3 先に呼ばれただけの俺
1
初出撃とは思えない戦績の素晴らしさ。
南城李人という人間の正義感と責任感の強さ。
葛飾曰く奇跡的だったという、南城とジェイドとの親和性の高さ。
そして、誰にでも装着できるわけではないステラシステムの、今後も難航が予想される装着者選定。
こうすると確かに、南城が急遽の仮装着員に終わらず、継続して今後もジェイドを担当し続けることには一定の根拠や道理がないでもなかった。
「いや、でも俺なんてまだ全然キャリアも浅いし実績もないし……本気で言ってます?」
状況終了からしばらく経ち、事件現場もある程度落ち着いてきていた頃だが、当の南城はまだジェイドを脱がずに…いや、脱げずにメインルームで倉敷らと話し込んでいた。
「警察官としてのステータスを気にする必要はないさ。これは誰にとっても初めての仕事だ」
「それはまあ、そうですけど……」
「混乱する気持ちもよくわかるわ。ただ…名誉なことでもある。私たちも全力でサポートするわ」
「そうですよ南城さん、戦いはみんなでやるもんです」
杏樹と葛飾も、倉敷の打診をアシストする。
「う〜ん…」
その実南城は、体を張る危険な仕事を引き受けるのが嫌なのではなかった。まして、装着員を選抜できていなかった倉敷を責めるつもりもない。かつてない脅威に最前線で立ち向かうことは、人としても、公務員としても、何より警察官としても誇り高いことだ。
しかし、急遽の装着を倉敷から頼まれたあの時、返事をする直前に南城の脳裏に巡っていたいくつもの不安や懸念は、その時一旦は隅に置いたとはいえ、やはりずっと胸の中に残って離れないでいた。
反対ではないのだが、即答もできない、これはそういう問題なのだ。それも含めて今、南城は自身の思いを倉敷らにしっかり伝えたはずなのだが——
「ううん……そうだなあ。ではこうしよう」
長々と詰め寄るのも忍びないと思ったのか、倉敷が申し訳なさげに提案する。
「こうなったのはひとえに、私の組織編成の計画が甘かったためだ。我々の装着者選定がもっと迅速に進んでいれば、南城くんを巻き込むこともなかった」
「いや…よしてください」
「事実さ。だから私も強引に任命できるような立場では断じてない。——なので、せめてどうか、三日間。検討してみてほしい」
「本部長…」
「それで決まった結論なら、私はそれがなんであれ受け入れよう。もちろん、結論如何で君をTWISTから外すようなこともしない。ジェイドを着続けて欲しいと願うほど、君は勇敢な警察官だからね」
倉敷の必死の要望と、真剣な眼差しを前に、南城は数秒の沈黙ののち答えた。
「……わかりました」
とりあえず着替えてきますね、と続け、南城はガレージルームへ。見届けた倉敷は、決まりの悪そうな笑みを浮かべて葛飾と杏樹のほうへ向き直る。
「君たちも、申し訳なかったね。私も装着者選定に全力を尽くすよ。——初仕事は緊張しただろう、みんなゆっくり休んでくれ」
そう言い残すと、倉敷は機動室をあとにした。扉の開閉音のあとには、遠のく倉敷の足音だけが漏れ聞こえる。
「まあ、無理もないですけどねえ……」
「この仕事の大変さも肌で知れたことですし、お言葉に甘えてゆっくり休みましょう。解散」
2
「
「
波乱のTWIST機動室初戦から一夜明け、早くも機動室にはさらに二人のメンバーが加わった。
メカニックや各種情報網と連携し、現場の状況を分析しながら、室長とともに戦いをナビゲートする"オペレーター"というポジションだ。初戦では葛飾がステラに指示を送っていたが、次回以降は室長である杏樹の作戦指示のもと、オペレーターがその役割を担うこととなる。高槻はやや明るめの髪色が特徴のすらっとした出で立ち、根室は清潔に整えた黒髪と眼鏡、高槻よりさらに高い背丈が目を引いた。曰く、当初招集をかけていた機動室メンバーはこれで全員集合らしい。
「高槻さんは警視庁のオペレーションルームから、根室くんは東日本道路交通管制局から来たそうよ。実戦では彼らのナビを頼りにすることも多いでしょうから、日頃からコミュニケーションを…」
「まあまあ杏樹ちゃん、細かいことは大丈夫! 習うより慣れろだよ」
相変わらず室長である自分を名前呼びする対馬に不服の表情を浮かべる杏樹だが、当の新メンバー二人は対馬のお気楽な雰囲気に幾分ほぐされているようだった。
同じ警視庁とはいえ組織は巨大。28歳と南城よりややキャリアが上の高槻だが、南城・対馬とは初対面だ。
「対馬さんって面白いですねえ! いっつもそんな感じなんですか?」
「いっつもこんな感じですよ」
「南城お前な〜」
「僕……もっと怖い部署だと思ってました。失礼かもしれませんが、少し安心しました」
「仕事は怖いですけどね〜」
倉敷の望んだ通り、機動室に良い雰囲気が漂っていることを感じて杏樹は微笑み、改めてオペレーター二人に機動室の説明を始めた。
高槻は非常にオープンで明朗快活なハートの持ち主だ。このわずかな時間ですでに、彼女の周りの雰囲気はひときわトーンが明るい。
根室は22歳の新人だそうで、実直ながら内気でやや小心者の印象だが、倉敷が彼を呼んだのにも相応の根拠があるに違いない。
「気のいい二人ですね。これで全員か……なんとかやっていけそうで安心しました」
南城は誰に言うでもなく——しかし明らかに隣にいる対馬を想定したような口調で、そうこぼした。
「バーカ。お前、まだ安心できてないことが一個あるだろうが、それもでっかいの」
見透かした対馬はお望み通り返事をしてやるが、かといって能天気な相槌などを打つつもりはなかった。
「うっ……耳痛いっすね」
「ふふん。顔貸せ」
◇
「——そんなすぐ決められるわけないですよ」
「ほーお。そういうもんかねえ」
二人は見晴らしの良い屋上に立ち、お互いの顔ではなく眼下に広がる街並みに向けて言葉を発していた。
地下深く、秘密裏に造られたTWIST機動室だが、あまりにも閉塞的な空間では精神衛生的に良くない。そんなメンバーへの配慮で、地上にある関連施設の屋上へと直通する、プライベートエレベーターが特別に通されたのだ。今後、地下で息が詰まったメンバーがここに逃避してくることとなるのは想像に難くない。
「俺、科技捜でアキさんに付いて、色んな経験させてもらいましたけど……やっぱりまだ、自分が組織に必要とされる自信とか、実感みたいなものが全然なくて」
「ふうん」
「だから、あの時、初戦から帰ってきて迎えてもらった時、俺すごい嬉しかったんです。自分がこう、ちゃんと役に立てた、活躍できた実感があって。名誉な仕事だし、続けるのも悪くないって思いましたけど…」
「けど責任重大すぎて、自分みたいな若造には荷が重いってか」
南城が首をゆっくり縦に振った。倉敷らとの話し合いが長引いたのは、その戸惑いと悩みが尾を引いたせいだった。
対馬自身、こういう南城を見るのはほぼ初めてだった。歳下でありながら対馬以上の冷静さを保ち、教えたことはどんどん飲み込んでどんどん強くなる。新人らしく戸惑う瞬間や、逆に堅物すぎて融通がきかない瞬間もありつつ、その心はブレることなく、いつも一直線に正義を貫いてきた。
そんな南城が今、深く葛藤している。今回はその”堅物すぎるところ”がネックとなっている例だ。
「よし。じゃあ今からちょっと俺、かなり先輩らしくまともなこと言うからな? こういうのは雰囲気が大事なんだ。絶対に途中で突っ込んで遮るなよ」
「自信はないですけど、善処します」
「おう」
突然の対馬からの宣戦布告。返事とともに街の風景から顔を離し、南城の目をしっかり見据えた対馬が南城に投げたのは、意外なフレーズだった。
「あのな。俺が思うに、今のお前はちょっと自意識過剰だ」
「自意識…?」
「そ。どんな仕事だって、最初はみーんな素人だ。そんなようなことは、倉敷さんも言ってたよな」
「ええ」
対馬は再び街並みへと顔を向ける。
「だったらよ? 起きてもない失敗を怖れたり、抱えてもない責任を気にしたり……それって、自分を過信してるってことにもならねえか?」
南城は目を細めて対馬に視線を移す。
巨大な責務を前に、沸き起こる使命感と義務感に圧迫され苦悶する、自分のイメージが脳裏にふとよぎる。
「そうやって足踏みして、肝心な時に動き出せないとしたら……そいつが一番格好悪いと俺は思うけどね」
ただもちろん、だから絶対ステラをやれって言ってるわけじゃないぞ、と対馬は補足し、南城の真隣へ回り込んでその背中を叩いた。
「うおっ」
「いいか南城、蟹穴主義だ。今の自分に出来ることさえ、とことんやれてりゃいいんだ。俺がそうだろ?」
南城の記憶の中には、思い違いや捕り逃しに喘ぐことも決して少なくないながら、いつも自分を苦しめない範囲で、しかし愚直に戦い続けてきた対馬の姿があった。
「けどな、もし出来ることでも、やりたくないのは蹴っていいんだ。結果論だが、お前にはステラを着る力があった。あとはお前が、明日からもステラを着たいか着たくないか、それだけだろ」
最後にもう一度だけ南城の肩をぽんと叩き、悩め若者よ、などと笑いながら、対馬はその場をあとにした。
俯いていた南城は、少しの沈黙のあと、大きく深呼吸してその背中に目を向けた。
「……アキさん」
「んー?」
「カナブンついてますよ」
まもなく対馬は大騒ぎし、ベストを脱いでばさばさと振り回したり、全身を両手で払ったりと格闘した。付近のビルに反響するほどの絶叫に南城は大笑いし、それが嘘であることを告げると、対馬は脱力。くたびれたような笑いとともに南城の頭を叩いてエレベーターに乗り込んだ。
◇
「…てな感じですかねえ。オペレーターのお二人とは色々と連携する局面も多いと思いますけど、ひとつよろしく」
「こっ、こちらこそ! 未熟者ですが——」
「もちです! 葛飾さんスゴ腕って聞いてますから、なあんにも心配してないですよ」
それはそれで困りますが、と苦笑いで頰を掻きながら、葛飾はオペレーターの根室・高槻とのシステム説明を兼ねた挨拶を終えた。赴任当初の南城らがそうであったように、二人もやはり葛飾の太陽のような微笑みからは絶大な安心感を覚えていた。持ち場に戻る葛飾の丸い背中を見送ると、高槻が根室に尋ねる。
「あっねえねえ、東日本…道路、交通、なんとかって、どんなとこなの? 何してたの?」
「じゃなくて、管制局、です…。えっと…名前の通り、車の流れを見守るところなんですけど、高槻さんと同じくオペレーターでした」
「そうなんだー! じゃあうまくやってけそうだね!」
全く正反対のタイプと言える二人だが、果たして本当にうまくやっていけるのか、憂えていないのがむしろ高槻だけだった。根室の肩をバシバシと連打する高槻の笑みは、これもまあ、葛飾とはまた違った意味で太陽のようだ。
「でも、高槻さんは事件の通報とかも受けてたんですよね」
「そうそう、ドラマとかでよく見るやつだよ! 事件ですか〜事故ですか〜ってやつ」
「それなら、ステラの現場にも生かせそうですけど、僕は車相手でしたし…」
途端、根室の不安が露見する。
彼の吃りや不安気な振る舞い、その原因のひとつには、自身の場違い感のようなものも混じっていたのだろう。年齢的にもそうだし、キャリアで見てもTWISTへの配属は見当違いだったのではないかと。なにせ、彼がTWISTに招集された理由や心当たりを、彼自身が掴めていなかったのだから。
それを感じ取った高槻は、昭和の名優でも憑依させたかのような渋い顔で答える。
「ちっちっち。若人よ、それは違うなあ」
「え?」
「あたしはほら、電話口のその人に今何があったか、言っちゃえばミクロの世界のやりとりだけど、根室くんには交通網全体を見渡すマクロの目があるでしょ。あたしたちがそれぞれ全く別の視点を持ってることが大事だったんじゃないかなあ、倉敷さんにとっては」
根室は口を半開きにしてそれを聞いていた。彼女から、そんなど真ん中を突かれるような話を受け取ることになろうとは思っていなかったためだ。底抜けに明るいだけじゃなく、使命に対しては真剣で聡明。根室にはむしろ、高槻が選ばれた理由の一端が垣間見えた気がした。
「とかね! まあ色々やってくうちに良いことも悪いことも見えてくるよ。難しい事はそれからでも良いんじゃないかな」
じゃああたしトイレ〜、と右手を振って去ってしまった高槻。ひとりぽつんと取り残されてしまった根室だが、彼の中にはその緊張や不安を溶かす確かな灯火が、小さいながら灯り始めた。
3
TWIST機動室が本格的に活動を開始し、各メンバーも少しずつながら自身の担う仕事を理解し始めていた。
オペレーターの二人は市民の声や街の安全のチェック、メカニックはステラシステムの整備と研究、実地捜査員は違法IPSuM製品の流通ルートに関する情報収集、そして室長は各種手続や関係各所とのやりとり。倉敷の椅子がある対策本部側はいざ知らず、少なくとも街に異常がないときの機動室は比較的個人裁量が利く自由で穏やかな職場だった。
「ルナ…ローブ?」
「そ、悪趣味な名前だね」
そして先日の事件でジェイドが鎮圧した犯人の男。その容体の確認と事情聴取に立ち合うというのが、実地捜査員・対馬晶の本日の仕事だった。男曰く、一連の凶悪な事件に共通して使われている違法IPSuMの通称は、"ルナローブ"。そして売り手の名は——
「えー、ヴォーグ社、だそうだ。何から何まで、ファッション業界気取りときた」
月光か、激昂か。ルナという単語の意味するところは不明だが、"幻想的"ないし"狂気的"な力を装着者に与えるウェア、というのがその違法IPSuMの売り文句のようだ。そしてその元凶たる組織は、白々しくも"流行"の担い手を名乗る気か——
「今日はここまで。ルナ…なんだっけ。その、ソレの反動なのか、一言答えるのもまだやっとって感じでね」
「組織そのものの情報については、詳しく調べられそうですか?」
「それがねえ、完全に闇の中。ありゃ多分組織自体の力だけじゃなく、色んなオトナの力も絡んでるね。杏樹ちゃん官僚だったんでしょ? なんかなかった? 怪しいオトナの黒い噂」
「噂の色はそもそも黒ですから。あと名前呼びはいい加減やめてください」
「胡散臭い奴だらけで逆に手のつけようがないってことね…了解」
おそらくその軽々しい"了解"が、"名前呼びをやめる"という意味ではない、ということだけは杏樹にも察し得た。IPSuM製品を違法改造し、力を求める人々に売り回る…その目的はなんなのか。誰が、何を目指して、どのようなことを目論んでいるのか。
機動室が始動してからというもの、今のところまだ、杏樹のため息は収まることを知らずにいた。
一方で南城も、”例の件”で引き続き悩んでいた。
「南城くんっ」
弾むような口調でその名を呼んできたのは、オペレーターの高槻だった。自分の仕事がひと段落したのか、ちょっかいをかけに来ちゃったぞ、という顔をしている。
「高槻さん」
「聞いてるよ〜。こないだのステラの"中の人"、南城くんだったんだって?」
「あ…ええ」
アクシデントですけどね…と言いかけて飲み込んだ。場合によってはアクシデントに終わらず、これからもずっと中の人をやるかもしれないのだから。
そう思慮することができるほどには、南城の心はニュートラルだった。"あとは自分が着たいか着たくないか"、その狭間でたゆたっている自覚があるからだ。本当に心底着たくなかったら、あれっきりだったときっぱり言えるはずなのだから。
「高槻さんは話、どこまで聞いてます?」
「ぜーんぶ」
さすがの情報網。俺のこの悩みも筒抜けか、と南城の笑いは乾いていた。
「でもさあ、仕事ってそんなもんだよねー。あたしもあるよ?良かれと思って掃除してたらそのままお掃除係になっちゃって、やらなかった日に文句言われだすみたいな」
「ありますね。気配りが裏目に出るやつ」
「まあステラの件は裏目ってわけじゃないんだろうけど……まあ、おっきい雪だるまに巻き込まれちゃったって感じだよね」
この人は雰囲気からワードセンスまであちこち独特だ。だが不思議と納得というか、言い得て妙という気がした。南城自身、嫌悪感とまで言うと少し違うのだが、とはいえ身動きは取れないでいるし、どうしたってくらくらと目は回っている。
「なんかステラ手当てとかさ、ステラ休暇とかさ、そういうのあればいいのにね」
「僕には絶対出来ない仕事ですから、羨ましいです」
高槻を見つけてなのか、同じくオペレーターの根室が寄ってくる。未だに機動室の空気に馴染めていないのか、先日からのもじもじ感が今もまだ見受けられる。
「たまたまだよ。それに、根室くんにしか出来ないことだってあるだろ」
「そう…でしょうか。あっいや、すいません、先輩に向かって出過ぎたことを」
「あはは、よしてよ。俺はほんのちょっと先に来たってだけで、皆スタートラインは一緒だ。何でも言ってくれよ」
まだまだ肩の力が抜けない根室だが、南城のその言葉にふっと力が緩み、笑みが浮かんだ。そんな根室の背中をやはりバシバシ叩く高槻に、今度は南城がからっと笑う。
「……じゃあ、南城さん。もうひとつだけ、出過ぎたことを言ってもいいですか?」
「えっ…いいけど」
「こないだの最初の戦い、見ました。本当に、本当に格好良かったです」
根室の眼がきらりと輝きだす。
「だから、僕にとってステラジェイドは、南城さんなんです。南城さんのジェイドなら、たとえ不慣れでも、サポートしていけたら光栄だなって思ったんです」
根室の眼には澱みがなかった。まっすぐに見つめられ、まっすぐな言葉を受け取った南城は、少しの沈黙の後、ふっと笑った。
「お前……、ちゃんと言えんじゃん、そういうの」
「あ〜。根室くん、ガジェットオタクってやつ?」
「違っ…そんなんじゃ…!」
「高槻さん、真面目で大人しい奴がオタクっていうイメージ、もう古いっすよ」
弁明に慌てる根室と、目を丸くする高槻。
杏樹はオペレーターとのコミュニケーションを密に、と言っていたが、南城にはその心配がいつしかなくなっていた。それどころか、彼らが来る前に自分自身が迷い込んでいた霧さえ、すっかり晴れてしまっていたのだから。
◇
「ああ……! 本当かい!」
「ええ。自分で良ければ」
ステラシステム初戦から三日後、約束の日。南城は、正式にステラジェイド装着者の任命を仰せ付かる、という回答を倉敷に伝えていた。大いに安堵する倉敷の全身からふっと力が抜けていくのが分かった。
「責任の大きさとか、自分の力の及ばなさとか…色々考えましたけど、やっぱりそういう不安は消えませんでした」
「えっ。それは……大丈夫なのかい?」
「もうしばらく、大丈夫じゃないと思います」
目を丸くし、不安を露わにする倉敷。その眼前で、南城はうっすらと微笑みをたたえながら、その様子を見守っていた周囲のメンバーたち——杏樹、対馬、葛飾、高槻、根室——一人一人と目を合わせ、倉敷に向き直った。
「でも……とりあえず着てみたいかなって、思ったので」
メンバーたちがつられて笑う。倉敷も安堵の笑みを浮かべて頷いた。市民の平和と安全を守る任務を預かる動機としてはあまりに軽薄にも聞こえるが、そこに至るまでの南城の心の長旅も、倉敷は充分に察知していた。
「ああ。それでいい。よろしく頼むよ」
南城と倉敷は硬い握手を交わした。
正義のヒーロー、なんて大仰な呼ばれ方もするだろうが、まずそもそもがシンプルにTWISTの仕事でしかないんだ。少しずつ慣れていけば良いさ。
君がもし躓いても、決して君ひとりに致命的な悲しみを背負い込ませることがないよう、TWIST全員で一丸となって戦う。もちろん、私もね。
——それが、倉敷が南城に贈った言葉だった。対策本部室に戻る倉敷を見送ったのち、TWISTメンバー一同は南城に拍手を送った。
「いやあまいったな。ただでさえ忙しいってのに、補佐がステラになって実地捜査は俺一人かあ」
「そうでしょうか。言葉の割には嬉しそうですけど」
「え〜? 杏樹ちゃんもほっとしてんでしょ〜?」
この二人も仲がいいんだか悪いんだか。しかし、その二人の間に”安堵”という共通の感情が架かっている事は確かだった。アキさんすいませんね、と南城は苦笑した。
「南城くんやるぅ〜!」
「さっそく本格的に、ジェイドを南城くん向けにチューニングしましょうね」
はしゃぐ高槻。その隣で微笑む葛飾に、頼みます、と南城は敬礼した。
「僕の希望を叶えてくれて……ありがとうございます」
そして、根室の表情も輝いていた。
「……それだよ」
「え?」
「最初からそういう感じでこいよ。根室は、それでいいんだからさ」
根室はようやく、淀みない笑みを見せた。
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