5 電池が切れるまで


 1


 TWIST機動室技術管理官・葛飾廉は今年で36歳になる。

「フル、ブル……なんですか?」

 人生の山や谷、多感も無難もまずは一通り経験し、良くも悪くも人生のあり方を悟る頃合い——25歳の南城にとって、三十代後半というのは概ねそういう印象だった。

 しかしこの男、どうもそういった割り切り感というか、諦念のようなものが露ほども感じられない。常に心を新しいものやよりよいものへと開放し、あどけなさや未熟さですらも自分自身を彩るフレーバーとして残している。単なるド天然ではなく、自らの奔放な好奇心や遊び心を殺さず、それでいて世界や社会にもしっかりコミットする、そういうフレキシビリティを持った科学者だと南城は思い、尊敬の念を抱き始めていた。

「フルブラストモードです。さん、はい!」

「フルブラストモード」

 言えた。今日葛飾がガレージに南城を呼んだのは、この珍妙な単語を教えるためだった。

 聞くに、これはステラシステムの能力を一時的にブーストする、いわば必殺技のような機能を指す呼称らしい。前回の初戦ではこれを必要とせずに済んだが、今後いつどうなるかもわからないからと、詳しく教授する時間をとってくれたのだ。

 確かに、南城はステラを初めて装着した時、ステラに関する全情報を脳内に自動インストールするラーニング機能を受けたはずだが、こうしてテクニカルタームを耳にしても正直ピンとこない。膨大な情報量で装着員の頭がパンクしないよう、本当に必要に迫られた時以外は潜在意識の中にしまっておくようにでもなっているのだろうか。

「要するに、ステラはあれより強くなるってことですよね…?」

 葛飾は元々、国内有数の先端科学研究機関としても知られる風京大学、その生体工学研究所に所属していたと聞く。大学ということはそれなりに恵まれた研究環境に身を置いていたはずだろうが、そこを離れてでも触れてみたいと思うほど、葛飾にとってステラシステムというのは魅力的で超越的なマシンだったのだろう。現に、TWISTにいる時の彼の目はいつも輝きに満ちている。

「その通り。駆動時間は有限ですが、特定のパフォーマンスにリソースを集中投下できるモードです。室長の承認さえあれば、あとは装着者の音声認識で即時起動できるようですね」

 葛飾は、あたかも最近知ったかのような口調でそう言った。なぜかって、最近知ったからである。

 ステラシステムの生みの親はあくまでザイオン社。TWISTは共同開発という形で技術提供を受けたに過ぎず、アップデートや不具合解消のために後からTWISTが独自改修を施すこと自体は容認されているが、世界的企業も暇ではない。平和と人命のためとはいえアフターサービスはあまり充実していないらしく、TWIST技術管理官でさえスーツをいじりたければまずその超高度技術をわざわざ分析・解読・理解するところから始めなければならない。本社に協力を仰ごうものなら、契約手続きがどう、機密情報管理がどう、有効期間がどうと手続き地獄に引き摺り込まれるため、結局己でやった方が早いと葛飾自身も少し前から割り切っている様子だった。フルブラストモードについてもあらかじめ葛飾はその存在こそ認知していたが、具体的なメカニズムや運用性については、つい先頃分析を完了したばかりだった。

「それで、具体的にジェイドはどうなるんです?」

「SSジェイドブレード、ありましたよね。あれにエネルギーを集めつつ、全身機動力を最大限まで引き上げることができます」

 南城は初戦を思い起こす。ただでさえ、通常機動だけであれだけルナローブを圧倒することができ、大きな損傷もほぼなかった。ビギナーズラックなのか相手が弱かったのか、とにかくたまたまうまくいっただけの可能性は大いにあるし、これからさらに凶悪なローブが開発されていくことも覚悟してはいたが、そういうことなら頼もしいことこの上ない。

「あ、音声認識……ってことはですよ、装着の時のブートアップってのと同じく、フルブラストモードに移行する時もなんか言わなきゃいけないんですよね」

「その通りです」

「今回はちゃんと前もって教えといてくださいよ」

「あはは…もちろんですよ。フルブラストモードの認証コードは、”サイクロン・スカッシュ”です。さん、はい!」

「サイクロン・スカッシュ」

 言えた。

 ステラシステムを乗りこなすために、目下知識面も身体機能も増強を図っている南城。状況に応じて適切に戦術を使い分けることも装着者の責務だ。使わずに済むのがもちろん最善なのだが——そう自分に言い聞かせるように、南城は認証コードを頭に刻み込んだ。

「…ところで葛飾さん」

「はい?」

「スパークリング・ストライカーとか、サイクロン・スカッシュとか、なんかネーミングが妙にドリンクっぽいのは、なんか訳があるんですか?」

「ああ、あはは、自分も気になって聞いてみたんですけどね、単純にザイオンサイドの趣味ですって」

 南城は苦笑いを浮かべるほかなかった。あははじゃないが。

 どこの組織でも研究者ってのは遊び心満点なのだろうか。もちろん悪いことじゃないんだが、それが果たして市民の安全のために戦う戦士としての面持ちに似つかわしいかどうか、現在の南城にはいまひとつ測りかねた。


 2


 今日の鍵当番は、副部長を務める女子生徒だった。

 弓道場の鍵は、部の上級生が順番に管理している。昨日は少し髪の手入れに手間取ってしまい、顔を出すのがやや遅くなってしまった。もし鍵当番が昨日だったら、確実に部員に迷惑をかけていただろうし、先輩として示しがつかない。自分なりに反省し、今朝の副部長は昨日よりも15分ほど早く登校していた。


 そうして、鍵当番として申し分のない時刻に学校の門をくぐったはいいのだが。

 どうも弓道場の様子がおかしい。


 すでに、入り口のドアが開いている。それも、預かった鍵を差し込むはずの鍵穴がドアノブごと歪められ、その意味をなさずに力なく開け放たれてしまっていたのだ。

 何か物騒なことが起こっている、それだけは察し得た。

「もしかして…不審者……?」

 一瞬にして副部長の顔が青ざめ、悪寒が走る。

 冷静な判断能力があれば、その場は一旦離れて誰か大人を連れて戻るべきなのだろうが、人間その辺りは不思議なもので、途中まで踏み入れたものはどうも後に引けず、そのまま吸い込まれてゆく。

 ロッカーが荒らされたような形跡はないが、置いてある道具や設備は、すべてではないながら所々蹴り飛ばしたかのように散乱している。壁や床にも損壊がある。昨日鍵を譲り受けたのがまさに一日の活動を終えて施錠したあとなので、部外の何者かによる不法侵入だということは確かだった。

 射場に出ると、とうとうその元凶と思しき、何者かの人影を目にする。

 これもまた、惨状だった。的場は無数の矢でボロボロに射抜かれ、本来射られるべき的以外の箇所も酷く傷ついている。射場の中央に立つその影は、男性にしても少し大柄というか、何か弓道にしては物騒すぎるくらいの重厚な防具を身に纏っているようだった。

「誰…ですか…?」

 人影がわずかに反応し、副部長の方へ振り返る。推測どおり、彼は機械仕掛けの防具に全身を包みこんでいた。

 アイウェアの向こうに覗く、見覚えのある瞳——

 影の正体は、先日この学校を去ったばかりの、元弓道部顧問・桜庭だった。副部長は大いに驚き、思わず声が漏れ出すが、それは向こうも同様だった。

「桜庭先生! どうして…しかもその格好…」

「ああ…! ええと……いや、驚かせて、すまないね」

 存外、桜庭は副部長に自らの非礼を詫びる程度には冷静だった。その声色や仕草は、慣れ親しんだ桜庭そのもの。

「実はな、みんなに見せたかったんだ」

「な、何を…ですか?」

 だが、静かながらぎらりと——どこか正気でないおぞましさを秘めた眼光が、従来のそれではないと副部長は確信していた。

「これさ」

 桜庭は機械音とともに右手を広げ、副部長の視線を的場へ誘った。矢を乱射されズタズタになった、聖なる場所にあるまじき光景。彼女の知る、愛と風格を重んじる桜庭なら、こんな有様は許すはずがない。

「身体が思うように動かないと言ったね。でも、今の私はこんなに自由なんだ。身体は治ったんだよ!」

「先生…」

「だから、またこの部の顧問だってできる」

「…その、機械のおかげですか……?」

 口にするのは安堵と喜びのフレーズだが、表情は迫真そのもの。大きく目を見開き、どこか焦燥感すら帯びている桜庭。副部長の言葉に促されて自らの装いにふと視線を戻すが、まるでその指摘が戯れ言であるかのように笑い捨て、自分の言葉を続けた。

「なんでもいいじゃないか。身体さえ動けば、私はここを去らなくてよかったんだ。さあ見てくれ」

 そう言うと同時に、桜庭の身を包む機械の鎧、その右腕に備えられた銃口に、小さな弓矢のような針が射出の時を待っているのが垣間見えた。どおりでこの惨状に釣り合わず、弓道具を一切持っていないわけだ。彼がやっていたのは、もはや射撃だったのだから。

「きゃあ!」

 桜庭は右手を勢いよく振り上げるとともにその針を数本連射した。弓道場を囲うように張り巡らされたネットの留め具が精密に撃ち抜かれ、吊られていた緑色のネットがばさっと地上に落ちてゆく。自らの軽快なアクションに惚れ惚れし、桜庭は恍惚の表情を浮かべる。

「あはぁ…! 動ける…私はまだ動けるぞ! まだまだ、こんなものじゃない——」

 悦に入るような不気味な笑みを浮かべながら、桜庭は副部長を残してその場をあとにした。


 恐怖に後退りし壁にもたれていた副部長は、目の前の危機が去ったと知るなりそのままずるずると地べたに崩れ落ちた。まるで彼女らが知る桜庭とは別人であるかのようなその言動に、副部長は並々ならぬ危機感と恐怖感を覚え、まもなく部員や親、そして緊急通報先へと自身の体験を告白した。


 ◇


「通報をくれた女子生徒の証言は以上です」

 そして、件の緊急通報は当然、TWIST機動室にも共有されていた。身体的理由で部を離れたはずの顧問が、ウェアラブルデバイスで全身を覆って戻ってきて、好き放題に力を誇示して消えたというのだから、まさにTWISTの出撃をこそ求める通報である。

「不条理な運命への腹いせか、学校への不満か、それとも絶望して人生やけっぱちか……最悪は部員との人間関係か、ってとこかね」

「だけどアキさん、その女の子は先生のこと、人が変わったみたいだったって」

「ん〜」

 頭を抱える対馬に、杏樹はひとまず今は推理よりルナローブの鎮圧をと促す。それもそうだと納得すると、対馬は南城の背中を押し出した。

「よっしゃ行ってこい! ステラ係!」

「小学校か。もっと言い方あるでしょうよ」

「女子生徒の証言は、南城くんの言う通りやや気になるところではあるわ。余裕があればで構わないから、探りを入れてみて。自分の意思でローブを脱ぐことができる精神状態に、彼は今まだあるのかもしれない」

「それを促せれば、先生の罪も軽くなるかもしれないってことですね」

 杏樹はこくりと頷く。

 あくまでも罪人はルナローブを作り、市民を唆し、騒ぎを起こしているヴォーグ社という組織。邪悪な誘いに乗ってしまった市民の罪は消せないが、その罪を最小限に留めるという戦い方も、罪を憎んで人を憎まない南城の信念に通ずるものがあった。

「決裁下りました!」

 有事の際のステラシステム緊急使用にかかる電子稟議書が関係各所で決裁を得たことを、高槻が機動室全員にアナウンスする。この手続きが完了すれば、あとは室長である杏樹の指示によりステラシステム使用を実行することができる。

「とはいえ、最優先事項は一般市民の保護よ。まだ不慣れな部分もあるだろうけど、判断に迷ったら必ず私に振って」

「わかりました」

 南城と頷き合い、杏樹は任務開始の号令をかけた。

「コード01。これより、機動室はESMに移行する。特命、着装端末犯罪鎮圧処理を実行!」

「了解!」

「高槻、根室両名はルナローブの詳細な位置情報とルートの特定、並びに周辺への避難指示。対馬警視は管轄署と連携ののち出動を。行動可能域は、二人が位置情報を特定でき次第連絡します」

 杏樹の指示に、三人は各々のトーンで応答し、行動を開始する。

 南城は急ぎ足でガレージルームへ移動した。扉が開けば、いつも通りの、乱れのない表情で葛飾が出迎える。

「ステラジェイド、スタンバイ完了してますよ。いつでもどうぞ〜」

「ありがとうございます。ジェイド、ブートアップ」

「おっ。速攻ですねえ」

 装着準備が既に整っていることを確認するやいなや、南城はその足で真っ直ぐ装着ブース・コンバインステーションへ。マニピュレーターが起動し、瞬く間にステラジェイドの合着が完了した。

「ブートアップ正常終了、プログラムアクティブ。シューターレディ」

 流れるようなステータスチェックに次ぎ、葛飾は出撃用のシューターを稼働させる。ジェイドはすぐさまスライダーユニットに搭乗し、出撃準備を整えた。

「杏樹さん〜! お待たせ〜! いつでもどうぞ〜!」

 葛飾の穏やかさやマイペースさはもちろん魅力に数えるべきところではあるが、どうもこういう時に耳にすると気が抜けてしまう。杏樹は気持ちを立て直し、きっぱりと指示した。

「ステラジェイド、出動!」

「ジェイド、出ます!」

 片手でライトな敬礼を送る葛飾を背に、スライダーユニットが発進し、ジェイドはガレージを発った。


 3


 スライダーユニットはステラの自律航行を促すためのスタートダッシュマシンである。移動途中でステラから分離し、そこからはステラ自身の背部に備わるバーニアが航行を担う。

 列車の線路が分岐を変えるように、シューターも現場によって最適な経路を特定し、あらかじめ分岐を完了している。そのためステラは毎回様々なところから街へ出てゆくことになるわけだが、今回の出口は地下高速道路の避難通路だった。

 地上路の中央分離帯に通じているため、そのまま真っ直ぐ頭上へと突き抜ける。ジェイドの視界がぱっと明るくなり、その風景は薄暗く狭い地下の階段から、人々で賑わう街のど真ん中へ。付近を歩く学生や、行き交う車のドライバーが総じてその目を見張り、突如姿を現した噂の武装戦士・ステラシステムのリアルな姿にざわめく。

「びっくりさせて悪いね。ちょっと失礼!」

 ジェイドはそのまま、街路灯をなぞるように再度航行を開始。身ひとつでこうも自由に空中を移動できるのはまさしくスーパーヒーロー然としていて爽快だし便利なのだが、こうなってみて初めて、いかに都会のビルが鬱蒼と生い茂っているかが痛感できる。滑空移動には邪魔で仕方ない。せっかくビルの緑化が推進されても鳥たちの心は落ち着くはずもあるまいと同情した。

《南城くん、ローブの……桜庭悟志の正確な居場所が特定できたよ。位置情報送るね》

「ありがとうございます」

 マスク内通信で呼びかけてきたのは高槻。アイウェアモニターに位置情報が展開され、ジェイドは自身の行くべき場所を察知する。

「根室、ローブの挙動は!」

《すでに動き始めています! 今はまだ大きな被害にはなっていませんが……》

「OK。避難状況は?」

《概ね完了してます。あともう少しです》

「よし。そっちも頼むぞ……!」

 雑踏の上に、激しい車の往来に、立ち並ぶビル群の隙間に、流麗な放物線を描きながらジェイドは急ぐ。


 ◇


「動く……動くんだ……こんなに軽やかに!」

 桜庭の身に纏うローブのボディは、随所に濃いオレンジ色が差し込まれている。弓道部副部長が目撃したように、右腕には針の射出機構が備わっており、精密かつ止めどない連射が可能なようだった。現に、街のあちこちがそのターゲットとなり、大きなダメージではないにせよ少しずつ着実に傷めつけられていた。そして桜庭の目はやはり、より一層狂気を増しているように見受けられた。

「見てくれ……もう、平気なんだ……」

 血走ったその目が次に捉えたのは、ものではなく、人。逃げ遅れ、パニック状態で地を這う一人の若者だ。

「よく…見ていてくれ……」

 右腕の銃口が若者に向く。それを察した若者も、言葉にならない悲鳴をあげ、恐怖で硬直した脚を引きずりながら必死に離れようとする。

「やめて、お願い、助け——」

 しかし、その若者の目が急に丸くなる。死の恐怖に荒げていた息が止まり、その視線は一点に釘付けになった。全身を硬直させていた力が抜け、僅かずつだが自身の欲求どおり後ずさり始める。

「あん?」

「そこまでだ」

 若者に向けていた右腕が突如、何者かによって掴み上げられる。若者の視線の先——掴み上げた声の主は、他ならぬステラジェイドだった。桜庭もこの装甲には、一般市民として見覚えがあった。

「お前は……!」

「あんた、それやったら終わりだぞ。これ以上自分を、生徒を傷つけるな!」

「何を尤もらしいことを!」

 桜庭はジェイドの手を振り払い、そのまま射撃。ジェイドはガントレットユニット・SSジェイドグリップを眼前に構え防御した。

「あんたの大切な…仕事だったはずだろ! 戻れなくなるぞ!」

「仕事…?戻る…?」

 桜庭は目に見えて困惑している。まるで自分が何のために今この挙動に出ているのか、必死に思い出そうとしているかのように。

《どういうこと? 桜庭は学校に戻りたくてローブを手に入れたんじゃ…》

 機動室で戦いを見ている杏樹も明らかに動揺している。ジェイドも状況が理解できていないが——

「…うるさい、うるさいうるさい!!」

 かといって、呑気に彼を眺めているわけにもいかない。衝動的で荒々しい射撃を見舞ってきた桜庭に、応戦の必要性を感じたジェイドはSSジェイドブレードを展開した。とめどなく発射される針の雨を、ブレードで懸命に切り捨てては身を守るジェイド。しかし、理性が乱れている桜庭の攻撃はあらゆる恐れを知らぬものとなり、ジェイドの対処も困難なものとなっていた。

「くそ…!」

「動く! 動け動け! もっとだ!」

「ああっ!」

 耐え兼ねたジェイド、その装甲に針の雨が直撃。ついにジェイドは後方へ吹き飛ばされた。着地もままならず、ジェイドの身体はそのままアスファルトに叩きつけられる。少しずつ慣れ始めてきているとはいえ、依然としてステラを装着すること自体の負荷も体を蝕んでおり、南城の体力は一気に奪われていく。

《損傷率8%……ところで杏樹さん》

《葛飾さん?》

《これは自分の仮説に過ぎないんですがね》

 マスクの通信越しに、機動室のやりとりが聞こえる。体勢を立て直しながら、ジェイドも耳をそばだてる。

《ルナローブに、もし精神干渉作用があるとしたら、彼の性格が豹変していることも、記憶や認知に歪みが生じていることも説明がつきます》

《なんですって…!?》

 杏樹だけではない。ジェイドも——南城もその仮説に鳥肌を立てていた。

 葛飾はそのまま、初戦の男の様子も例に交えながら持論を展開した。ルナローブが装着者の精神に干渉し、ネガティブ感情を肥大させて正常な判断能力を奪い、形骸化した欲望のために暴走する殺戮マシンに仕立て上げる、そんな機能を持っていたら——。

 だとすれば、彼に自らローブを脱ぐ余裕などあるはずがない。エネルギーが底をつくまで、あるいは身体が限界を迎えるまで、破壊を繰り返すだけだ。

「確かに……悲しいけど、それが一番しっくりきますね」

《聞いてくれていましたね、南城さん。だとしたら我々の取るべき選択はひとつ》

「——問答無用に、早急に、ルナローブを鎮圧する」

 南城は目の色を変えた。

 罪を憎んで、人を憎まず。であればこそ、人を止めなければ、罪は罪のままだ。

 桜庭を止める、そして救う。悲しくも確固たる”特命”が、今改めて南城の中に打ち立てられた。

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