第7話 7

「ああ、まじで疲れた……」


 昨晩は考えごとをしていたらあまり睡眠がとれず、早く起きてしまった。

 しかも昨日は1日いろいろありすぎて大変だったので疲れが抜けていない。

 初のレンタル彼氏の仕事をなんとかこなせたと思ったら、麗子さんがそれを嗅ぎつけて美咲さんに「なんでもっと早く教えてくれないの?」と喧嘩になってしまった。

 揉めるような案件じゃないと思うけど、2人は友人で仲がいいから遠慮なく言いたいことをお互いに言ってしまうのでこんなこともしょっちゅうだ。


 それだけでも大変だったけど、そんな事のすべてが吹っ飛ぶような情報が麗子さんのおかげで手に入った。


 情報の中には、行方は依然としてわからないものの両親が誰に騙され会社を奪われたのかまでが突き止められていた。

 父を慕っていた会社の元部下から聞き出したものだ。さすがは敏腕スクープ記者。

 そして犯人とその関係者の名前が書いてあるメモを見て、思わず手が震えてしまった。


 まさかあの女が関わっているのか?と……


 情報は得られたけど、こちらからうかつに近づくわけにもいかない。気づかれても警戒されてしまうので慎重にいかなくては。この事実を知ったところで今の俺がすぐになにかできるわけでもない。


 自分を納得させて気持ちを落ち着かせていると、スマホに着信が入っている。


『もしもし』


『あ、もう起きてた?美咲よ。急で悪いんだけど今日の午後から指名が入ってるけど依頼を受けても平気かな?』


『稼げるならこちらからお願いします。指名って事は……副業の方ですか?』


『副業って……これも立派な本業よ。でも話が早くて助かるわ。じゃあ依頼人から連絡があるのでよろしく頼むわね。それじゃ頑張って』


 『レンタル彼氏』はあくまでも副業だ。

 どこかへ宣伝してるわけでもないし、頻繁に指名が入らなければ稼げない。


 シャワーを浴び朝食をすませて依頼人からの連絡を待つことにした。



 * * * *



「私の顔になにかついていますか?」


「いや……別になんでもないよ」


 うーん……

 聞いても……でも…… 


 レンタル彼氏の依頼人から連絡がきて、いま現在までの状況をまだ頭の中で整理できていない。


 俺の隣をご機嫌な顔をして歩いているのは、昨日初めてレンタル彼氏デートをした水樹陽菜みずきはるなだ。

 なんと彼女は昨日の今日でまた俺を指名してきた。なんでまた……


 もしかして元彼が復縁を迫ってきたのかと思ったけど、今日も恋人代行業務なので別れさせ屋の出番はない。

 マナー違反と思いつつ、それとなく注意するように話をふってみると「お父様からも先方にお話をしてもらったので心配ありません」と言っていた。


 先方へのお話とは、娘へ危害を加えるような真似をしたら仕事を失うとでも親に警告したのだろう。

 彼女はすっかりその話を信じて安心しているみたいだけど、疑い深い俺はそんなことで油断したりしない。

 親に注意されれば反発するのがダメな息子の典型的なパターンだ。


 『別れさせ屋』の仕事では付き合ってもいないストーカーから守ってほしくて依頼してくる人もいる。

 警察に相談しても実際に被害を受けなければ、動くことができないケースが多いからだ。

 仮に警察から注意を受けてもその場は「もうしません」と答えてから、その後、犯行に及ぶ。


 警察に注意されても言う事を聞かない者がいるのに、親の言う事なんて聞くはずがない。

 ちょっと俺は頭がこじれているから疑い深いけど、注意しすぎて悪いことはない。


「あともう少しでつきますね。思っていたより遠くて歩いていても今日は一段と寒いです」


「もうすぐクリスマスだし寒さが本格的になってきたからね」


「クリスマスかぁ……」


 彼女が東京タワーで行われるスペシャルライトアップが近くで見たいと言ったので、坂道を歩いて向かっている。

 ずっとスポーツをしていた俺でもきつい坂道を、転んだらポキッと折れてしまいそうなスラリとした長い陽菜の足で上るのはかなりきつい。


 それでも「よいしょ、よいしょ」と小声で掛け声をかけながら歩いている彼女を見ているとなんだか微笑ましくなる。


「こ、今度はなんですか?さっきまでは疑いの眼差しをむけていたのに今度は見守るような優しい視線を送ってくるなんて。これが世間で言われてるツンデレなのでしょうか?」


「ちょっとニュアンスが違うと思うけど」


 ほんとに世間知らずなお嬢さまだな。

 見てるだけで微笑ましくなる。

 これは……あれだな。生まれたばかりの子犬を見てる感覚に近いな。


「もーう!またそんな目でじっと見ないでください……。恥ずかしいです……」


「わるい、わるい。あともう少しだから頑張ろう。ほら、もうスペシャルライトアップも見えてるから。展望デッキにも行くんでしょ?」


 露骨にまじまじと彼女をガン見していたので、みるみると顔が赤くなり足も止まってしまった。

 間違ったツンデレの知識を指摘され恥ずかしかったのか、耳まで赤くなっている。

 

 ご機嫌を損ねては大事なお金も稼げなくなってしまうので、東京タワーに浮かび上がるハート型のスペシャルライトアップを餌にテンションをあげてもらおうと指さした。


「本当だー!坂の途中だけどここが一番きれいに見えますね」


「近くで見るより少し離れた位置から見た方がきれいな物もあるんだよ」


「……なんだか奥の深い意味ありげな言い回しですね」


「意味なんて特にないよ」


 せっかく彼女のテンションを上げさせたのに落とすって俺はいったいなにをやってるんだ。

 仕事に集中だ。


「ここで写真を撮ろうか?ギリギリ東京タワー全体が写りそうだし」


「はい!京介さんから言ってくれるなんてとても嬉しいです!」


 いつもと違うライトアップを見てテンションマックスになってくれた。

 すると、ちょうどそこへご年配の夫婦が東京タワーから駅の方に向かうのか歩いてこちらに近づいてくる。


「記念に写真を撮るならわたしが撮りましょうか?」


 おばあちゃんが陽菜に声をかけてくれる。


「お願いします!」


 これぞお辞儀の見本と言わんばかりにきれいな姿勢で頭を下げる彼女。

 育ちが良いからといっても必ずしも礼儀正しいわけではない。

 きっと彼女自身が小さな頃から親の言うことを素直に聞いていたのだと思う。


 言葉は悪いけど見た目も良くて中身もともなってる女性か……

 こんなところで俺をレンタルなんかしてなければ完璧なのに。


「ほらほら、あなたももっと近くに。そんな離れていたら写らないわよ」


「きょ、京介さん失礼します]


「ふぇ!?」


 パシャ!


「うふふ、いい写真が撮れたわよ」


 満足そうな顔をして、おばあちゃんがなにやら陽菜に耳打ちをしている。

 すると彼女の顔がみるみるうちに先ほどとは比べ物にならないくらい真っ赤になってしまった。


 ご年配の夫婦にお礼を言って見送ると、陽菜のスマホにおさめられた写真が気になり見せてもらう。


 そこには写っていたのは、不意に彼女に腕を組まれて、なんともいえない柔らかい感触に襲われだらしない顔で写っている俺と照れ照れな表情を浮かべる可愛い彼女が写っていた。

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