2 ステラをプロデュース
1
首元から爪先まで黒のアンダースーツに包まれ、ドレスルームから姿を現した南城は直後、葛飾からあるものを渡された。
「…これって、IPSuM Watchですよね? 俺持ってますよ?」
ウェアラブルデバイスIPSuMの違法改造品による凶悪犯罪を鎮圧するため、タスクフォースTWISTに専用武装として提供された、こちらもまたIPSuMをベースとして生まれた戦闘スーツ・ステラシステム。TWISTのメカニック・葛飾廉は、そんなステラの保管や整備を行うガレージルームに椅子を持つ技術管理官というポジションだった。先ほどメインルームに初めて入室したばかりの南城とはここで初対面を果たしたわけだが、彼はアラート発令時のアナウンスで響かせていたその口調に違わぬ、穏やかで落ち着いた表情の持ち主だった。
「ステラシステムに連動するよう調整した、ステラ専用IPSuM Watchです。データの引き継ぎはあとで行いますから、今日からこっちを」
IPSuM LensやIPSuM Goなどの各種IPSuMシリーズと連動し、外部コントロールやデータ管理を担うコンソールデバイスとしても機能するIPSuM Watch。しかしそうした一部分的な装備品ではなく、全身一体型の——そして、戦闘に特化された——ステラシステム。そのコアとなるWatchには、どうやらそれ専用のものを使う必要があるらしい。指示通り、南城はWatchを着け替える。
「これで準備は完了です。じゃあ、まずはそれを履きましょうか」
ガレージルームの一角には、何機ものマニピュレーターに囲まれた”コンバインステーション”と呼ばれるブースが用意されている。初めて見る南城にも、そのブースに踏み入れることがステラ装着手順のひとつなのだろうということだけは察し得た。
葛飾に促された通り、ブース手前に鎮座するステラのフットユニット、いわば靴にあたる脚部装甲に南城が両足を入れると、それに連動する形でコンバインステーションが起動した。
「そのフットユニットが、コンバインステーションにとってのマーカー……つまりは、ステラの装着作業における目印になるんです」
「ここに立てばいいんですか?」
「ええ。合着はすぐ、オートマでスタートします」
「……じゃあ、行きますよ」
ごくりと唾を飲みながら、言葉の通りに、南城はコンバインステーションの上に立つ。
そっと、慎重に。
片足を乗せ、それを頼りにもう片方の足を床から離す。
意識を、その一点に集中して。
装着のイメージを、脳裏に浮かべながら。
正しく装着されるよう、背筋を伸ばして。
心を乱すことがないように。
静かに、真剣に、そして…
気長に………?
「……えっ、あの、俺、これで合ってますよね?」
「あ〜、忘れてました。装着員の音声認識がないと起動しませんね」
南城のみならず、メインルームにいたメンバーさえも全員その場にずり落ちた。この切羽詰まった一大事にもかかわらず、見事なまでに葛飾の天然が炸裂する。
「いやそれ先に言ってくださいよ……」
そんな周囲の困惑も構わず、葛飾は小さなホワイトボードを手に取り、大急ぎで認証コードを書き殴った。
「はいこれ! これをコールすると始まりますよ」
認証コードを教わった南城は、それを頭に入れた上でコンバインステーションへ再度足を踏み入れた。葛飾の声でコードを発声しても認証する心配などはないはずなんだが、曰く最初の一声は本人にビシッと決めてもらうのが"定石"なのだという。南城は首を捻りながら了解した。
白く光る床面が南城を下からぼんやりと照らし、マニピュレーターの小さな動作音が耳をかすめる。視線を前方に上げ、南城は認証コードを発声した。
「…ジェイド、ブートアップ」
コンバインステーションの反応速度に無駄はなかった。
南城の声を聞くなりマニピュレーターは動き出し、足元からじわじわと、しかし手際良く各部パーツが合着され始める。一台の大きなデバイスを羽織る形のIPSuM GripやStepなどとは要領が異なり、細かくパーツが分けられているものを少しずつ貼り合わせていくようなイメージだ。
そのひとつひとつが、ハーネスを自動で巻き付けたり、既に装着済みである他の部位と連結したり、様々な形で南城の身に固定されてゆく。その間には床面も回転し、マニピュレーターの動作と連動してスムーズな全身合着を実現していた。360度回転し最後に再び南城の顔が正面を向こうというタイミングで、首元までの装備が全て備わり、回転終了とともにその顔をマスクが覆った。
一瞬の静止ののち、南城はその装着感を確かめるかのごとく視線を動かし、掌を開閉した。
葛飾によれば、その一瞬の沈黙こそがパソコンでいうところの初期設定のようなフェーズだったのだという。その間に、南城はステラシステムの基本操作を一挙にラーニングし、ステラシステムは南城へのフィッティングとプログラムの最適化を完了する。互いが互いの情報を交換し、認識しあった瞬間だった。
「コードネームは、ステラジェイド。個体名は"スパークリング・ストライカー"」
かくして今ここに、危険なIPSuM改造品の暴走に立ち向かう実戦要員——その代理が一旦、誕生した。
「ジェイド、出ます」
◇
ステラの秘密の出動ルートとなるシューターは地下鉄路線や地下高速道路へと繋がっており、その始点である”シューティングポート”はガレージルーム内部に設けられていた。ポートにはグリップとペダルが備えられた専用スライダーユニットが用意されており、これがシューター壁面に走るレールに沿って前進する構造だ。
四肢をスライダーユニットに固定し、ジェイドはそれごと勢いよく発射される。同時にジェイド自身のバーニアが起動することで、一定の速度に到達した段階でスライダーはパージされ、自律航行へと移行する。スライダーはあくまで一刻も早い出場のためにスタートダッシュを補助するためのものだ。
ジェイドの名の通り、翡翠色のパーツが白を基調とした装甲の差し色となり、黒のアンダースーツの上できらびやかに映える。近接戦闘を想定して装着されているガントレットユニットも翡翠色に発光し、薄暗いシューター内に細く長く、流れるような残像を残してゆく。
マスクの下の表情には険しさが浮かんでいる。外見はいくら流麗でも、高速移動による身体への負荷はビリビリと南城の肉体を襲っているためだ。
「これ結構…きついんですね…」
《やはりそうですか……これに関しては、申し訳ない、慣れてください、としか》
「もちろん…わかってます。頑張ります」
シューターを突き進む南城と、ガレージで見守る葛飾の通信が交わされる。通信機器も全てマスク内に埋め込み装備されているものだ。
ステラの基礎機構のひとつに、背部に背負ったセントラルユニットの存在がある。バッテリーパックやメインOSなどを格納したいわばステラの心臓部で、それだけに堅牢に守られているところでもある。素体となっているIPSuM Gripにも似た部位が存在するが、大きな違いのひとつにはバーニアが並んでいることが挙がるだろう。高度の飛行はサポートしていないが、低空飛行やジャンプアシストなどを可能にするものであり、事ほど左様に現場へ移動する際の要ともなる。
今は単純な航行機能として使っているが、実戦でもこれは役に立ちそうだ。カケラの経験もない違法IPSuMとの腕ずくでの戦闘を、南城はどうにかこうにかイメージしてみる。
「…しかし、倉敷本部長も無茶しましたね」
ジェイドの航行が安定したのを確認すると、立ち姿だった葛飾は着座、そのまま椅子をくるりと半転させ、倉敷にその穏やかながらやや困り気味な表情を向けた。
「まさかこれほどすぐ、次なる事件が発生するとは思わなくてね……。ひとえに、私の読みが甘かった」
倉敷も無事ジェイドの装着と出撃が行われたことに一旦の安堵を見せつつ、やはり罪悪感を露わにした。すぐさま、杏樹が尋ねる。
「本部長、今回のような違法機器の暴走事例は、今までどの程度?」
「それがまだ指折りでね。……それでも、警察や機動隊が相当手を焼いたという事実や危惧があったからこそ、私もこうしてすぐさま編成に着手できたし……一刻を急いだんだが」
それらの事例自体、一定の期間を空けて発生していたため、今回の事件発生のタイミングは完全に想定外だったのだという。
「じゃあ、参考にできるデータも少ないですねえ。頑張り甲斐があります」
「申し訳ない。南城くんにかかる負担も相応のものだと思われる……全力でサポートして欲しい」
二人の顔に、再び緊張感が戻った。
2
違法IPSuMを纏った男の歩みを制止することは、依然として叶わずにいた。
のっそりとした足取りながら着実に進んではおり、巡り巡って舞台は今、ビル群が鬱蒼と生茂るオフィス街へ。パニックに陥りばたばたと逃げ惑うオフィスワーカーたちと、じりじりと対峙しながら後退りするばかりの警官隊とで街は混乱に陥っていた。
「……いい加減、道開けろ」
「馬鹿言うな! 今着ているものを外して、大人しく投降しなさい!」
「着ている…? …あっはぁ……これねえ」
警官隊の言葉尻に思わず冷たい笑いをこぼし、自らの身に纏うものに目を向けた男。
こんなものはウェアラブルデバイスでもなんでもない。あの小綺麗なスーツの男がこいつを家に持ってきたあの日確信した。俺はとんでもないものに手を出してしまったんだ。男はずっと、背徳感とも恐怖感とも、そして優越感ともつかぬ斑模様の感情に、顔を浸けてぶくぶくと泡を立てていた。
「これが……これが何なのかわかってるのか!」
急に大声をあげるとともに、男は再び右腕の装甲からレーザー光線を照射した。突き出した所作こそ衝動的だったが、その腕はゆっくりと、なぞるように縦線を描き、正面に立っていた警官隊のライオットシールドを画用紙のように裂いてしまった。
シールドの持ち主だった警官は眼前で起こった脅威に震え、一目散に逃げ出してしまった。他の隊員も、自身の武装が意味をなさないことを知ってざわめきだす。リーダー格となる隊員さえもかける号令が見当たらず、悶々と細かく足摺りするしかない。
当の男はといえば、その視線をふと上へ向けていた。自身が務めていた例の会社が、このオフィス街の一角にあったのだ。混沌とした感情に包まれながらじりじりと歩いてきたが、いよいよ目的地まで来ていたと知ると男は、もうここで構わないとばかりにレーザー光線の銃口をゆっくり上へ。狼狽する警官隊には、もうその動作の意味を推察する精神的余裕すらも失われていた。
「復讐……か…」
男の口から出てきたのは、至ってシンプルな、しかしどこか他人事のような台詞だった。かなり遅れをとってその言葉の意味を察しだした警官隊も、男の視線の先に一棟の社屋を見つけ、させるまいと発砲を再開する。それらすべての銃弾が、虚しくもいびつに歪んで男の足元に転がることとなることも既に明らかではありながら。
「やめろー! 復讐なんかよせ! そんなことのために人生を捨てて——」
「人生を……?」
警官隊の言葉を食った男に、銃声が止む。ぎりぎりと音を立てて震える男の右腕は、もう我慢の限界を迎えていた。
「俺の人生が……わかってたまるか……‼︎」
翡翠色の風が、流れるように街路を抜けた。
激昂する男の上半身を、突如出現した一人の武装者——その場にいた誰にとっても、これ以上に正しくその姿を説明する言葉は存在しなかった——が強烈に蹴りつけ、反対側のビルのエントランスまで一瞬で吹き飛ばした。
「はあ…はあ………ジェイド、現着しました…」
着地した武装者——ステラジェイドの第一声はそれだった。一連の騒動に気が動転し、見たこともない武装者へ反射的に銃口を向ける警官隊員も数名いたが、そばにいる同胞が唖然としたまま片手で制止する。
《オーケー。まずはじゃあ、基本から行きましょうか》
葛飾のナビゲートに合わせ、ジェイドは両腕に備わるガントレット型パワーユニット・SSジェイドグリップを起動する。翡翠色に発光するそれを、鈍く重い打撃音とともに男の胸部に叩き込むと、男は声にならない声とともによろめき、装備の破片を路上にぼろぼろとこぼした。
「すごい…」
《ジェイドは距離を詰めて愚直にぶつかる近接型ですからね。遠慮なく行っちゃいましょう》
「遠慮っていうか、力加減も…よくわかってないんですけど…」
《心配は無用です。自分がしっかりプロデュースしますから》
警官隊の発砲を一切受け付けない男の様子をあらかじめ機動室で見ていた南城にとって、それを自らの手で圧倒したこと自体がまず驚きだった。通常攻撃とは明らかに次元が違う。南城の感嘆は自身の右手を見つめながら漏れたものだった。
「お前は何なんだ……邪魔するな!」
咳き込みながらも体勢を立て直した男。システムをフル稼働させたのか、それまでのマイペースさからは想像もつかないほどの驚異的な俊敏さを見せ、その勢いのままジェイドに蹴り返しを見舞った。
「がはっ…! まだこんな力を…」
「ここまできて、何も果たせずに捕まれるか!」
現着直前の動向から、男の目的はジェイドにもなんとなく察しがついていた。特定の会社への、何らかの恨み。無差別ではなく、告発かクレームか、逆恨みか復讐か。だから愚直に一方向へ進み続け、邪魔するもの以外には危害を加える様子がなかったのだ。
しかし経緯がどうあれ、同情の余地はない。ジェイドは肩で息をしながらも、右手指をちょいちょいと煽いだ。
「泣き言は警察がゆっくり聞く。まずはそれ……脱いでもらうぞ」
「あああぁ…‼︎」
男の言葉にならない叫びが街路に響き渡る。連続パンチが速度と威力をじわじわと増していき、次第にジェイドが押され始める。SSジェイドグリップを眼前に構えてガードしているが、着実に後退させられている。装甲を通じて響いてくる衝撃も、徐々に生身の痛覚を刺激し始めていた。ただでさえ不慣れな装備に、消耗する体力、そこに物理的負荷がかかるとなると事態は深刻だ。
「くっ…葛飾さん!」
《うむ。では次行ってみましょうか。ひとまず、なんとか間合いを》
「なんとかってね…軽く言いますけど…!」
男の攻撃と攻撃の間に生まれた一瞬の隙を狙い、眼前で組んでいた両腕を開き、姿を覗かせた両肩の小型マグナムから銃撃。あくまでも補助的武装なので弾数はごく限られているが、敵の勢いを止め、イニシアチブを奪い返すには申し分なかった。この機能については、葛飾からあらかじめ説明はなかった。装着直後のラーニングで南城の脳内にインストールされた情報だ。
「…っ!?」
「今だ!」
ジェイドが右腕を左上へ勢いよく振り上げると、その遠心力に乗るかのように鋭い刀身が姿を現す。専用斬撃ユニット・SSジェイドブレードだ。IPSuM製品をベースに作られたとはいえ、さすが実戦を想定しただけあって、物騒なものも備えているものだ。左上へ振り上げた腕を、そのまま右下へ振り下ろす。ブレードの軌道上には、言うまでもなく男の装甲があった。
「おぉっ…!?」
あまりに唐突かつ強力な斬撃に火花を散らしながら、男は膝から崩れ落ちた。それまでの勢いを完全に失った男に、ジェイドは息を荒げながらも静かに告げる。
「あんたの…やりたいことが何だか知らないが……こんなものに縋り付くくらいなら、何であれ、他にもやり方はあったはずだ」
《南城さん、鎮圧の仕方は忘れていないですよね》
葛飾の通信に、ええもちろん、とジェイドは応答する。自分に説教をしておきながら、よそと言葉を交わす余裕を見せつけられた男に、それが最後の怒りの炎を灯した。
「……ぅうあああ!」
ジェイドに掴みかかろうとした男。しかしそれも虚しく、ジェイドはその身をひらりと翻す。取っ付く先を失った男は、力なくその場にへたり込んでしまう。
「…さあ、もう着替えよう」
ジェイドが男の頭上から振り下ろしたジェイドブレードは、どさっと膝をついて丸まった男の背中から、セントラルユニットを綺麗に切り離した。全装備の心臓部となるセントラルユニットは、IPSuM製品をルーツに持つがゆえに向こうにも共通する機構だった。
そしてジェイドが分離したセントラルユニットを空高く放り投げると、ユニットは間も無く爆発と轟音に崩れ、花火のごとく街路へと舞い落ちる。
基準値を無視した猛烈なエネルギー量で動作する違法IPSuM、それゆえにこれだけの甚大な被害をもたらすわけだが、その鎮圧における最大の懸念点もこれだった。セントラルユニットを切り離すか、自壊を待つか。うっかり装着したままの状態でセントラルユニットを叩いてしまえば、あの炎は装着者の背中で爆ぜることになる。命の保証はできない。
「あっ…あ……」
果たされなかった目的、全てを失った自分のこれから、そして運が悪ければ死んでいたかもしれないという事実を目の当たりにし、ガラクタと化したスーツに身を包んだまま男は啜り泣いた。
改めて、ジェイドは再度その掌に目を向け、握り、開いた。
「これが……TWISTの仕事……」
彼方より、緊急車両のサイレンが聞こえ始める。
罪を憎んで人を憎まず。使い古されたぼろきれのような言葉だが、僅かでも科技捜で積んだ経験が南城にもたらした、彼なりのポリシーのうちのひとつがそれだった。このチームで働く上で、きっといつか迷ったり悩んだりしたとき、目印になる言葉のような気がすると、南城は改めてその言葉を噛み締めた。
3
「ほーら立て! 怪我はないんだろ? ういしょお…」
その実、男のお目当ての社屋には、もう社員は一切残っていなかった。その場にいた全員が危機の知らせを聞き、男が到着する少し前に避難を完了していたのだ。機動室のモニターに映し出された男の顔から身元を割り出し、ターゲットと思しき会社へ迅速な避難を促したのは、ジェイドに打ちのめされた男の面倒を見ている対馬、そして彼に発破をかけた杏樹の二人だった。
対馬の声は、解かれた緊張と疲れとで裏返る。
「ったーく……やってもらいたいことがあるって言うから期待してみれば…こういうことかよ」
付近の交通状況の乱れや、破壊されたエリアの荒れ具合を鑑みると、男のお迎え役となるパトカーは到着まで時間がかかる。もっぱらステラシステムによる武力行使と、高度な情報処理によるそのサポートだけがTWISTの特務かと思いきや、そこに”実地捜査員”というアナログなポジションを用意した倉敷の狙いはここにあったらしい。
そして今後は諸悪の根源、違法改造品の売り手の捜索にも着手していくことになるだろう。下手をすると対馬が一番忙しくなるのかもしれないと知り、南城は苦笑した。実地捜査員補佐として、次回からは自分がしっかり手伝っていかなければ。
「アキさん、お疲れ様です」
「おう! お前が一番お疲れだよ、よくやったな。……あーでも」
対馬が周囲を見渡すそぶりを見せると、つられたジェイドもあることを察した。
「ほら、立ち話はアレだ。戻ってからゆっくりな」
ジェイドはコクリと頷くと、現着時同様の高速移動でその場をあとにした。
「うわあ! はっや!」
「ブレちゃった〜…」
如何せん、大パニックに陥っていたはずのオフィス街は、いつしか野次馬たちで盛り上がっていたのだ。謎のパワードスーツで改造IPSuMの男を撃退、そのスーパーヒーローの正体は——いわばそんな触れ込みで集まった人々がごった返し、ざわめきやシャッター音で賑わっていたのを、暗に対馬は配慮していた。
「”仕事とプライベートは別”……なんだろ、後〜輩」
一件落着に安堵した対馬は、懐からカツの駄菓子を取り出し、齧りついた。
◇
「未経験とは思えない立派な戦いだったわ、お疲れ様」
マスクを外した状態で機動室に戻ると、杏樹が安堵の笑みをたたえて南城を迎え入れた。倉敷も一連の戦いを見届けていたらしく、大きな手で拍手を響かせている。メカニックの葛飾も、装備の損傷や消耗具合をそっちのけにして南城の身の安全を喜んだ。
「ラーニング機能があるとはいえ、やっぱり一定の体力と順応性がないと、ステラの操作は誰にでもできるものじゃないんです。本当によくやってくれました」
「きつかっただろう……本当に、ありがとう」
しばらく鳴り続ける拍手に、南城は立ち尽くした。消耗し、びりびりと悲鳴を上げる肉体も無視できてしまうほど茫然と。
元はといえば単に対馬の補助要員としてTWISTにやってきた南城。そんなおまけのような若輩者が、応急的対応、一時凌ぎの特別任務だとしても、これほど誰かの力に、救いになれるなんて。そもそもがステラシステムという技術の凄さによるものだということは当然として、それでも自分自身も捨てたものじゃない、これからきっと自分にもはっきりとしたやりがいが見つけられる。今回の件が自分にとってそんな一縷の希望となったという意味で、南城は無言で一礼した。
「市民の反応は?」
「SNSを中心に大興奮のようですが、幸いその正体が南城さんだとはバレていないようです」
「対馬警視のファインプレーね」
野次馬の画像投稿を火種に、ネット上では突如のスーパーヒーローの出現に多くの人々が湧き、テレビのニュース速報でも視聴者提供の映像が取り上げられていた。不慣れでぎこちない所作に南城は恥じらいもあったが、それは無事に事件を解決に導けた手応えを感じさせるこの上ないソースでもあった。
こんな素晴らしい、しかし危険と隣り合わせの仕事を、今度からはサポートする側に回るんだ。自分のたった一回の装着経験では、正式な装着員にしてやれるナビゲートもそう充実したものとはならないだろう。自分にできることをもっと増やして、頼りになる存在を目指さなければ、ここにわざわざ呼んでくれた倉敷さんたちの面目を潰すことにもなる。
南城は額に浮いた汗を、アンダースーツの繊維が露出していて骨格的にも唯一額に接触できそうな、指の腹を使ってなんとか拭き取る。そんなやや不便なスーツを脱ぎにガレージルームへ戻ろうと脚を進めながら、倉敷たちに微笑みかけた。
「よかったです。早く見つかると良いですね、正式な装着員さん」
すたすたと扉へ寄る南城だが、その言葉には誰の、何の反応もない。それどころか沈黙すら訪れているメインルームの空気感に違和感を覚え、南城は部屋を立ち去るのを一旦やめた。
「……え? 俺なんか、マズいこと言いました?」
「南城君……そのことなんだが」
倉敷が南城の方へ身を翻すと、その顔はジェイド出撃前にも見たような険しさに満ちていた。
「君を、正式なステラジェイド装着員に任命したい」
南城李人は警察官である。
警視庁科学技術犯罪捜査課勤務を経て、ウェアラブルデバイスの違法流通に立ち向かうTWISTのメンバーとなった。25歳・巡査の彼にとってそこは新進気鋭のセクションであるだけに終わらず、テクノロジーの甲冑を纏った戦士としての使命を言い渡される場ともなった。
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