第9話 battled(お題 ここで告白が成功したカップルは永遠に幸せになれる伝説を持つ樹の下で殺しあう男と男)


 五島ゴトウは足を引きずりながらある方向へ向かっていた。俺はその後を急ぎ足で追う。

 彼はある犯罪をおかし、何人もの命を奪っていた。俺は犯人を特定し、担当から外されたのに同僚が止めるのも振りきってしつこく奴を追っていた。

 用心深く潜んでいたが、協力者の手助けもあり捕捉してあと少しという所まで追いつめていた。

 先程別の同僚とやり合ったので、かなり重傷を負っているようだ。このまま放置しても絶命するかもしれないが、何らかの助けがあって万が一でも生き延びたりしたら厄介やっかいだ。この手で確実に仕留めなければ。


 奴はなだらかな斜面をのぼっていた。丘というより、小さな山になっている。

 もしかしたら、俺をここに誘い込んで罠にかけるつもりかもしれない。手負いとはいえ相手は凶悪犯だ。周囲をうかがいながらその後を注意深く付けていく。


 あたりはのどかな風景が広がっていたが、それをながめる余裕もない。

 夕闇がそこまでせまっている。早く決着をつけないと逃げられる可能性がある。俺はこの邂逅かいこうで必ずとどめを刺そうと心に決める。


 丘の上まで登りきると、立ち止まってこちらを見つめていた。

 俺は再度気を引きしめながら近づいていく。

 顔を視認できるほどの距離になり、いったん歩みを止めた。


 若干顔色がわるいようだ。血痕が所々にあったから、出血がひどいのかもしれない。


「……君も本当にしつこいなあ」

 笑いながら奴は言う。

「性分だから仕方がない」

 用心しながら返事をする。

「ねえ、剣崎ケンサキさん」

 奴がまた口を開く。

「…何だ」

「なんで君をここまで連れてきたのか分かるかい」

 俺は一瞬緊張する。やはり罠だったのだろうか。

「…この木の下で告白して、両想いになったら永遠に幸せになれるらしいよ」

 頭上に枝を広げる大樹を見上げながら奴はそう言った。


 俺は一瞬混乱する。

「……そうかい」

「僕は君が好きだけど、君はどうだい」

 いきなり何を言い出すんだ?こいつは…何かの作戦か?

「――言っている意味がわからんな」

「そのままの言葉のとおりだよ。裏なんかない」

 うすくほほ笑みさえうかべて奴は言った。

「……俺はお前を絶対に許せない。ただそれだけの事だ」


「……そうか…残念だな」と嘆息する。「なら……やっぱりこうするしかないね」


 そう言って、怪我でふるえる手で拳銃をかまえる。

 俺も呼応するように片手にもっていたそれを両の手で持ち直し、狙いを定めた。


 一瞬の緊張が走った後、二つの銃声が続けざまに辺りにとどろく。

 鳥たちがバタバタと羽ばたき、飛び去っていった。

 その後はしんと静まり返り、何も物音がしなかった。


 俺はまた奴が撃ってくるのではと身構えるが、倒れ伏したまま動こうとしない。

 いつでも発砲できるようにしながらゆっくりと近づいていく。

 そして頸動脈けいどうみゃくにそっとふれる。…かすかだがまだ少し命は残っているようだ。再度とどめを刺そうと撃鉄げきてつを起こす。


 その瞬間、フラッシュバックのように脳内で、見知らぬ男と女性が笑いあう光景がひろがった。彼らは仲睦なかむつまじくボートに乗ったり、言い争いをするシーンなどが次々と浮かぶ。


「?! な…」

 何だ、今のは…?

 …そして俺は、彼らの事を知らないはずなのになぜか知っている。


「まさか……」

 と、五島ゴトウがわずかに身じろぎをした。ハッとしてそちらを見やる。


「……まったく……思い出すのが遅いね、ユウキは……」

 そう言ってフッと笑う。それは、さっき幻視した二人の男の方の名前だった。

 俺は何かをいいかけようとする。しかし、彼はすでに事切れていた。


 それは、俺と彼の前世の記憶だった。俺たちは将来を誓い合った仲だったのだ。…そしてその直後に戦争がおこり、離ればなれになってしまった。


「ああ……」

 思わず自分の口から声がもれる。

 俺は、過去の最愛の恋人をこの手にかけてしまった……

 ショックで身体中の力が抜けていく。

 後悔がどっと押しよせるが、すでに時は遅くそれは手からすべり落ちてしまう。


 辺りに絶叫と悲嘆の声が響いた。

 けれども、それを聞くものは他に誰もいない。

 夜がもうそこまでせまってきている。そして、すべてが闇につつまれた。


  [了]

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