17 ニューボス、ニューヒーロー
1
ご当地銘菓、名産品のレトルト、ゆるキャラグッズ、パンフレット。
着装端末犯罪鎮圧処理特命部のメインルームとは到底思えない光景が、ブリーフィングテーブル上に所狭しと並べられ、倉敷の入室を出迎えた。
「これ全部……私へのお土産かい?」
「もちろんです!」
慰安旅行中の留守を買って出てくれた倉敷への感謝の意を伝えるべく、この日メンバーは全員集結していた。倉敷は目を丸くして驚いたが、誰の顔を見ても、なんとなく肌がツヤツヤしているし、血色もいい気がする。自分も行けるものなら行きたかったが、彼らがこうして英気を養うことができたと知れて倉敷は満足した。
「気持ちは嬉しいんだが……これを一人ではねえ。…あ、これなんか、今みんなで頂いたほうが良いんじゃないかな」
箱入りの菓子を両手で一歩前に出し倉敷が提案すると、案の定高槻と対馬が飛びついた。
「いただきまーす!」
「バカどもが…」
滝沢の呆れるような突っ込みは幸か不幸か、欲望剥き出しの二人の耳には届いていないらしかった。
「本部長、本当にお世話になりました」
「いいんだ。私も、こういう時間はいずれ必要だと思っていたし、幸い事件も起こらなかったしね」
杏樹の謝辞に対し、緊急出撃要請でみんなの旅行に水を刺さずに済んでよかった、と倉敷は笑った。杏樹も心から安堵する。
「……彼ら、だいぶ頼もしくなってきたように、私には見えます」
まるで学生のように菓子に群がるメンバーを遠目に、杏樹と倉敷はしみじみとした表情を浮かべた。
「奇遇だね。私もだよ」
2
養った英気を実際に使うこととなるまで、そう長く間は空かなかった。
ルナローブ事件の発生を告げる通報が届いたのは、倉敷が本部に戻ってから数時間後のことだった。
「現場は運送会社ウィンドミルエクスプレス。特殊な現象などは発生しておらず、とにかくローブが力任せに暴れ回っているようです」
「ステラシステム使用許可、決裁下りました!」
根室と高槻の声を受け、杏樹、そして装着員たちがメインルームに並び立つ。
「コード01。これより、機動室はESMに移行する。特命、着装端末犯罪鎮圧処理を実行!」
「了解」
杏樹はメインモニターに向き直り、三人の装着員は葛飾の待つガレージルームに向かった。
「ステラジェイド、セルリアン、マンダリン、全機スタンバイ済みですよ」
扉の向こうに見えた葛飾はいつも通り、悠然たる表情でチェアに腰掛けている。アンダースーツに身を包んだ三人は葛飾と目を合わせて頷きあい、コンバインステーションへ。
「ジェイド、ブートアップ」
「セルリアン…ブートアップ」
「マンダリン! ブートアップ!」
三人の認証コード発声とともに、コンバインステーションのマニピュレーターが滑らかに動き始める。全身各部にひとつひとつ装備を配し、最後にマスクの装着をもってプロセスを完了する。ブートアップ正常終了を告げる視覚部シグナルの発光を合図に、ステラシステムは駆動を開始。
「プログラムアクティブ。システムオールグリーン。シューターレディ」
「ステラシステム、出動!」
葛飾と杏樹の声に呼応するように、三体のステラはガレージルーム・シューティングポートから街へと飛び出した。
◇
競合企業が多く立地する商業団地。株式会社ウィンドミルエクスプレスはその一角に事務所を構える運送会社。4tトラック10台分程度の規模の倉庫を所有しており、そしてその倉庫がまさに今回の事件現場となっていた。
「ああ…こりゃひでえな…」
滝沢の感嘆は、配送されるはずだった荷物が悲惨なまでに荒らされきった倉庫の虚空へ、あてもなく漂っては弾けた。
小包はもちろんのことだが、洗濯機をはじめとした大型家電に至るまで容赦なく薙ぎ倒されている惨状から、ローブの凶暴性が窺い知れた。IPSuM Stepの普及により作業効率が格段に飛躍し、大きな荷物もより迅速に届けることが可能となった運送業界といえど、悲惨な災いから復興復旧し再起するまでに要する心身の消耗はいつの世も、どの業界においても計り知れたものではない。
奥の方でL字型に曲がる倉庫。悲鳴はその曲がった先から聞こえている。
「助けて…助けてくれ…!」
「おい! 聞こえねえのかよ! どうしちまったんだよ!」
トラックドライバーと思しき二人の男性が逃げきれず追い詰められている。彼らの目の前で周囲の荷物を手当たり次第に破壊しているローブは、豹柄のような模様を全身に携え、屈強な肉体を唸らせていた。いよいよとでも言わんばかりに二人のドライバーに狙いを定めたローブが、鋭い爪を乱暴にぶつけ合わせて威嚇する。
「やめろ……やめてくれー!」
その叫びに応えるかのように、銃声が倉庫内に響き渡った。振り上げた鋭い爪がその発砲音と衝撃に阻まれ、切先からは鈍い煙が漂う。次の瞬間、翡翠色の風に乗って、ステラジェイドの剛腕SSジェイドグリップがローブの顔面に激突した。
「どおっ…!」
「さすがです、滝沢さん」
声にならない悲鳴に伏したローブ。通信回線の向こうでは、根室たちは既にそれをジャガーローブと呼称している。
RPセルリアンマグナム・タクティクスモードによる先制射撃が功を奏し、ジェイドは二人のドライバーを無事ローブから引き離すことに成功した。
「さあ、お二人は今のうちに」
駆けつけたマンダリンがその両脇に二人を抱えて、バーニア噴射で軽く跳躍する。ごく一般的な身体能力の女性でも、そしてそれが非戦闘型スーツであっても、成人男性二人を連れて飛ぶことができるその馬力はさすがステラシステムというところだ。
「ありがとうございます…ありがとうございます…!」
「いえいえ。ところであのルナローブ、もしかして社員さんですか?」
「そうなんだけど……仕事をもっと効率化しようっつってあのスーツを着たら……急に……」
「ふむふむ。だそうですよ!」
あらかた、話の流れは明らかになった。移動ついでに試みられたマンダリンのヒアリングは全て通信に乗っており、ジェイド、セルリアン、そして機動室にも共有された。既に逃げていた他の社員らのもとへ二人を運ぶと、マンダリンは再びジェイドの付近に戻ってアナライズを開始する。
「気は済んだか? そんなものは何の役にも立たない。着替えの時間だ」
「うう…ううう……」
《こないだと打って変わって、今回はかなり精神支配がキツいみたい。なるべく早く終わらせた方がいいかも》
「ですね」
一時、ローブによる精神支配の緩みというか、装着者の意思が明確に感じられるケースが続いた。しかしここにきて、精神干渉は以前のような強さに逆戻り——むしろ強くなっているようにも見受けられた。高槻の言う通り、短期決戦が最善の策だ。
「おおかた、レイニーの実験でしょう。ろくなこと考えてちゃいないんでしょうけど」
そう吐き捨ててジェイドは倉庫の足場を強く蹴り出す。SSジェイドグリップは爛々と輝き、ジャガーローブの装甲を殴打する度に出力は上昇する。
「やるね。やっぱ温泉は偉大だな!」
感心しつつ、セルリアンもマグナムによる、マンダリンもファンネルによる援護射撃を試みる。少しずつ、しかし着々と鈍っていくジャガーローブの挙動に、三人は僅かずつながら手応えを感じていた。
「南城! タイミングを見てフルブラストだ!」
「そのつもりです! 杏樹さん!」
「ええ。フルブラストモード承認、自分のタイミングで行きなさい!」
そして、右下から迫り上げるような一撃を見舞うと、ジャガーローブは全身を大きく捻るように吹き飛び、梱包材の雲の中に沈み込んだ。
「よし!」
「…! いや、だめです! 南城さん離れて!」
緊迫した、マンダリンの警告。戦況分析から何か全く新しい危機を感じたのだと、その声色から窺い知るのは容易かった。そしてまさに今こそフルブラストモード発動のタイミングかと思われたその時、ローブが埋没していた梱包材の山が一気に吹き飛び、静かにローブが立ち上がった。
「何!」
「効いてないのか…⁉︎」
《こいつ……ありえない速さで回復してる! 今ジェイドが与えた損傷の70%以上がもう自己修復されてるよ!》
高槻が弾き出したデータは驚異的なものだった。あれだけの攻撃を与えても、つまりはトータルで与えられるダメージは通常の三割程度。ジャガーローブは屈強な身体能力に加え、回復力を誇るローブだった。エネルギーが有限である以上不死身ではないはずだが、その立ち直りの速さに悪寒を覚えたのは三人とも同じだった。
それどころか、ローブは先程までとは一線を画す機動力を発揮。高速移動で瞬く間にジェイドへ接近し、まさに今しがたジェイドが与えた殴打の連発をそっくりそのまジェイドへ返す。
「っ…!」
セルリアンも再度援護射撃に入るが、少なくとも抜群に効いている感じがしない。今はジェイドを破壊する時だ、セルリアンは後でじっくり相手をしてやる、とでも言わんばかりに銃撃を無視し、徹底的にジェイドを攻撃し続ける。
「くそっ、こいつ……ぐはあっ…!」
《ジェイド、損傷率急上昇! 生命維持に支障!》
「くそ!」
痺れを切らしたセルリアンは、マグナムを近中距離型のアクションモードに切り替え、彼らと距離を詰める。ビニール袋やワイヤーが散乱する足場を踏み越え、マグナムや全身の各部装甲を用いて可能な限りの銃撃を仕掛ける。
「私も行きます! 杏樹さん、いいですか?」
《…この状況だからお願いするわ。でも決して》
「無茶はしない、ですよね!」
仮面の下でニコリと笑う七尾に、杏樹は静かに笑った。
自分自身の体勢をようやっと持ち直したジェイドを最前線に、三体のステラが総出で攻撃姿勢に入る。ジェイドはSSジェイドブレードを、セルリアンはRPセルリアンマグナムを握りしめ、マンダリンはPSマンダリンファンネル全12基をフル稼働させる。
「本当に、自我のかけらもないんですね…」
「スーツより先に命のバッテリーが切れるのが一番最悪だ! それだけは絶対避けるぞ!」
「俺行きます! サイクロン・スカッシュ!」
ステラジェイドのスーツに灯る翡翠色の輝きが激しさを増し、エネルギーがブレードに集まる。斬撃の無双状態、サイクロン・スカッシュの発動である。
ひと跳びでジャガーローブとの距離をなくすと、ブレードを目にも止まらぬ速さで振り上げる。
——しかし、切先はローブの視界を横切ることなく、その手前で食い止められてしまった。鋭いブレードを、ローブは両手で掴み取っていた。
「嘘だろ…! 動体視力までぶち上がってんのかよ!」
セルリアンの動揺はジェイドのそれを代弁しているようでもあった。当のジェイドは力の張り合いで悠長に感想など述べている場合ではない。そのまま押し返されたら怪我をする。
「くそ…!」
「ううぅ……うああああ!」
鋭い雄叫びとともに、ついにSSジェイドブレードはジャガーローブの手によって押し返され、返り討ちの連打を許すこととなってしまった。完全に隙を晒したジェイドは、フルブラストモードを依然発動中でありながら手も足も出ない。
「くそ…杏樹さん! 俺もだ!」
《頼むわ!》
「マキシマム・ドリップ!」
窮地に立たされ始めるジェイド、その手前に立ちはだかるジャガーローブに照準を合わせるセルリアン。全身の全銃撃武装をフル稼働させるセルリアンのフルブラストモードはその分、緻密な銃撃が求められる場面ではかなりの精度が求められる。
《ジェイド、一部機能ダウン!》
《南城くん! なるべく早く状況を離脱して!》
《滝沢さん、援護を!》
「わかってっけどさあ…!」
みるみるうちに痛めつけられていくジェイドに、セルリアンは彼らしくもなく狼狽していた。手元が安定せず、最善の狙い目を掴めない。これには誰よりもセルリアン自身が一番やきもきしている。
「くそ…くそ…! 南城…!」
ジェイドの装甲が、自ら噴き出した火花に照らされる。
「南城さん…!」
そしてそれまでで最も獰猛なジャガーローブの咆哮が、その鋭い爪とともにジェイドに降り掛かった。
◇
南城が目を開けると、ジェイドのマスク越しに見えた視界には、心なしかやや焦げたような見た目のジャガーローブが力なく跪いていた。
「…え?」
節々に走る鋭い痛みを除いて言えば、ジェイドは無事だった。
半壊状態のスーツをなんとか持ち上げ身体を起こすと、そこにいたのは、見知らぬ黄金のコンバットスーツだった。
「大丈夫か? ステラジェ〜イド」
「あ?」
「お前……何者だ」
ジェイドと違って一部始終を目の当たりにしていたとはいえ、依然疑り深くその姿を凝視するセルリアンに、苦笑いを浮かべながら彼は答えた。
「やだなあ。広い意味じゃ、あんたたちと一緒だよ。世界を守る、正義のヒーロー」
疑念は消えない。通信回線の向こうでは、機動室もざわついている。突如戦場に殴り込み、電撃を放ってローブの動きを止めたこのコンバットスーツは——TWISTの代物ではないからだ。
まして、そのスーツの中にいる男の軽薄な声色だ。その点に関しては滝沢も人のことは言えないと我ながら一瞬思ったが、そんな場合ではないほどその正体不明の自称ヒーローの存在はあまりに突飛で奇怪だった。
「ヒーローは、ハイテクなスーツを着て、最新兵器でローブをぶっ倒す!」
ローブの方へ翻るそのスーツは、各所に企業のロゴのようなものを携え、歩く広告塔のような姿をしていた。
「…それが仕事、でしょ?」
その実、ジェイドにも、セルリアン、マンダリン、機動室のどのメンバーにも、その言葉は届いていなかった。
「アイル・コーポレーション、記念すべき第一作……アイルスタイル1.0! プリマヴィスタのお披露目だ!」
そう名乗るコンバットスーツが現れ、ステラシステムの戦いに介入した現状が、まるで飲み込めなかったからだ。
3
勇んで駆け出した、曰く"プリマヴィスタ"。アイル・コーポレーションという企業が独自に開発した戦闘スーツの初期型だということは彼の言動から察し得たが、とはいえ得体の知れないその戦士の姿に誰もが対応の術を失っていた。
「スパーダ・ドーロ! アクティベート!」
テレビの特撮ドラマのように明朗に武装名を口にするプリマヴィスタ。ステラが音声コード認識のために発声しているのと同じ理屈なのかはわからないが、発声とともに剣を握った様子からしてそれは必ずしも必須のプロセスとも思えなかった。その手に握られた光の剣スパーダ・ドーロは、今にも弾けそうな電撃をバチバチと纏いながら、ローブの装甲へ振り下ろされる瞬間を今や遅しと待っている。
「杏樹さん……あれって……」
《私たちにも、全くわからないわ……ただ、あなたを助け、そしてローブを鎮圧しようとしている。それだけが確かよ》
《……情報出ました。アイル・コーポレーション。創業から数年の若く小さなベンチャー企業です。不審な点は一切見当たりませんが……》
が、この信じがたい現状を見るに、不審がっても足りないくらいだ。
強烈な馬力を持て余していたジャガーローブだが、ついに振るわれたその電撃剣はローブを圧倒して余りある超高濃度エネルギーを携えており、止まらない斬撃によりそれは着実にローブに撃ち込まれていく。
「うっ…ぐっ…ぬあぁ!」
圧倒するプリマヴィスタだが、マンダリンのアナライザーは違和感をキャッチしていた。ステラシステムと比べてあまりに挙動が不安定だ。微細とはいえ全身の運動機能にムラが多すぎる。モードの切り替えか何かで機能の一部をオミットしているのか、あるいはそれを許容することで実現する他の何か特異な能力を隠し持っているのか。
「でも……押してます! チャンスかも!」
「だな…!」
ジャガーローブは完全にペースを奪われ、散乱する荷物の中に転がり落ちた。今ならセントラルユニットを分離できる——!
《いけますか! 滝沢さん!》
「ギリギリな!」
すでにフルブラストモードを使い切ってしまったジェイドに対し、セルリアンはまだその最中にあった。再度体勢を整え直し、RPセルリアンウォールズを展開すると、伏したローブに照準を合わせる。これなら、狙いは定まる——!
「動くなよ……動くと痛いぞ!」
そのまま攻撃を続けようとしていたプリマヴィスタの目の前を、ついに発砲されたセルリアンの弾丸が通過。ウォールズで弾丸を跳ね返らせながらセントラルユニットの接合部をピンポイントで破壊する、セルリアン特有の緻密な芸当をやってのけたのち、ウォールズは4枚固まってセントラルユニットを掬い上げ、倉庫外に運び出して爆発させた。
「ほー……やっぱ元祖ヒーローは違うね」
感心したように、しかし少し冷めたような口調でそうこぼすと、プリマヴィスタはそのマスクを脱ぎ、素顔を露わにした。
「おい!」
「ん」
周囲の安全を確認し、彼のもとへ押しかけるステラの三人。その顔には困惑とも怒りともつかぬ名前のない表情がたたえられている。もちろん彼ら側の顔はマスクで見えないのだが。
「あんた一体何者だ! そんなもん着て、突然現れて、挙句マスク脱いじまって……」
「着てるもんなんかお互い様だろ? それにれっきとした仕事用のスーツだよ、スーツ」
「真面目に答えろ」
「聞いてなかったか? さっきのスタイリッシュでキャッチーな俺の名乗りを」
アイル・コーポレーション製スーツ・アイルスタイル、その名もプリマヴィスタ。そんなことはわかっている。南城たちはその装着者である彼自身について問うていた。
「ああ、俺ですか」
「ただの一般市民がステラの真似事なんて危険すぎる。自分が何やってるのか分かってんのか?」
滝沢がそう問いただすと、プリマヴィスタの彼は笑いを含みながら答えた。
「ただの一般市民かどうか、これからよーく見て決めてもらおうか。俺はアイル・コーポレーション代表取締役社長、
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