第3話 52hzのクジラ(お題 任意の言語)

「指輪物語は知っているか? あれはトールキンが独自の言語を作ってから、それを使う種族や彼らが活躍する話が作られたんだ。」

と、ケイが得意そうに話し始めた。

 今、俺たちは言語についてディスカッションして結果を発表するという授業を受けている。


 通常は高校ではあまりそういう事をしないが、うちの学校はカリキュラムに特色を出したいのか月1、2回ほど行っていた。

 俺はそこそこ仲がいいケイとユウの3人でテーマについて議論を始めた。

「へえ。ならキャラクターや話が先ではなく、言葉が先だったのか?」

とユウが質問する。

「そうなるな」

 トールキンマニアであるケイは腕を組みながらうんうんと頷く。


「でも、それっておかしくないか? 使う者が先だろう、普通は」

と俺は尋ねた。

「そうでもないな。聖書でも世界は言葉が先に生まれている」

と家族全員がクリスチャンのユウが、眼鏡を人差し指でカチャリと上げながら発言する。


「そうなのか」

「ああ、新訳聖書の中のヨハネの福音書に『はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった』と書いてある」

 まあこれは、言葉はすなわち神でありこの世界の根源に神がいるという意味らしいが、とユウは付け加えた。


「でも神様って本当にいるかわからないよな。なら、人が先なんじゃないのか? 言葉を使うのは人なんだから」

とケイは反論する。


「言語を話すのが人とは限らないぞ」

と俺は発言を始めた。

「クジラは歌を歌って仲間と交信するが、それはとても複雑ですべての物事を余すことなく伝えられるそうだ」

 俺は海洋生物が好きで、それに関する図鑑などをずっと見ていられる性質たちなのだ。

「へえ…」

 ケイが興味を持ったようにこちらを向く。

「色や味なんかも?」

「たぶんな」

「なら、クジラは人より優れているという事になるのか? 人間の言葉は全てを伝える事は不可能だ」とケイが聞く。

「ある意味そうかもしれないな。だが、彼らはそれほど知能は高くないようだ。脳も人間は1、5㎏ほどで彼らは2~9㎏ほどらしいが、体重との比を考えるとそれほど大きくはない」

「なら、どうしてすぐれた言語を持っているんだ」

「人は言葉の他にも音楽や絵、演劇やダンスなど伝える方法が様々じゃないか」

「まあ――そうだな。みんなが全てを使えるとは思わんが」

 ケイはそう言って、あごに手を添える。


 俺は壁の時計を見上げた。

「そろそろ時間だな。まとめないと」

 俺たちは気になるワードをノートに書き出し、相談しながら次のように発表することにした。


 ――言語はコミュニケーションの手段として有力だが、人類は音楽や絵画など様々な伝達手段を持っている。また、動物なども言語ではないが鳴き声などで意思を伝えあう事ができる。


「こんなんでいいか」と俺は2人に聞く。

「「おう」」


「なあ、これとは別に新しい言語ってのを作ってみないか」

とケイが言い出した。

「なんだそれ、おもしろそうだな」

 ユウが身を乗りだす。

「ヴァグナリウムって知ってるか」

「……何年か前にSNSで聞いた事があるな」

と俺は記憶をたどってみる。

「そうだ。ある人が昔二つ名を作っていた話をして、その世界観を発表したんだ。その人はその世界の言語なども創造していた。

 そしたら興味を持った人たちが集まってきて、ヴァグナリウムの話をみんなで作っていったんだ。

そういうのをやってみたいんだ」

「いいな、じゃあやってみるか」

「今日ミハルの家に集まろうぜ」


「またウチかよ」

 俺は不平を言う。

「しょうがないよ、君の家は俺らの中で一番行きやすい場所にあるから」

とユウが言う。

「分かったよ。ならいったん帰ってから来いよ。母さん、そう言うのうるさいから」

「オッケー」とケイが嬉しそうに言う。

「また放課後な。よさげな資料とかあったら持って来いよ」


 俺はしぶしぶというていをしながら、心の中は期待と興奮に満ちていた。

 ちょうどその時、ディスカッションの終了を告げるチャイムが鳴った。


  了






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