第4話 4

「うわー!見てください、ここにも大きなツリーがありましたよ!」


 陽菜が子供のように無邪気な笑顔ではしゃぎながらクリスマスツリーを指差している。


「さっきのツリーも良かったけど、こっちも綺麗だね」


 待ち合わせでは少しギクシャクしていたものの、その後は普通に会話もはずんでいた。

 去年の冬に浮気され、彼女と別れるまでは恋人がいたわけだし、女性とうまく話ができないわけでもないのでこれくらいはできる。

 

 お互い待ち合わせ時刻よりも早く来ていたので、彼女の希望によりちょっと遠出して俺の地元である隣の県にやって来た。

 元実家のある場所からは離れているけど、本音を言えばあまりこの地域にも近づきたくはなかった。

 しかし今回は依頼人の希望だから仕方がない。


 関東の中でも近場の観光地であり、12月のこの時期になるといろいろな場所で大きなクリスマスツリーやイルミネーションが飾られ、老若男女問わず人気のスポットになっている。

 きっと彼女も俺の地元というより、様々なイルミネーションが見たかったのだろう。


 大きな商業施設を出ると時刻は16時を回ったところで、すでに日が落ちかけていた。


「だいぶ暗くなってきたね。これからどうする?」


「イルミネーションもひと通り見ましたし、最後はあれに乗ってみたいです!」


 彼女の言っているあれとは、この地域でシンボル的な存在である観覧車だ。

 もともとは何年も前に開催された博覧会の出展施設であり、本来は博覧会期間内のみの運営予定であったが、会場内で最も人気が高かったことから博覧会終了後も運営されることとなり現在も不動の人気を誇っている。


「ちょうど夕焼けか、綺麗な夜景が見れそうだし乗ってから帰ろうか?」


「はい!」


 これくらい元気に返事をされると気持ちがいい。

 チケットを買い観覧車に乗車するための列へ向かうと、予想以上に多くの人が並んでいた。


「さすがにこの時期はイルミネーションが綺麗だから混んでるみたいだね。だいたい……30分待ちみたいだけど大丈夫?」


「二人でお話していれば時間はあっという間だからわたしは全然オッケーです。カップルがたくさん並んでて羨ましいので、わたしもその中の一組になりたいのですが京介さんはいかがですか?」 


 恋人達の中に偽物カップルとして並ぶのは少し気が引けるけど、彼女が恋人気分を味わいたいのならここは当然―――


「こんなに可愛い美少女と一緒に並べるのなら喜んで並ぶよ」


「!?……もう!からかわないでください!」


 からかったり嘘をついた覚えはないのに、陽菜の顔がみるみる赤くなっていき頬をぷくっと膨らませてしまった。

 本音を言っただけなんだが……


 実際、列に並んでいる男性たちの視線が、チラチラと横にいる陽菜に向けられていた。

 中にはその行動に気付いた彼女が肘でつついたり、あからさまに怒っているものもいる。


 それくらい彼女は良い意味で目立っているので、仕事とはいえ隣にいるだけでも悪い気はしなかった。



「この観覧車はだいたい15分くらい乗るみたいですし、並んでる時間も含めてたくさんお話できますね。あ、でも……電車での移動時間を考えると時間がなくなってしまいそう……」


「それなら問題ないから安心して。俺が勝手に待ち合わせ時間の30分前に行ったわけだし、帰る頃にはもっと暗くなるからちゃんと家まで送っていくよ。だから陽菜は時間を気にしないで大丈夫」


 美咲さんからは、初任務だから絶対に失敗は許されないと脅されている。

 

 そして気になる事がひとつ。


 『別れさせ屋』をやっている俺の経験から、昨日暴れてたアイツが翌日になって、また陽菜の前に現れる可能性が非常に高いのだ。

 しかし、そんな心配をさせるわけにはいかないので胸にとどめておく。


「も、もう!あまりわたしをドキドキさせないでください……。京介さんはやさしすぎます。時間外労働になってしまいますよ?」


「お、俺がやさしい?やさしい人間はあんな仕事できないよ」


 あんな仕事とはもちろん『別れさせ屋』のことである。

 理由はどうあれ、対象者を別れさせるのだから片方、場合によっては両方に悲しい思いをさせるのだ。

 それを平然と処理できる俺がやさしいわけがない。


「そうでしょうか……」


 なにか言いたげな彼女だけど、それ以上はなにも言わなかった。


「家に着くまでが遠足だから気にしないで」


 もちろんこの場合、明確な規定はないけど別れさせ屋のアフターフォローも含まれてるので勤務時間内だ。


「うふふ、それではお言葉に甘えさせていただきます」


 俺の顔を下から覗き込むように顔を近づけて微笑んでいる。

 

 ち、近いからやめて欲しい。

 彼女に警戒心はあるのだろうか?

 

 周りの男どもから刺さるような視線が容赦なく降り注ぐ。

 心配しなくても彼女じゃないから、嫉妬はやめてくれ。


 そこからさらに会話をしながら列を進んでいくと、ようやく観覧車に乗る順番がやってきた。


「やっぱり30分近くかかってしまいましたね。わがまま言ってごめんなさい」


「これがわがままなら、ここに並んでるほとんどの人がわがままな人になってしまうよ」


 ここに並ぶ大抵のカップルと違い、お金を払ってるわけだから、わがままでは決してない。


 先に観覧車に乗り込み椅子に腰をかける。


「!?」


 え?


 うそ?


 まじか?


 あとから乗り込んできた彼女が、当たり前のように隣に腰を掛けてきたのだ。


「だ、だめでしょうか?」


「俺はかまわないけど、あまり男性を信用しすぎるのはよくないと思うよ」


 こんな狭い空間で、ここまで無防備だと本物の彼氏ができた時に心配だ。

 『別れさせ屋』の仕事で知り得た、彼女の境遇を考えると……


 陽菜の父親は会社を経営し、裕福な家庭を築いている。

 一人娘である彼女は小さな頃から人見知りが激しく、小学生の時はおとなし過ぎてよく男子にちょっかいを出されていた。

 その為、男性に対して苦手意識が生まれ、中学、高校、大学と一貫教育である女子校へ通ったそうだ。

 

 そんな娘を心配した父親が、自分の部下の息子を紹介して知り合ったのが昨日のアイツだ。

 もともと乗り気でなくても、心配する父親の紹介では簡単に断ることが出来なかった。

 そして2週間が経ち、やんわりと断ってもなかなか諦めてくれず『別れさせ屋』へ相談に来たのだ。


 身辺調査を進めていくにつれ、彼の素行に問題がありいろいろと判明していく。

 カッとなるとすぐに手が出る暴力的なところがあり、高校時代には警察に補導されている。

 さらに金遣いが荒く、今回紹介された相手が社長の娘なので、将来は楽して金持ちになれるかもしれないと友人たちにふれまわっていた。


 ここまででもかなりの問題児だが、俺が一番許せなかったのは彼女に対して嘘をついたことだ。

 依頼から1か月が過ぎ作戦も大詰めに入ると、事務所が用意した偽のひとり暮らしの部屋で聞いた言葉『お前の事が好きだ。結婚を前提に付き合って欲しい』。


 嘘が見抜ける俺にはそれが許せなかった。

 男性経験がない彼女に、2度と消えないトラウマを植え付けようとしている。

 彼女の気持ちも考えず、将来を語る姿が許せなかった。彼女は金持ちになるための道具ではない。

 

 そして……嘘をつかれる姿に、自分を重ねてしまったのだ。


 気づけば段取りを無視して俺は隣の部屋から飛び出していた。


「彼女は俺の大切な(依頼人)人だ!俺が彼女を守るからお前に用はない!」


 多少は誤解を招く言い方だけど、別れさせ屋として嘘は言っていない。

 当初の予定では1ヶ月かけて彼に男の存在を匂わせていたので、ゆっくりと部屋から現れ丁寧にこれ以上彼女に関わらないでくれとお願いするはずだったのだが……


 そして結果は暴力を受けて、証拠のビデオも撮り逆上して出て行ったというわけだ。


 結果オーライだけど『別れさせ屋』として完全に失格である。


「京介さんは信用してますから」


 困ったな……

 世間知らずにもほどがある。

 よりによってお金しか信じてない俺を信用するなんて……


「レンタル彼氏の前に、別れさせ屋の依頼を京介さんにお願いしたのも偶然じゃありません。仕事ぶりを見かけたからなんです」


 なにそれ?それは初耳なんだけど……まずくね。

 ただただ驚きの表情を浮かべる京介だった。

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