18 新参者

 1


「ただの一般市民かどうか、これからよーく見て決めてもらおうか」

 その男は、あまりにも突然に現れた。

「俺はアイル・コーポレーション代表取締役社長、三宅比呂」

 以後お見知り置きを、とニヤつく三宅に、その場の誰もが絶句した。

 あの瞬間を、機動室にステラが帰投した今でもなお、メンバー全員ありありと思い出すことができた。

「一体何なんですかアイツ! 聞いてないですよね?」

「私たちも全く関知していなかった存在よ……まさか民間企業で、コンバットスーツを作ってるところがあったなんて」

 それも、その社長自身が、装着者をやってのけるだなんて。

 TWISTのような、機械犯罪鎮圧を目的とする特命組織の設立ならびに戦力の開発。それはこの社会・世界にとってあまりにも新しすぎる事案だったため、法整備やフローの構築が未だ確立されていないというのが現状である。そんな中にあって、しかもザイオンのサポートもなしに、ルナローブと渡り合うコンバットスーツの開発が可能な企業——。

「そのアイルってのは、ほんとにただのちっちゃなベンチャー企業なのか?」

「色々調べてみるとこの会社、規模は大したことない割に、ネットワークの数が尋常じゃなくて。あの社長、多分かーなーり、人心掌握が上手い」

 三宅比呂。そう言っていた。

 確かに彼の弾むような言動と、しかしその背後にしっかり携えているインテリジェンスからは、人を集めて従える者の雰囲気が漂ってはいた。対馬に対する高槻の回答も、腑に落ちると南城は思う。

「それに現状ではアイルを摘発したり、アイルスタイルの開発を差し止めたりするような法的根拠もない。今後も彼の介入を公式的に拒否することはできないわ」

「一応ステラに引けを取らない程度の戦闘力はあるようですし、拒む理由が我々にもないということになりますね。……技術屋としても、アイルのメカニックには興味があります」

 杏樹の推察に、葛飾が同乗する。

 そう。アイルはあくまでも対ルナローブ用のスーツ。社長自ら戦線に殴り込んできたこと自体はかなりファンキーな出来事だったが、あれを公務執行妨害ととれるかというと微妙だ。言わばSPが警視庁の組織であるのに対する、民間の警護人BGのような関係性だろうか。

「…ただ、一度しっかり話す必要はあると思いますよ。あいつ確かに社長の風格はあるかもしんねえけど——何しでかすか分かんねえっていう危うさもあった」

「同感です。アキさん、科技捜の力でアイツ引っ張れませんかね」

「別に犯罪者じゃねえからなあ。こっちには何の強制力もねえが……まあ、依頼くらいかけてみっか?」

「あっ、あの……」

 根室が遠慮がちに挙手する。

「…南城さん、たぶんこの三宅社長、南城さんより年上です」

 根室の手元の資料では、三宅の年齢が29歳であることが示唆されていた。


 2


「記者会見〜⁉︎」

 機動室は再びどよめきの中にあった。

 アイル・コーポレーションがアイルスタイルの本格稼働を宣言する記者会見を開く、という関係者向けリリースがTWISTに届いたのだ。

「しかもわざわざ俺らに寄越すたぁ…ずいぶんなツラの厚さじゃねえか……」

「アキさん、科技捜に依頼って——」

「かけたよお。もう社長の耳にも届いてるはずだぞ?」

「なら、わざわざ出向くまでもねえよー、って具合ですかね」

 滝沢がへらへらと口を挟む。初見のときの戸惑いはどこへやら、さすがの状況対応力と言うべきか彼の中ではアイルの騒ぎに対してある程度折り合いがついたらしく、騒動をやや俯瞰している雰囲気すらあった。

「それならそれでいいでしょ。今まで俺らがローブ事件の窓口やってきた以上、世間はアイルのことだって俺らに問い詰めてくるに違いない」

「まあ…」

「それを自分の口から正々堂々話すっつうなら楽だし、まあどうせ俺らも聞きたかったことだ。手間も省けて謎も解けて、良いことじゃねえの」

 滝沢の所見に南城と対馬は曇った顔のまま同意した。

 傍らで、今日ちょうど機動室に立ち寄っていた筑波が、自身のZion Cellをせかせかと操作している。アイルに関する世の中の声をリサーチしているようだ。

「すでに週刊誌がアイルスタイルの写真や動画を手に入れています。だいぶ拡散されてますし、今日の会見の注目度は相当なものでしょうね。会社の株価もかなり動き始めてます」

「そうだよな…」

「ところで筑波、最近忙しそうにしてたけど、何でまた今日は?」

 滝沢に本日の要件を問われた筑波は、用がなきゃ来ちゃいけないんですか、とか何とか反論しながら右手でメインルームの入り口を指す。

 示し合わせたかのように、開いた扉。その先にいたのは、倉敷だった。

「本部長がお見えになるからです」

「……やあ」


 ◇


《アイル・コーポレーション代表取締役社長、三宅比呂です。本日はお集まりいただき、ありがとうございまっす!》

「うっそだろ……」

 倉敷を迎えたのち、メインルームの大画面に映し出された、三宅の笑い。

 あろうことかこの会見、彼は自らプリマヴィスタを装着した状態で登壇したのだ。

《SNS等でご存知の方も多いかもしれませんが、この度我々アイル・コーポレーションでは、ルナローブ犯罪に対抗する民間初のバトルスーツ開発に成功いたしました。それがこちらの、アイルスタイルです!》

 フラッシュの点滅が画面いっぱいに弾ける。誇らしい顔の三宅は、そのまま未装着のマスクが置かれたテーブルに両腕を突き立て、前傾姿勢で弁舌を振るう。

《現在、国立組織TWISTによってなかば独占的に行われているルナローブ鎮圧ですが、我々は民間による武力介入も可能であるということを立証したく、開発を続けてきました》

「独占って……昔の携帯電話じゃねえんだからよお。ビジネスでやってんじゃねえんだぞこっちは!」

「まあまあアキさん……落ち着いて」

 だが、対馬の憤りももっともなものだった。

《そして、この対ルナローブ市場はやがて活性化し、最終的には市場そのものが、ローブの開発元を沈黙させるほどの抑止力となるはずです!》

 彼が、これを完全にビジネスとして捉えていたからである。

 指をスナップさせる三宅に、倉敷の顔がどんどん曇ってゆく。

《言ったら、テレビ放送みたいなもんだと思うんです。国営放送がおっきなウェイトを握っていた時代から、民放が力を持ち始め、その力は分散していった。国が市民を束ねる時代はとっくに終わり、市民が住む国を選ぶ時代になっているんですから、我が社のような存在が名乗りを上げるのは、むしろ自然なことです》

 それからも彼の話を聞いてみれば、しかしTWISTを非難し追放したいわけではない、競合企業の出現もむしろ大いに歓迎する、その中でアイルはさらに対ルナローブ事業で成長を図る、との論を展開していった。

「完全に金儲けだな」

「プリマヴィスタの全身に貼ってあるスポンサーロゴも、つまりはそういうことだろ」

「ええ。あれがアイルスタイル開発に技術や資本を提供している企業ってことで間違いなさそうね。戦えば戦うほど、彼らは潤う」

 そして会見は例のごとく、記者による質問へと移ってゆく。


 装着は今後も社長自ら担当されるのでしょうか。

 ——当面はそうでしょうね。ただ自信と志のある方の立候補は拒みませんよ!

 性能面で不安はありませんか。

 ——改良の余地は残っていますが、素晴らしいスポンサーさんがたの叡智の結晶ですから。大事に育てます!

 今後について具体的に決まっていることがあればお聞かせください。

 ——引き続きルナローブ犯罪の鎮圧を行いながら改良を重ねる! そしてスポンサーの皆様に恩返し! まずはこれに尽きますね。


《それでは、質問はここまでで終了とさせていただきます》

「こないだの時点で分かりきってはいたことだが……本当胡散臭いというか、危なっかしいというか……」

「なんか、TWISTとはちょっと考えてることが違う感じがします。やってることは一緒なのに……」

「昔からああいう気質なんだよ、彼は」

 ウンウン……と頷く機動室の面々。しかし、待てよ、と対馬が目を開く。

 昔から——?

「倉敷さん、あんた今なんて……」


 3


 居合わせた倉敷から明らかになったのは、倉敷と三宅には過去に面識があるということだった。

「マジで……!」

「世界、狭っ」

 メンバー全員が感嘆の渦に包まれる。杏樹も、先に言ってくれればあんなに三宅を頭ごなしに非難したりしなかったのに、と詫びを入れた。

「いいんだ。当然のことさ。あれが彼のいいところでもあり、悪いところでもあるんだよ」

 会見を受け、要点を整理して報道しているニュース番組の画面に漠然と目を向けながら、倉敷は語った。

「…あるセミナーに、講師として呼ばれたことがあってね」


 もう何年も前の話である。

 TWIST計画もまだ持ち上がっていなかった頃、とある起業セミナーの講師として倉敷の名が挙がり、壇上に立つこととなった。

『誰かに貢献できること、それが一番尊いことです。どうか、どれだけ成功したとしても、そのことだけは忘れずに』

 国家安全局・先端技術推進本部で培ったノウハウや社会経験、そして今後の世界の展望を、将来の起業家たちの前で熱く語り、講義自体は大成功に終わった。

『倉敷さん!』

 その終演後に、廊下で倉敷を呼び止める声があった。

『さっきのお話、胸に刺さりました! 握手していただけませんか!』

『え、ええ、ああ。もちろん』

『俺、起業ってただ漠然とかっこいいなあ、くらいの気持ちだったんですけど……今日で完璧に腹が括れました! 本気で目指します!』

 突然のことに内心やや慌てた倉敷だったが、有名人のような持て囃されぶりにまんまと気を良くしてしまい、応じた。ぶんぶんと握った手を振り乱す仕草が倉敷の腕を痺れさせる。

『あ……ひとつ、お聞きしても』

『ああ、何だろう』

『倉敷さんの夢って、何ですか?』

 思いがけない質問に、倉敷は目を丸くして一瞬固まってしまった。

 夢を追う者たちの前に立ちながら、そういえば自分の夢を語ることはしなかった。

『私の夢か……』

 少し顎を撫でて考えたあと、自分の中で納得したような笑みを浮かべながら、倉敷は彼の目を見た。

『世界平和、かな』

『せか…?』

 呆気に取られた彼に背を向け、廊下の窓に目を細めながら倉敷は続ける。

『全ての技術は、人を幸せにするために生まれてきたはずだ。このサッシだって、昔はもっと利便性に欠けるものだった。鍵の形が悪いせいで、施錠するのに怪我した人もいるだろう』

『はあ……』

『誰かの幸せを願う、これほど平和を形作るものがあるかな?』

 向き直った倉敷は、彼に優しく微笑みかけた。

 技術の今を守り、未来を見据える彼だからこそ、そこには人の愛が凝縮されているということを誰よりも知っていた。この会場の建物だって、今着ている服のジッパーだって、この廊下を少し歩いた先にあるトイレの洗面台だって、全てそうだ。

 自身の中に、その言葉が何らかの形になってストンと落ちたらしく、彼は改めて深々と一礼した。

『俺も、人を幸せにするものを作ります! その時は必ずまた、お会いしたいです!』

 そういうと、彼は勢いよく走り去っていった。


「彼は昔から、これと決めたことをやり抜く一本気と、しかし自分を決して疑わない、真摯とか素直とはまた少しズレた野心の持ち主でね。あのあとも一、二回会ったことがあったが……」

「ついに今日に至るまで、それは一貫していたと」

 葛飾の言葉に、倉敷は頸椎から力が抜け落ちるかのように頷く。

「まあ、だからああやって夢を叶えてるのかもしれませんけど…」

 とはいえ、その根源的な部分にまさか、同じく人を守るスーツの開発を計画していた倉敷がいたなんて。同じ場所を起点としていても、奇しくも辿り着いた場所はこうして異なった。

 そして、倉敷がもうひとつ、懸念している”相違点”があった。


 ◇


「人命…? 命をですか…?」

「そうだ」

 これは特に装着員の三人には必ず覚えておいてもらいたいのだが、との枕詞を添え、倉敷はさっきまでの表情に輪をかけた深刻さで口を開いた。

「講演会の後も何度か会った、と言ったね。その当時はまだローブ犯罪が起こる前だったが、彼は今と同様、家庭や組織単位で運用できる防衛マシンを開発していた。それ事態はまあ、よかった」

 だが、そこには決定的な、そして致命的な違和感が存在した。

 彼が、犯罪者の人命を一切考慮していないということだった。

「私の記憶が正しければ、彼が当時開発していたのは、AIを搭載した自律駆動型の防衛システムだった。だが判断基準を逸脱する危険行為を見つければ最後、その対象を射殺するまでAIは動き続けた」


『なんてものを作っているんだ! 君は…私があの日言ったことを忘れたのか?』

『はあ? ここは喜ぶところじゃないですか! 技術は愛だってあんたが言ったんだ!』

『君が持っているのは愛なんかじゃない。度を越した正義と、命の軽視だ』

『……残念ですよ。あんたなら、俺を褒めてくれると思ったのに』


「そうして彼の部屋を締め出されたっきり、私は彼と会えていない」

 そんな男が、今ではああしてバトルスーツを開発し、自分たちの目の前に現れている。事態は、思った以上に緊迫していた。

「今のあいつが、ローブの装着者をそのまま殺しちまう可能性もある……ってことだよな」

「そんな…!」

「それだけじゃない。事と次第によっちゃ、俺たちも」

 滝沢と南城の懸念に、七尾は力なく俯く。

「私の主観だが——彼は自信に満ちた活発で優秀な青年だ。ただ、その奥底には少し歪な正義を隠し持っている。それが牙を剥いた時、相手を、そして彼を深く、傷つける結果が待っている」

 そんな気がする、と最後に付け加え、倉敷は沈黙した。

「そんな奴に、スーツなんか持たせておけません。回収しましょう」

「できないわ」

 南城の提案は即刻、杏樹によって却下される。そのわけは、TWISTがアイルの戦闘介入を拒否できない理由と同じだ。

「今のところ、やり方はひとつだけだな」

 ジャガーローブ戦と同様、たとえプリマヴィスタの参戦を許しても、最後の決着はTWISTでつける。

 うっかり彼にイニシアチブを握らせて、セントラルユニットの分離に失敗などすれば、装着者はプリマヴィスタの戦意や殺意にかかわらず命を落とすことになる。

「そう……ですね」

「彼にこの道を進ませたのは、私と言っても過言ではない。彼がもし取り返しのつかない間違いを犯してしまったら——その責任は私にある」

 苦悶の表情で想いを吐露する倉敷に、機動室の誰もが言葉を失ってしまう。

 確かに、彼に夢を説いたその日の出来事こそが、”アイルスタイル開発者・三宅比呂”を産んでしまったのかもしれない。

「本当に、申し訳——」

「過言なんだよ、倉敷さんはいっつもさ」

 しかし、人は変われる。

 下げようとしていた頭、その肩を滝沢の両手で止められ、倉敷ははっと再び前を向いた。

「正義が歪んでいるなら、矯正すればいい。一本芯の通った、自分なりの正義を持つこと自体は、覚悟がある人間にしかできない凄いことなんですから」

「私も、あの人にそれができるなら、そうして欲しい。できるように助けたい」

 南城と七尾が続くと、他の機動室メンバーも小さく頷いた。

 他人を変えることは、きっとできない。

 でも、そのきっかけになれる可能性は、きっとゼロではない。

 誰も経験したことのない部署に配置され、それでも踏ん張って戦ってここまできた彼らだからこそ、そう言い切る自信がそこにはあった。


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