第8話 お題 イマジナリーフレンド

 学校が終わってぼーっと一人で帰っていると

「おまはん、おまはん」という声がした。

 辺りを見回すと、何か小さい人のような物が目の前にいる。背中には虫のような羽が生えていた。


 ……なんだ? これは。幻覚か? 目をこすってみるが、消えるどころかパタパタと近づいてきた。

「わっちに見覚えがありやせんか?」

などと言っている。

「いや……全然」

 …つい話してしまった。大丈夫かな。魂を取られたりとかしないだろうか。

「そうですかい……」

となんだか残念そうだ。

「君、何なの。幻覚? それとも想像上の友達かい?」

「なんですかいそりゃあ」

「自分が作った人物だよ。本当は実在しない」

「わっちはせみの妖精でやんす」

「……はあ?」

「イマジナリーフレンドが好きならそれでもええですけど」

「べつにそういうんじゃ」

「それなら人間強度が下がらんとか?」

「……!」

「いや、その手があったかみたいな顔をされても」

「…なんでそんな事に詳しいの?」

「あっちの世界でちょっと仲良くなったある国のおひいさんが、そういう話をされていてですね。その方のしもべがそう言っとったと聞いた事があったんで」

 ふうん、と思う。変わった人がいるもんだ。


「で、蝉の妖精?が何の用だい」

「わっちはおまはんに命を救ってもらいやした。半年前に、猫に捕まっとった所を助けられたでやんす」

 そんな事したっけか……? セミは夏の終わりにたくさんいた気がするけど。

「まあ、わっちがお礼を言いたかっただけやからええんですけどね……」

「お礼って、 何かしてくれるの」

「わっちは神さまにこっちに来さしてもらうだけで精一杯で、何かお願いを叶えるとかはでけしまへん。でも、出来る事やったらええですよ」


 僕は考えこむ。セミでできる事ねえ……

「あ、そうだ」

 ある考えが頭にひらめいた。

「君を口の中に入れてみてもいいかな」

 とたんに妖精の顔が、ギチッと固くこわばった。

「わっちを食うってことですかい……?」

と言いながら、若干じゃっかん距離を置こうとしている。


「そうじゃないよ! 小さい人を口に入れたら、どんな感じかなって前にちょっと思った事があったから――」

と説明している僕に、疑いの眼差しを向けた。

「おまはんは変わった性癖せいへきを持っとりますね」

「別に……! 絶対って訳じゃないしー。 好奇心で言ってみただけだから」

「残念でやんすが、わっちは実在せんので無理でやんすね」

「そうか、しょうがないな」

と言いながら、妖精の羽をつかんでみる。指先にたしかな感触があった。


「…さわれるぞ」

「いや、これは――」

 妖精は気まずそうに口ごもる。

「幽体化もできるという意味で……アブラゼミの兄弟なんかは普通におまはんの仲間にようけ食われとりますし、そいはちょいと……」

「食べないけど、ムリ?」

「そうでやんすね……すんません」

 ならあきらめるか…

「そういや、なんでそんなしゃべり方なの?」

「わっちの母ちゃんが岐阜生まれでして。うっかり長距離トラックに止まってここまで来たんでやんす」

「ふうん」

「他に願い事とかないんすか。あ、ほんまに友達になりやしょうか?」

「……いや、いいよ」

 頭のおかしい奴だとみんなに思われたらかなわない。などと考えているうちに、妖精の姿が薄くなってきた。


「なんか君、変じゃない?」

「……あっ! もう時間でやんすか」

「制限時間なんてあったの⁈ そういうのは早く言ってー!」

「すんません。お礼だけ言うとこ思っとったんで……」

 と言っている間も、しだいに見えなくなっていく。


「ほんまおおきにー」

 そう言いながら妖精は消えていった。

 ――やれやれ。期待だけさせといていなくなっちゃったよ。

 まあいいかと僕は空を見上げて冷たくなった指先にハア、と息を吹きかけて温めた。


  了


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