼女をはじめとする役席者だけである。ヴォーグ社はごく数人の役員たちによるトップダウン経営そのもので、スーツ開発を命ぜられているいわゆる一般社員は職務上の自由や裁量もほぼ与えられず、居住においても集団生活を強いられている。もちろんそんなことは決して明るみにはならないが、悲しいかなこうあればこそ、コンスタントにルナローブを開発し続けられるというものである。
「…っ……」
全身にシャワーを行き渡らせようと少し体を捻ると、くだんの箇所がずきっと痛む。なるほど、石ころというのは撤回して正解だったらしい。
長い髪が濡れてまとまると、額や横顔が露わになる。その手で全身を泡に包み、まだ浴び慣れていない都心上空の汚れた空気を洗い流す。
こうして一糸纏わず生肌で空気や水を感じている時と、自分の満足のいくものを作り上げることができた時。その二つの瞬間だけは伊吹にとって、生きている実感が得られる気がした。
市民にも、TWISTにも、所詮はこの会社にも、彼女は期待していない。だから、死ぬことも、死神に会うことも、怖くない。
彼女にとって全てのことは取るに足らない瑣末な問題でしかなかったが、時折そうして無性に”生きていること”を確かめる必要があり、外の光も時間感覚も遮断して何日も研究室に篭ってみたり、こうして浴室にいるときは自分で自分の内側に深く触れてみたりした。
今日は、どうやらその必要もない。
自分を慰めるまでもなく、否が応にでもくだんのあざが痛み、世界と自分の境界線をはっきりと思い知らせるからだ。
不思議と、嫌ではなかった。当然に不快感は伴うが、それを失うことをよしとしない自分も存在する。肌の感覚と、心の高揚が、そのあざの中に同居している。
「ステラセルリアン……」
シャワーを止めるきゅっという音が反響した。湯気で曇った浴室の中に、伊吹は数分立ち尽くした。
社から自由な生活を与えられても、無粋なのは同格の役員からいつでも連絡が届きうるということだった。
「…なんの用」
《夜分にすみません》
言葉と裏腹に全く申し訳なさを感じさせない、その声の主はレイニー=雨宮大河だった。
《今日は、何やらお楽しみだったようでしたので》
「よして。あなたほどじゃないと思う」
伊吹は冗句の物言いでいて、声色は冷たくドライである。
《どうです? ご自身の技術の粋を集めた、プライムローブの着心地は》
「あなたの感想をまだ聞いてないけど」
《これは失礼。おかげさまで、ステラジェイドと楽しく遊べていますよ。……伊吹さんも見つけたようじゃないですか、相性のいい遊び相手を》
伊吹はため息を一つこぼした。セルリアンのことを言いたいのだろうが、なにぶん図星であるだけに返事が億劫になる。遊びでやっているんじゃない、と皮肉を返すくらいが彼女の手元にせいぜい残っていたカードだった。
伊吹沙羅はルナローブ開発担当責任者である。これまで一般販売されてきたあらゆるローブの、開発の中枢を担ってきた張本人。そして今回新たに開発した二機のプライムローブ——レイニー・ホリデイとブロッサム・ストーム——は、ローブの装着者から吸い上げたデータをもとに、役員が安全かつ自由にその力を発揮できるよう組み上げられた、実質ステラシステムに最も近いルナローブとでもいうべき作品であった。
《ナンバー3のご予定は》
「冗談は顔だけにしなさい。ブロッサムでさえ、まだテストフライト同然よ」
《ですが……松雪くんも痺れを切らしますよ》
「……わかってるわ、そのくらい」
話はそれだけかと問い詰め、諦めた雨宮にもうひとつため息を聞かせたあと、伊吹はぶっきらぼうに電話を切った。
3
体感したことのない荒々しい地鳴りが市民を驚かせ、TWISTへの通報を促すまでにさほどの時間は要さなかった。
再び地上へ姿を現したライノローブは、地下で推進を続けながらも刻々とエネルギーを回復していたらしい。しかし、根室によるとそれもほんの息継ぎ程度でしかないという。
「ライノローブのエネルギーレベルは明らかに減少傾向にあります。計算上、活動限界まで長くても40分程度かと」
通常のローブ戦と比べるとかなりの長期戦になっている今回。補給こそ完了したが、TWISTとしてもなるべく早い事態の収集が望まれるところではあった。
「——問題は、ライノローブの足取りが今、西部発電所に向かっているということです」
「なっ…!」
「突っ込むかどうかは分かりませんが、先のごみ処理場同様、確実に回避すべきエリアではありますね」
一切の目的もなくただ暴走し続けるルナローブ。幸い今すぐにはそうした危険度の高い施設への影響はないが、ゴールがないということはどこでもゴールになりうるということでもある。葛飾はやや渋い顔をしながらもそう述べ、三宅の方を向いて続ける。
「三宅さん。プリマヴィスタのチューニングが完了しました」
三宅の表情がぱっと開く。
「防御性能と運動機能を、TWISTとザイオンで設定した基準値に引き戻しました。その分、使いづらさや、馬力不足を感じる瞬間は多々あるかもしれません」
「構いません。ありがとうございます」
「…三宅さん」
葛飾の表情は、もういつもの温厚なものに戻っている。しかしそこに三宅を包み込み、あるいは圧倒する大きな威厳をたたえて、葛飾は改めて三宅に告げる。
「——これはいつもステラの三人に言っていることですが、自分にケアできるのはスーツだけです。みなさんがどんな重傷で帰ってきても、自分には何もできない。それが嫌だから、自分は自分にできることを、やるべき時にやりきっておきたいんです」
確かに、南城たちには聞き慣れた言葉ではあった。が、そこに葛飾の心情が同乗することで、南城たちも改めてその言葉に聞き入る。
「これからは、あなたも同じです」
「……葛飾さん……ありがとう。あんたの仕事を無駄にはしない、絶対」
社長であり、戦士であり、彼自身が技術者でもある三宅。各部門のエキスパートを集めたTWISTと違い、出資者や有識者、技術者の腕を借りながらもほぼ自分自身でイニシアチブを取ってここまできた彼にとって、葛飾の存在は少し特別に映ったのかもしれない。
手短にコンタクトを取り合い、ステラとアイルが機動室から出撃した。
◇
「喰らえ!」
ライノローブは推察通り発電所に向けて都市部を離れ、山間部の一本道に入っていた。
このルート計算が的確なら、舞台は確実に周辺被害の少ないエリアに移る。攻撃はその後から仕掛けた方が安全で、足止めのために講じられる手段も増えるはず。
事は見事、その通りに運んでいた。ライノローブの前方に回り、その接地面を目掛けてセルリアンが発砲。着実にスタミナを失いつつあるローブはすぐさまバランスを崩し、田畑に転げ落ちた。
「泥で時間稼げるんじゃないか?」
「…いや!」
マンダリンの判断は早かった。ローブはむしろ泥の奥底まで潜り切り、反発して飛び出してきたのだが、それを察したからである。
「くそ!
「根室!」
《活動限界まであと15分40秒、発電所到着予測時刻まであと8分30秒!》
「やっぱ持ち堪えるしかないか…!」
「ステラジェイド!」
苦悶の表情を浮かべた南城を呼び止めたのは、三宅比呂——プリマヴィスタだった。
「俺が奴の正面に入って、こいつで受け止める」
プリマヴィスタの"こいつ"は、胸の前でぱんと合わせたその両腕を意味していた。
「無茶だ!」
「その間にセントラルユニットを頼みたい。あの装甲の重なり方、斬撃武器じゃないと分離は難しいだろ。俺にはまだ、ユニット分離の技術が充分にない」
いつもなら銃の腕を見くびるな、とセルリアンが突っかかるところだが、彼もプリマヴィスタの見解には同意した。鋭利で分厚い装甲が、ライノローブの全身を何枚か折り重なるように覆っているためだ。
「セルリアンには遠距離から奴の体力を削っていってもらいたい。マンダリンは水先案内を頼む。俺、受け止めてる間、後ろ向きだしな」
「偉そうに指示しちゃってさ」
「お任せあれです!」
セルリアン、マンダリンも、笑みを讃えながら応答する。
ジェイドも、プリマヴィスタの身を案じて声を張ったものの、その作戦に乗った上で全力を尽くすのが今取りうる最善の行動だと悟り、頷いた。
「そのかわり」
「?」
ジェイドはそう言うと、SSジェイドブレードを逆手持ちした右腕を、プリマヴィスタの眼前に差し出した。
「"コード呼び"はここまでだ……ややこしいんだよ」
仮面の下で笑みをこぼすと、プリマヴィスタもスパーダ・ドーロを逆手持ちし、ジェイドの拳と軽くぶつけた。
「了解だ——"南城、滝沢、七尾"」
四機のコンバットスーツが、風を切って持ち場へ散る。
「行くぞ……このサイ野郎……うおおお!」
声を振り絞り、プリマヴィスタがライノローブの真正面に入る。まもなくローブとプリマヴィスタは激突し、彼の両掌がローブの"顔"に平手を打ち付け、その推進を押し止める格好となる。
「うっ……くおぉ……!」
早くもプリマヴィスタの視覚モニター上には、不穏なサウンドとともに真っ赤なエラーメッセージが所狭しと乱立する。全身の機構にダメージが与えられている証左だ。しかし、葛飾のチューニングがなければ——今まで通りのプリマヴィスタなら、とっくにこの衝撃には耐えかねていただろう。
「杏樹さん! なりふり構わねえぞ!」
《もちろんよ。フルブラストモード、全機承認!》
「マキシマム! ドリップ‼︎」
間髪入れず、セルリアンは上空から無数の弾道を描く。一斉の発砲は大きな反動を伴い、セルリアンの空間座標は大きく大きく後方へずれてゆく。
「効いてる!」
機を伺うジェイドの目に、セルリアンの一斉射がしっかりとローブの体力を奪っていることが見て取れた。
しかし、依然として止まる気配はない。サメかよ、とはじめ冗談めかしてこの現場に入ったが、どうやらあながち冗談でもないかもしれない。奴は、行動停止こそが機体の寿命なのだ。発電所到達はなんとしても避けたいが、ユニット分離前にその脚を完全に止めてしまったら、おそらく今度は中の人間が助からないだろう。
ただ、根室から定期的に挟まれる時間予測を聞く限り、着実に発電所到達のリスクは減少していっている。このまま、セントラルユニットを斬るだけだ——!
「サイクロン・スカッシュ‼︎」
全身が爛々と翡翠色に輝くとともに、ジェイドが急降下。ライノローブの背部に脚をかけ、その装甲を一枚一枚破壊していく。
「耐えてくれ! 社長!」
「言…われ…なくてもお!」
一枚一枚の装着は非常に強い。それはどのローブにしても同じ事だが、ことこのローブについては防御力の異常な高さからしても苦戦を強いられる。どこだ。こいつの心臓はどこにある。
《プリマヴィスタ、損傷率急上昇! 戦闘続行危険です!》
「なっ…! 葛飾さん! プリマヴィスタと機動室勝手に接続しやがったな!」
ステラたちと同様にプリマヴィスタをモニターする根室と、それを手掛けた葛飾へ、絶体絶命の突っ込み。笑っている場合ではないのだが、戦闘終了後この一幕は笑い話としてしばらく使いまわされることとなる。
「軽口叩く余裕はまだあるってことだな…!」
「南城さん!」
ジェイドの見上げた先には、マンダリン。
「装甲剥がしてくれたおかげで解析が捗りました! セントラルユニットは今剥がした部分のもう二枚下です!」
「ありがとよ! 七尾!」
大きく凸凹な体躯の上で、体勢を整えるだけでも一苦労という様相だが、ゴールが見えた以上あとはやるしかない。発電所も、プリマヴィスタも、ローブ自身にももう時間がない。
「っ……っここだあ!」
死闘の末、ついにセントラルユニットが露見した。
しかしそれと同時に、必死の抵抗を見せたローブによりジェイドは振り落とされてしまった。
「うおおっ…!」
「南城!」
「南城さん…!」
走り続けるローブとプリマヴィスタを二人だけにもできず、セルリアンはそのまま推進を続け、マンダリンがジェイドのサルベージにあたる。
「南城さん、大丈夫ですか」
「ああ……あともうちょっとなのにな……!」
《南城くん、ジェイドも今の衝撃で少し危ない状態になってる。気をつけて》
「…つまり、"気をつけてもう一回やってみろ"ってことですよね…!」
機動室に届いた南城の声は、どことなく高揚感を伴うような、影のない声色だった。その声を聞いてメンバーがはっとしたときにはもう、ジェイドは再びフルブラストモードの機動力で一気に飛び出し、マンダリンを置き去ってあっという間にローブに追いついてしまう。
「…マンダリン、置いてかれちゃいました」
《ドンマイ》
《南城くんのラストスパートをサポートしてあげて!》
もちろん、と声を張ると、マンダリンも駆け出した。
「待ってろ社長! 今終わらせる!」
再びライノの巨躯の上に脚をかけたジェイドだが、どうやら本当にプリマヴィスタは追い詰められているらしく、返事は聞けなかった。
視覚モニターの分析にかけ、最適かつ最速の分離プロセスを割り出す。
「………そこです!」
「行け! 南城!」
「着替えの時間だああ!」
セルリアンの叫びに呼応するように振るったSSジェイドブレードが、一陣の風のようにライノローブを斬りつけた。
プリマヴィスタが——三宅が現場に広げられた救護マットの上で目を覚ましたのは、切り離されたユニットが空中に爆散し、散り散りになった装甲の中から装着者を救出した、そのさらに数十分後のことだった。
「…そっか、よかった…」
「ひとりであんなでかい装甲車になっちまって……着るのも一苦労だったろうが、脱ぐのはもっと大変だったな」
山あいの民家からは、聞き慣れない轟音にちらちらと見物人が訪れ、辺りは一時騒然——騒々しさとしては可愛いものだが——となった。
「ありがとう社長。あんたがいなきゃ、俺たちはあの人を救えなかった」
「…それはいいんだけどさ、南城」
か細い声で、痛みに伏す体を可能な限り南城に向け、三宅は微笑む。
「機体名で呼ぶのもだけど、役職で呼ぶのもやめにしないか?」
それは、先に南城が三宅に名前呼びを促したことに対をなす、三宅なりの信頼性の表現だった。
——が。
「…いや別に。社長は社長だろ」
「はあぁ⁉︎ いやそこは俺のことも名前呼びする流れだろうがよ!」
「一応まあ、歳上だしなあ」
「そんな気配り…何を今更!」
「あーうるさいうるさい」
「つーか逆にこいつなんで歳上のくせにいつまでも敬語にならねえのかなって——」
大怪我をまるで思わせない強気の突っ込みに、南城は痛快に笑った。
全身を蝕む痛みは、もう少し後から遅れてやってきた。
【第四部・完】
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