独白と云う名の幕間

 ――怖い。刃を握る事に躊躇いの無い自分が怖い。

 高校の生徒会室で有希達の喧嘩を止める時に久々に短刀を握ったけれど、簡単に刃を振るえる自分が恐ろしく感じてしまう。

 友を守る為に刀の前に割って入った。自分を守るの為に他者の腕を簡単に落とした。町を守る為にバケモノを容易く斬り伏せた。理由さえあれば、誰かを殺す事だって簡単に出来てしまいそうな自分が心底嫌になる。

 何も守れない自分は嫌だ。殺すしか能の無い自分は嫌だ。嫌だ嫌だと繰り返して、何度も何度も自分を呪う。

『…本当にごめんなさい、黒羽さん。私が怯えてしまったせいで、悪い退魔士に利用されたんですよね』

『気にしないでください、卯野さん。知ってる人の腕が目の前で斬られたら誰でも怖くなりますって』

 あの後、夜叉討伐の件の遠因となった卯野から謝罪をされた。事件を整理すると本家に相談した卯野を蛇神の退魔士が利用する形で討伐依頼に繋がったらしいが、根本の原因は結局僕になってくる気がする。暴霊獣の霊薬を祓う為とはいえ、四肢が飛ぶのはあまりにも絵面が酷い。少し考えれば分かるような話だと店主にも言われたけれど、恐らく自分一人ではそんな思考には至らなかっただろう。誰かの首が当たり前に飛ぶ世界で生きてきた自分には、そんな配慮なんて。

「…こんなだから救えないんだ、僕は」

 自己嫌悪を繰り返す。救いたいのに救えない理由なんて単純だ。無意識に人の心を傷付けるような愚者が、誰かを救いたいなんて思ったところで無理な話なのだ。救わなきゃと伸ばした手で引っ掻いて傷付けて、なんてオチが目に見えている。そんなわたしは、救おうとしない方が傷付けずに済むのだろう。分かっている、分かっているのに。

「…救えた試しなんて一つもないのに、見て見ぬ振りなんて出来ないからって」

 自室に籠もり怨嗟を重ねる。そう言えば討伐依頼が出た時にわたしは凶悪犯として知れ渡ったんだっけ。それなら外を歩くだけで他者を傷付ける事になってしまう。当然それは本意じゃない、なら熱りが冷めるまでもう少しだけこのままで、なんて。

「………凪。有希ちゃん、来てるわよ」

「…合わせる顔がない。わたしのせいで迷惑掛けたのに、どんな顔して会えばいいの」

「…だって。ごめんね、いつもの自己嫌悪が長引いてるみたい。…うん、気が向いたら喫茶に降りてくるように言っておくわね」

 時が解決してくれる事もある、と誰かが言っていたけれど、わたしの心は七年前からずっと壊れている。割れたガラスを繋ぎ合わせても決して元には戻らないように、わたしの心も戻らない。ただ繋ぎ合わせて普通のフリをするのが精一杯なのに、この前またボロが出て。

「…救えないわたしに、意味なんて無い」

 ―けれど、それでも。そう何度も言い聞かせ、一週間振りに扉を開く。

「あ、良かった!まだ有希ちゃんいるから、一緒にご飯食べたら―」

「少し人と会ってくる。留守はお願い」

「………え、ちょっと、凪?」

 ―今迄の長々とした言い訳は全部捨てていく。散々腐ってきたのに、これ以上の停滞なんて必要無い。今の自分に必要なのは、きっと。

「久しぶり、黒羽く…ってちょっと!?何処行くの!?」


「…姫様、お出掛けですか?」

「えぇ。…この前の件で、少し」

「…夜叉の討伐依頼ですか。それなら私も」

「雀さんは留守をお願いします。これは、私一人で赴くからこそ意味があるのです」

「………恐れながら、姫様。行先を聞いても?」




「…白部のお姫様と、会ってくる」

「夜叉の彼女と、お話してきます」

 ―何も為せなくても構わない。けれど停滞は赦されない。

 今の僕達に必要なのは、前進という事実だけ。

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