21 風、ときどき嘘



 1


「いやそれでさあ、うちの部署もう三つ巴なのよ。ステラ派と、アイル派と、どっちも反対派ってので」

 これまでTWISTのメンバーにとって、休日は割合貴重なものであった。

 なぜなら、いつ通報が入り、ステラを出さなければならなくなるか、誰にもわからないからである。

 一切の予告なく新たなミッションが舞い込み、解決を求められる。本職が警察官である以上それは今に始まった事ではないが、その対象がローブ犯罪とあってはまた話が違っていた。

「お前んとこの会社、相変わらずだな」

 しかし今や、装着者が一人休んでいたとしても、他のメンバーがいれば対処はその人員だけでの完結を優先する。初期の頃、セルリアンやマンダリンが配備される前はほんの一時期とはいえ南城一人での出ずっぱりを余儀なくされていたが、滝沢と七尾、そればかりかアイル・コーポレーションがローブ鎮圧に正式に参入した今、休んでいるメンバーまでもが駆り出されるということは基本的にほぼなくなっていた。健全なことではある。

「まあ、俺はブレずにステラを応援するけどな〜」

 だから、こんなふうに渡嘉敷と喫茶店でくっちゃべっている時間ですらも、ついこの間までは正直言って惜しかった——もちろん休日の朝いきなり家の呼び鈴を連打されるなんて、誰がやられても不快ではあるが——。

「ステラもアイルもそれぞれ一生懸命やってるんだし、それでいいだろ」

 だが、今の南城には、彼とのスローな時間を楽しむ心の余裕がある。

 彼と過ごすことそのものはもちろん、そんな自分の変化が、南城にとっては嬉しかった。

「…しっかし、南城最近なんかあったわけ?」

「え?」

「いや、警察の割に、最近はずいぶん悠々自適っていうかさあ」

「お前警察なんだと思ってんの」

 聞くに、南城自身が感じていた精神的余裕は、外側にも露見していたようで。

 TWISTの仕事が警察よりも気楽だとか、簡単だというのではない。確かに個人的裁量権は多少持たされている方なのかもしれないが…。機動室に配属されてから、職業観や正義感の変化を経験し、その上で多くの仲間を得たいま、科技捜にいた時よりも南城が自分の仕事をまさに”謳歌”できている——というのが最適だろうか。

「……まあ、俺もただダラっと働いてるわけじゃないってことだ」

「へえ。なんかよくわかんねえけど、まあいい変化ならいいよ」

「渡嘉敷はどうなんだよ」

「ん、俺? 俺はね〜……」

 しかし渡嘉敷の言葉は、南城のIPSuM Watchを震わせた着信によって待ったをかけられた。杏樹からだ。

 話を振っておいてすまないが、と片手を顔の前で立て、南城はWatchを操作しながら決まり悪そうに席を立つ。

「……南城です」

《お疲れ様。……休暇中申し訳ないんだけど、出て欲しいの》

「ローブですか?」

《………え?》

「え?」

《え、ええそうね……多分…》

「……杏樹さん?」

《ごめんなさい……わからないの》


 2


「……つまり、分析結果としてはこれまでのローブと同じなんだけど、ぱっと見だと全然そうは見えなくて……ってことか」

《そうなんです……》

 数十分後、南城はステラジェイドのスーツに身を包み、根室と事情を確認しながらシューターを駆け抜けていた。

 その”ぱっと見”を、南城は出撃前に機動室のモニターで目の当たりにした。

 その姿はさながら、乗り物。大きさは普通乗用車よりも何回りも大きい。無骨な四輪を荒ぶらせ、流麗ながら刺々しい装甲で風を裂き、あらゆるものを破壊・貫通・直撃しながら現状一度も静止せずに暴走し続けているという。

「サメかよ」

《生体反応があるのでロボットや車両ではないと思うんですが、あれが人…ローブなのかというとなかなか信じ難いですね……》

「葛飾さん、能力とか特性は何か?」

《見ての通り、鋭利な角と堅牢な装甲、それと大暴れ。あとはなんともですね》

「滝沢さんと七尾は?」

《もう随分追撃を続けてもらってるけど……いたちごっこで終わりが見えない。二人ともどうしてもフィジカルではジェイドに劣るし、それで南城くんの加勢がどうしても必要だったの》

 高槻の返答に、南城も納得した。

 ジェイドの視界が明るくなる。私鉄の線路上に飛び出したジェイドは、そのまま直線を逸れて目的地へ急行する。


 ◇


 ローブらしき謎の移動体は、市街の大きな幹線道路を突き抜け、先をゆく車を次々に跳ね除けて独走していた。

「七尾どうだ!」

 その道筋からルートを計算し、先回りして狙撃体勢を整えては、制止するには至らずまた別のどこかへ先回りを試みる。出撃してからというもの、セルリアンはひたすらにその繰り返しを強いられていた。

「無理です〜!」

 どころか、その先回りも当たる時とそうでない時がある。あまりにもその移動体の方向転換が突飛なためだ。なんらの法則性も、おそらくは特定の目的地も持たないそれをどうすれば先読みできるか、そして最善の鎮圧策はなんなのか、PSマンダリンファンネルを展開しフル回転で分析を続けているマンダリンだが、答えは未だ出ていない。

 そして、彼らは青ざめた。

「おいおいおいおいおい……! それはねえだろうよ!」

 移動体の行く先に、見上げるほど高い煙突。幹線道路に程近く、ごみ処理施設がそこにあるという証左だ。このままでは、施設に少なからぬ被害が及ぶ。

「突っ込んだら大事故にもなりかねません!」

「くそ!」

 一か八か、移動体に追いつこうと飛び出すセルリアン。追いついたところで、接近戦を得意としない彼に移動体が止められる見込みはないが、ただ傍観していられるわけもない。

「間に合え……間に合え間に合え!」

「滝沢さん……!」

 しかし、心なしか移動体はその速度を増しているようにさえ見える。全速力の中、滝沢に絶望がよぎった——


「うっ!」

 七尾の両耳に咄嗟に手を当てさせたのは、非常に強く、鋭く、そして突如として鳴り響いた金属音。

 移動体はごみ処理施設の向かい側にある緑地に荒々しく横転し、エンジン音とも悲鳴ともとれる唸り声をあげた。

「南城…!」

 そこに浮遊していたのは、SSジェイドグリップを光らせ、移動体に重い一打を見舞った直後のステラジェイドだった。

「大丈夫ですか、二人とも」

「悪いな、休みなのに」

「ありがとうございます!」

 セルリアンとマンダリンだけで鎮圧する相手としては圧倒的に分が悪すぎたと弁明しつつ、二人は南城に頭を下げた。改めて移動体の方へ目をやると、人の形をしていない移動体はその身をよじってどうにかこうにか起きあがろうと奮闘している。

「やるなら今ですね」

「ああ」


「あいにくですが、それは困ります」

 しかし、ジェイドがその手にSSジェイドブレードを握ると、背後から聞き覚えのある、それでいて耳障りの悪い声が聞こえてきた。振り向いた三人の前に姿を表したのは——

「レイニー…!」

 ヴォーグ社の中枢に近い人物であろうと目される、プライムローブ:レイニー・ホリデイだ。

「みなさんお察しの通り、あれはローブです」

「ってことは、あの中身は——」

 ええ、人ですよ、とレイニーはさも滑稽そうな声色で返事をした。

 ライノローブ:ラッシュ・アワー。ご丁寧な商品説明を始めたレイニーの口からは、それが新開発の”ビークルタイプ”のローブであり、一度変形すると活動限界まで止まれない”使い切りタイプ”のモデルでもあることが語られた。

「我が社にとっても画期的な開発実験ですから、妨害されると手痛い損失となるんですよ——あなたたちが、民間企業によるステラの真似事をやめさせられないのと同じ話です」

 三宅のことを言っているのだと、南城たちにはすぐにわかった。さすが、大抵のことはヴォーグもちゃんと把握しているらしい。

「知名度が上がるのは、社長としては嬉しいね」

 ——そこに三宅本人が合流してきたことが、タイミング的に良かったかどうかは判断できなかったが。

「みっ三宅!」

「どーも。あれってもしかして、ヴォーグの偉い人?」

 いや、そうだけど……と滝沢は困り気味に答えた。一般販売のローブを鎮圧する想定はしていたが、こうも早々に三宅がレイニーと接触することは考えていなかった。

「おやおや……あなたが例のプリマヴィスタですか。お噂はかねがね」

「そいつはどうも。で? あんたはどうするつもりだ?」

 問われ、顔を背けて少し考えるレイニー。やがて少々の間のあと、レイニーは答えた。

「…プリマヴィスタ。あなたのお手並みを拝見したいのもまた、事実です。ここでわざわざ皆さんを潰しにかかるのは、事と次第によってはむしろ損失となりかねない」

 まんざらでもないというトーンでそう答えると、レイニーは以前ステラをフリーズ状態に追い込んだものとよく似た霧を纏い、気まぐれに姿を消してしまった。

「なんなんだよ……」

「まあ、大きな邪魔が入らなくて済んだのは、いい事です」

 セルリアンをいなすと、ジェイドはプリマヴィスタに告げる。

「俺とあんたでライノを止めよう」

「いいのか? また下手を打つかもしれないぞ?」

「やれるもんならやってみな。あんたがそうならないのはもう知ってる」

 仮面の下でにやりと笑うと、二人は互いに頷きあった。

「滝沢さんは援護を。七尾は引き続き、ライノの動きを計算してくれ。できる限りでいい」

 ジェイドの指示を受け、二人も納得して首を縦に振った。ジェイドはそのまま機動室にも念のため了承を求めたが、もちろん、任せると杏樹は答えた。

「よし……行こう!」

 翡翠色の風と、黄金の稲妻が、都心の空を駆け降りた。


 3


 起き上がり、再び暴走に向かおうとするライノローブは、案の定猛烈な馬力でもってジェイドたちを圧倒した。

「くそ…! 化け物かよ!」

「社長! 電気ショックで止められないか!」

 どうだかね、と返答しつつ、プリマヴィスタは専用斬撃武器スパーダ・ドーロにエネルギーを充填し、大きく振り下ろすことによってライノに電撃をぶつける。

 ばちばちと砕け散るようなショート音と、詰まるようなエンジン音を響かせながら、ライノローブが苦悶する。しかし、電気ショックによる機能停止にまでは至らないらしい。

「だめか……」

 険しい表情でそのさまを見つめるプリマヴィスタの横を、颯爽とジェイドが通過した。

「結局これか!」

 SSジェイドグリップが光り、唸る。右腕をぐっと引くと、ライノのもとへ到達すると同時にその右腕を思い切り前に出す。隕石衝突のような殴打が、ライノの装甲に強烈な圧迫と衝撃を与え、そのままライノはジェイドから最初の奇襲を受けた時と同じ具合に転げ回った。

「さすが、警察のきつ〜い訓練受けてると戦いもさまになるんだな」

「そういうあんたは、武道の心得は?」

「なくても戦えるようにするのが俺の発明だ」

 そんな言葉を交わしているうちに、やはりライノローブは再びその勢いを取り戻そうと自力で起き上がる。


 ◇


 セルリアンは、その様子を離れて見ていた。

 はずだった。つい先程までは。

「何だ何だ…? レイニーはもう帰ったんだろ…?」

 ビルの屋上からライノローブに向けていたはずの照準だったが、セルリアンは今そこから目を逸らさざるを得ない局面に置かれていた。不気味にスーツを撫でる風と共に、正体不明の存在が、彼の周りを神出鬼没に遊泳しているのだ。

 その雰囲気は、レイニーによく似ている。が、似て非なるものであるということもまた明らかだった。

「…………そこか!」

 全神経を研ぎ澄まし、瞬間で察知したその存在。銃口を向けたその先には——

「残念」

 ——否、その真反対に、紫色の装甲を身に纏った正体不明のコンバットスーツは佇んでいた。

「ステラセルリアン、いくつか確かめたいことがある」

「それって今じゃなきゃだめか?」

「あなたの意向は聞いていない」

 そしてまた、風。そよぐとも、吹きつけるとも異なる、撫で付けるような、まとわるような、しかし掴めない妖しさと常に共にある。

「なかなか、作り込んであるのね」

「っ!」

 紫色のそれ——さしあたり彼女、と呼ぶべきらしい——は、まさにその風に乗って揺らめくようにセルリアンの背後に回っていた。全く読めないその動きに、セルリアンはもはやその手にRPセルリアンマグナムを握っていることすら忘れる。

 というのも、彼女からは不気味さは感じても、戦う意思を全くほど感じないからだ。

「ザイオメタルのポテンシャルは圧倒的ね……オーブユニットの接続系統にも無駄がない……フィッティングも見事……」

 セルリアンの全身を舐めるようにじろじろと眺めながら、彼女は何かぶつくさ言っている。この手の技術に関して明るいらしい。

「お姉さん。お楽しみのところ悪いんだけど……その、あんたは誰で、何がしたいんだ?」

 たまらずセルリアンは突っ込む。しばらくはそれも無視して屈んだりしゃがんだりしながらスーツを眺め続けた彼女だったが、それも満腹になったのか姿勢を戻し、時間差でセルリアンの問いに答えた。

「ブロッサム・ストーム。私専用のモデルよ」

「いや、スーツの話じゃなくて——」

「あなたは、もうそのスーツには慣れて?」

 は? と聞き返した次の瞬間にはもう、さっきまで微塵も感じ取れなかった戦意を尖らせ、彼女——ブロッサム・ストーム、と呼ぶべきらしい——はその細く長くも強靭な脚でセルリアンに蹴りを見舞った。

「くそ……優しくしておけば……!」

 対してセルリアンも臨戦態勢に移る。RPセルリアンマグナムを援護射撃用のタクティクスモードから近中距離用のアクションモードに切り替え、流れるような脚さばきをかわしながらトリガーを引く機会をうかがう。

「相応しい者のもとになければ、宝石もただの石ころよ」

「——俺に言えるのは、少なくともはヴォーグじゃないってことだ」

 ブロッサムは敵意剥き出しに顔を向け、次の瞬間はっとした。

 滝沢は仮面の下でニヤついた。

 ブロッサムがレイニーと同じ出自のローブ=プライムローブではないかという、セルリアンの漠然とした推察は確信に変わった。彼女が僅かにでもセルリアンの発言に反応し、憤りを示したからだ。

「……私に鎌をかけるなんて」

「女性を傷つけんのは主義じゃねえんだけど、仕事はしなくっちゃ……さ!」

 最後の一息と共に、セルリアンは辿り着いたブロッサムの装甲に銃口をあてがい、ゼロ距離でマグナムを連射。完全に隙を突かれたブロッサムは銃撃の勢いのままに吹き飛んだ。

「くっ…!」

「どうなのよ。セルリアン《こいつ》は石ころかよ?」

 両腕を広げ豪語するセルリアンに、土埃を払いながらブロッサムは向き直る。

「……少なくとも石ころではないようね。ただ——」

「ただ…?」

 次の瞬間、ブロッサムの両腕に携えられた武装・スプリングフレーバーから、花弁型自立航行爆弾・フローラルアタッカーが無数に射出される。シンプルにその物量に圧倒されたセルリアンは、その隙に行方をくらましたブロッサムを完全に見逃してしまった。

「げっ! 邪魔だ…この…!」

 渋々、セルリアンはマグナムを抱え、すべてのアタッカーを撃墜せんとする。爆弾なだけあり、撃破した際の爆発はやや凄まじいものがあったが、その銃さばきにより辺りはすぐ静まり返った。

「…ブロッサム・ストーム……一体何なんだ……」

 茫然と立ち尽くすセルリアンを遠目に見送りながら、帰路につくブロッサムは少しだけ口角を吊り上げながら呟いた。

「——ただ、磨き切れてもいない。あなたの可能性、見せてもらうわ……」

 わかったことは、レイニーと肩を並べるプライムローブは複数いるということ。

 しかし彼女が、レイニー・ホリデイ=雨宮大河とローブ開発にてその眼を光らせ合うヴォーグ社役員・伊吹沙羅いぶき・さらその人であるということを、セルリアンたちが知るのは今この時ではなかった。



「社長! そっちに行ったぞ!」

「はいよお!」

 そんなセルリアンの一悶着も知る由もなく、ジェイドとプリマヴィスタは依然ライノローブの鎮圧に骨を折っていた。

「見せてやる…アイルスタイルの初白星…!」

 ——が、奇妙なことに、一悶着あったのはセルリアンだけではなかった。

「…っ?」

「おい…? どうした社長! 何突っ立ってる!」

 意気込んでいた三宅自身の意思に反し、プリマヴィスタが自由に動かない。ジェイドや機動室は言うまでもなく、三宅自身ですらその現象に戸惑いを隠せずに狼狽する。

「なんだよ……なんでこんな時に!」

 ライノローブの突進が、そんな彼を今まさに、その鋭利で堅牢な装甲でもって突き上げようとしていた。

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