第5話 5
「レンタル彼氏の前に別れさせ屋の依頼を京介さんにお願いしたのも偶然じゃありません。仕事ぶりを見かけたからなんです」
俺の仕事ぶりを見たという、彼女の言葉に嘘はない。
……やばい。はっきり言ってやばい。美咲さんにばれたら大変な事になる。
『別れさせ屋』は言わば影の仕事。
依頼人にしても周りに知られたくないので、お金を払ってでもプロに頼んでくるのだ。
だからこそ俺達『別れさせ屋』には守秘義務がある。
他人にばれるなんてもってのほかだ。
「ど、どこで……みかけたのかな?ひょっとしたら人違いじゃない?」
自分でも声が震えているのが分かるくらい動揺している。
今仕事を失うわけにはいかない。
「京介さんの顔を見間違えるはずありません!それは断言します。あまりにも衝撃的な場面を目撃してしまったので印象に残ってるんです。それで何事かと……好奇心で遠くからずっと見てました」
俺は観察されているのに気づかなかったのか?
しかもこんな世間知らずでド素人のお嬢さまに……
「そんな印象に残るような出来事なんてあったかな……」
別れさせ屋をやっている時なら思い当たることだらけだ。
どんなにカッコ悪くてもそれが仕事なのだから。
「大勢の前であの見事な土下座は見たことがありません。周りはドラマか何かの撮影だと思ってたようですが……」
あっ……それ、間違いなく俺だ。
前々回の依頼の時だな。
まんまと嵌められて羞恥心を捨てなきゃできない仕事だったのを鮮明に覚えている。
「あはは……そんな格好悪いところを知られちゃったか。みっともない姿を見られちゃったな」
「そんなことないです!あの女の人の為に一生懸命で……素敵でした。その後、『別れさせ屋』って言葉が聞こえてきて……ちょっと調べて。だからその後に、わたしの依頼を京介さんご指名で直接事務所へ伺ったんです。あ、でも仕事をお願いしたからルールは分かっているので安心してください。全部見なかったことにしますから」
いやいやいや、見た事実は絶対に消えないから。
嘘はついてないし秘密にしてくれるようだけど、念のため口止めできないかな。
それと別れさせ屋で指名されてたなんて初耳だ。美咲さんはなぜかなにも教えてくれなかった。
「ただ……お願いがあります」
「な、なにかな?俺のできる範囲ならなんでも言って」
お金が欲しいって言われなきゃ大丈夫。
「観覧車がだいぶ高い位置まで上がってきたので、あの……その……夜景をバックに一緒に写真を撮ってください!」
……なんだそんなことか。
なにか脅されるのかとビクビクしてしまった。
「それと……」
まだあるのか。
心臓に悪いから一度に言ってくれると助かるんだが主導権はむこうにある。
「またレンタル彼氏の指名をさせてください。他の方から指名が入って重なった時は、わたし優先で……お願いします」
陽菜しか『レンタル彼氏』の指名は入らないだろうし大丈夫だろう。
俺の方だけ一方的にメリットがあるけどいいのかな。
正直言えば『別れさせ屋』の方が仕事はやりやすいけど。
「そんなことでいいなら全然オッケーだよ。じゃあ写真を撮ろうか」
「やったー!!隣に座っておいてよかったです」
どうやら確信犯のようだ。
世間知らずと油断していたけど、あざとい部分もあってやはり女性は怖い。
そういえば彼女は人見知りじゃなかったっけ?
「よし、じゃあ念のため何枚か続けて撮るからね。ポーズを―――」
パシャ!パシャ!パシャ!
「……あ、お、え!?」
自分でもなにを言ってるか判らない言葉が出てしまった。
陽菜が取ったポーズは、俺の体に寄り添うようにして頭だけコツンと肩にもたれかかってきたのだ。
「恋人っぽく撮って欲しかったので……」
さすがに恥ずかしかったのか、スマホで撮った写真には顔はもちろん耳まで赤くなっている姿がおさめられていた。
……なんでこうなった?
オッケーしておいて今さら写真を消去してとは言いずらい。
それよりどうしても気になる事が。
美咲さんから手を繋ぐくらいまでは問題ないと聞いていたけど、今回はどうなるのだろうか?
体は密着しているけど……俺が触っているわけではない。
サッカーだってボールを肩で触ってもハンドにならないし反則じゃないよね?
ここでようやく美咲さんが言ってた意味が理解できた。
こちらが望まなくても、依頼人の女性は思いもよらない要望や行動を迫ってくることがあるのだと。
……レンタル彼氏ってやっぱり難しいな。
家に帰ったらひとり反省会をして、もっとネットで調べないと。
ん?違う違う。あくまでも俺は『別れさせ屋』が本業だ。
危なく引き込まれてしまうとこだった。
「あとで京介さんにも写真を送っておきますね」
「ああ……ありがとう」
美咲さんに見られたら、すぐ審議に入りそうだから断りたいけど相手はお客様。
あとで黙って削除すればいいか。
「あ、見てください!ほんときれい……」
俺が心配するのもよそに、陽菜は辺り一目に広がる夜景に感動している。
その光景を見つめる瞳が美しく輝いていた。
見つめるイルミネーションがうつりこんで輝いているのかはわからない。
しかし京介にはそうは思えなかった。
世の中には、本当に純粋な心を持った女性もいるのかな。
京介の中で光輝くイルミネーションよりも、形では現せないものがちょっぴり見えそうな気がした。
* * * *
「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」
「こちらこそ楽しかったよ。それより今回は初めてずくしで上手くエスコートも出来ないし、あまり気の利いた事も言えなくてごめん」
「うふふ、それが逆にリアルっぽくて良かったですよ。いかにもお世辞って感じはノーサンキューです」
今日一日で彼女もだいぶ打ち解けてくれた。
これなら変な男に騙されなければ、いい恋人がすぐにできるだろう。
彼女の家へ送りとどける途中の会話である。
あと5分ほどで家に着くようだ。
どうやら昨日のアイツはいないか……
たとえ待ち伏せするなら、おそらく1日だけ借りたあの部屋の前に行ってるだろうし今日のところは安全だ。
「あれが我が家なのでもう大丈夫です。それとも……寄っていきますか?ここからはプライベートの話になりますが」
「うーん、いろいろと問題になりそうだし遠慮させていただくよ。今日はありがとうございました」
「敬語だ……あーあ、終わっちゃった……。次回は最後まで夢をみさせてくださいね。それではおやすみなさい!」
彼女は小走りに行ってしまった。
あれ?最後の挨拶の仕方を間違えたかな。
言葉遣い?お辞儀の角度が足りなかった?
うーんよく分からないけど、なんとか終わったー!
家に帰ってビールでも――
駅に戻ろうと歩き出すと1台の赤い車が前からやってくる。
あまり大きな道ではないので端によると、それに合わせて車も止まった。
まさか仕返しか?
すぐに戦闘態勢に入れるようにじっと車のドアが開くのを待つ。
『別れさせ屋』は仕事の性質上その後も危険を伴う。
別れさせた対象者が事情を知って逆上し、報復に来る輩もいるからだ。
車のドアがゆっくり開き、中から女性の声がした。
「いま見た光景の説明をしてくれるかしら?あの可愛らしい子がまさか彼女なんて言わないでしょうね?とにかく乗りなさい」
「いや……仕事以外で他人の車に乗るのは―――」
「なに小学生みたいに誤魔化してるのよ。もう依頼は済んでるから」
「えー……またですか……自分で断ってくださいよ。うちは別れさせ屋なので」
「あら、美咲に仕事放棄って伝えてもいいのかしら?」
「や、やめてください!わかりましたから……。相変わらず麗子さんは強引なんだから……」
ようやく初の『レンタル彼氏』が終わったのに、面倒な人に捕まってしまったと思いながら京介は車へ乗りこんだ。
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