第12話 猫の日

 リビングでうとうとしてふと目を覚ますと、大きな毛玉が隣にいた。

 ⁈ 何だこれ──と思ったら、ソレが

「うーん」と伸びをしてゴロンとこちらを向く。

 え…? これはネコ? しかも、人ぐらいの大きさ⁈

「でかっっ‼︎」

 思わず大きな声を上げると、うっすら目を開けた。

「…ん? 何なんニャ一体…」

 猫がしゃべったーーー⁉︎

 何だこれは、ドッキリか? こんな大きい品種なんて普通いないよな、というか何でこんな所に動物が……どこから入ってきたんだ⁇

 俺の頭上にクエスチョンマークがいくつも浮かんでは消える。


「どうしたんですニャ? 生田いくたさん」

「何で俺の名前を知ってんだ⁈」

「当たり前ニャないですか。上司だし」

「はっ⁇」

「寝ぼけてます?」

と、猫は首をかしげる。


 え、嘘 かわいい…… と、ありえない状況で俺は考える。

 いや、それよりまずこの事態を把握はあくしなくては。


「俺の顔を忘れたんですニャ?」

「猫に知り合いなんかいない」

「何言ってんですニャ。成瀬にゃるせですよ」

 猫は会社の同僚の名前を言う。

「はあ⁈」

 そういや、こいつは彼の髪と同じ赤い毛並みをしている。声も似ている気はするが──

「ちゃんと起きてますニャ?」


 いやいや、まず自分の姿を見てみろと鏡を手渡す。

 奴は肉球のある手で器用につかんでのぞき込むと、全身の毛をギャッと逆立てた。

「えっっ⁈ これが俺ニャ⁉︎」

とショックを受けている。

「あ……手が肉球でできてる? え、オレ毛だらけニャ?

 わ、耳も猫耳……しっぽまでって。どうなってんニャ?」

 奴はようやく自分がどうなっているのか理解し、混乱している。毛並みで見えないが、青ざめているようだ。喋り方も変な事にさっきまで気づかなかったらしい。


 俺は眉間を手で押さえ、ふうと息をく。

「まあ、そう気を落とすな」

 そう言って奴の背中をなでる。と、その感触に驚いた。

 とても触り心地がいい。毛艶けづやがよくてすべすべしている。気持ちよくて、つい何度もでてしまう。

 見ると、奴も目をつぶって撫でやすいよう心もち身を寄せている。喉を小さくゴロゴロ鳴らしているようだ。こいつも気持ちがいいのか……

 撫でながらふと思いついた事があった。

「なあ、ちょっとお願いがあるんだが」

「何ですニャ」

「その……抱きしめてもいいか?」

「ニャ?」

「いや……一回でいいから」

 我慢できなくて、両腕をその体に回した。


「あ、ちょっと」

 奴は身を引こうとするが、そのまま顔を寄せる。

 うわー、めちゃくちゃ気持ちいい……体全体にもふもふの毛皮が当たっている。あったかい──

 息を吸うと、お日様の匂いがした。ここは極楽か、それとも桃源郷とうげんきょうか。たまらず、顔を毛の中に埋め込んだ。


 夢見心地でいた俺に、

「そろそろ離してくださいニャ……」

と遠慮がちに声がかかる。

「あ、すまん」

 あわてて手をはなす。はあ……気持ちよかった。


 彼は相変わらずしょんぼりしている。

「原因は何だろうな」

「分かんニャいっす」

「何か変なものでも食ったか」

「いや、そんな事はニャいと……」

 思案しながら猫成瀬?が言う。耳を伏せ、しっぽをくるりと体に巻きつけている。分かりやすいなと心の隅で思った。


「仕方ないな。これから元に戻る方法を探そう。俺も協力するから」と、その背中をなでる。

 その感触がよくてまたうっとりする。これは中毒性があるな…気持ちいい……

 しだいに意識が遠くなっていき、ふと我に返った。


「……」

 俺は自宅のソファに座っていた。どうやらうたた寝をしていたようだ。

 右手を見ると、ソファの毛足の長い上掛けを触っていた。

「夢か……」


 しかし、いい夢だった。できればもうしばらくめたくなかったが。

 猫成瀬……よかったな。冬は暖かそうだし、いやしにもなりそうだ。喋り方もかわいかったし。可能なら飼ってみたいなどと寝起きの頭でぼんやり考えた。


  了

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