覚醒前夜・エピローグ

 ―突如として錆鉄の乙女と日辻の退魔士を襲った怪物、白部組はソレを人でも妖でも無い未確認型妖魔個体と認定。その怪物は退魔士の持つ魔力に依る力を備えた識神シキガミと呼ばれる使い魔、その特徴に類似している事から、白部の姫は怪物を〈暴走識神仮定霊獣ぼうそうしきがみかていれいじゅう〉、即ち〈暴霊獣ボレズ〉と命名した。

「それで、姫様。あの禿ハゲは何か吐きましたか」

「『魔力妖力暴走薬シンカロン・ブースター』。山川と名乗る科学者はそう言っていました。魔力を持たないモノに使えば魔力を与え、既に魔力、及び妖力を持つモノに使えばその性質を引き上げる薬だと。…日辻の退魔士の証言と照らし合わせた結果、前者に関しては裏が取れました」

「姫様!?日辻の退魔士と接触されたのですか!?」

「必要な事でしたので。…端的に言えば、怪物を作る薬って事です。今回のケースだと発電機を核に暴走薬ブースターを打ち込む事で放電能力を備えた巨躯の怪物を作りだした。…そこまではいいんですけど、少し気になる事が」

 そこまで言って、白部の妖を集めた稲妻の姫は黙り込む。現時点では暴霊獣に関する手持ちの情報が少なすぎる。各地の類似現象の記録を掻き集めている現状で、「暴霊獣とは例外無くこういう存在だ」と明言するのは可能な限り避けなくてはならない。この特性が今回の発電暴霊獣特有のものなのか、それとも全ての暴霊獣に当て嵌まる事象なのか。目撃者も居合わせた退魔士も極めて少ない以上、下手な推測を仮定に持ち込む事は出来ない。

「…姫様?どうかされましたか?」

 ―けれど、それでも。錆鉄乙女が戦ったのに私だけが安牌を切るなんて、そんな事はしたくない。

「…被害者は、怪物なんて視えなかったと証言しています。それと錆鉄の彼女も、最初は暴霊獣をただの発電機と認識していたと」

「それって」

「…あくまで推測ですけど、恐らくは。暴霊獣の身体は一部の人間には視認出来ず、ただ怪物の核となったモノだけが視える。もしこれが事実だとするならば、気付いて備えられる災害よりよっぽど厄介ですよ」




 目が覚めた時に私の瞳に映ったのは、一日振りの病院白天井。確か私は発電機の魔獣に襲われて、抗って、確か―

「…そうだ。眼鏡、眼鏡…」

「壊れてたよ。アレ高いのに残念だねぇ」

「…ひつ、じ?壊れてたって、もしかして―」

 聞き慣れた声を耳にして、不意に目元を前髪で隠す。眼鏡が無ければ人の顔も見られないのに、よりによって今壊れてしまうなんて。拙い、とても拙い。

「…大丈夫だよ。有希の魔眼、前みたいに暴走とかしないから」

「でもまだ不安定なの、無いと困るのよ。さっきだって不意の発動で貴方も巻き込んだ。…あと、眼鏡無かったら人の目見て会話出来ないし」

「…あー、そうだったねぇ。オッケー、今回は事故みたいなものだし僕の方からオーダーしておく。アンダーリムの魔力遮断でいい?」

「…ええ、悪いわね」

 謝罪を口にして改めて自らを悔いる。今まで人間関係の九割を無関心と拒絶、理不尽の九割を虚言と暴力で片付けてきたツケが漸く回ってきたのだろうか。ただ今回に関しては他者を信用しない性格が幸いした結果の生還だと思うとそれはそれで複雑なのだが。

「…それにしても、ボレなんとかってやっぱりアレよね。確実に私と日辻狙いよね。多分この前の誘拐事件の件で虎の尾でも踏んだかしら。…これからも続くのかしらね」

「…有希、笑ってない?」

「嘲笑うに決まってるでしょ。やっぱり私の勘は正しかった。アイツらを裏で操ってる何者かは何処かにいるし、今だって悪事を企んでる。…私は悪を赦すつもりは無いし、見逃せる程優しくは無い。なら、不本意だけど進むしか無いでしょう?」

 ベッドの上で錆鉄は嗤う。錆鉄色の前髪の隙間から覗かせる黄金の瞳を鋭く妖しく輝かせ、乙女は望みを胸に抱く。

「…或る少女は救う為に戦った。或る剣士は忠義の為に戦った。ならば私は私の為に戦うわ。私を証明する為なら、この眼も退魔士の立場でも何だって使ってみせるわ」

「有希って本当に自分勝手だよねぇ」

「当然。だって、私の心に従う事こそ私の証明だもの」

 ―私立千羽高校一年生、後に蛇巫女へびみこと呼ばれる蛇眼の退魔士。謀略と悪辣に満ちたこの世界に、錆鉄乙女は足を踏み入れた。




 ―私は日記を付けるような柄ではないのだけれど、飽きるまでは記録を付けていこうと思う。

 私が此方の世界に踏み込んだ以上、今回のように記録媒体を求められる場合もあるだろう。ならば報告書を書くついでに保管用の非公式文書の一つくらい、自分で見返すために記すのも悪くない。

 全てが終わって何年か、もしくは何十年後か。忘れた頃に取り出して、そんな事もあったと過去に浸るのも乙なものだ。全て忘れて、消えて、蒼の海に還ったとしても、私が走り抜けた記録だけが遺ったとしても。


 ―私は、羽生 有希は、私の詩を詠うのだ。

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