第3話 サイト篇:共和国追放

「お前を国外追放処分とする!二度と共和国の地を踏むことは許さん!」


 その判決を言い渡されたのが数日前。


 〈俺〉は国境の砂漠まで運ばれ、そこで元部下だった男たちに捨てられた。


「……サイト隊長、今までありがとうございました」

「もう、会うことはないでしょう。これは餞別です」


 部下たちはそのまま去っていく。せめてもの慈悲か自決用か、一本の剣を残して。


 俺が剣を取って立ち上がり、砂漠を歩き出したのはそれから1時間も経ってからだ。


 砂漠は容赦なく俺の身体から生命を吸い上げていたが、俺の生命は今までかつてないほどにたぎっていた。


 生きる目的があるからだ。立ち上がったのも、今歩いているのもそのためである。


 その目的は一つ。


(復讐してやる……!!!俺をこんな目に遭わせた奴に!)


 俺の眼からは、血の涙が滲みあふれていた。


 共和国は国王を持たず、民が選挙によって定めた議会によって政治が行われている。そのため、軍の中でも一部の優秀な者は、その議員の護衛を任されることとなっている。


 俺もその一人であり、議会の中でも強い力を持っているダール侯爵の護衛を担っていた。


 だが、俺は貴族というものがどうにも好かなかった。


 議会の中では常に派閥争いが繰り広げられており、議員同士で命を狙いあうなど、よくあることだ。


 ダール侯爵はその中でもかなり過激な男で、俺も侯爵の命で政敵を暗殺したことがある。今回の追放では、それも余罪となっていた。


 騎士同士で殺し合いをすることも多く、俺は貴族の護衛任務が嫌で仕方なかった。


 だが、それを俺は耐え続けた。


 いや、今も耐え続けている。


 妻と息子のためだ。


 妻のサヨは幼馴染だった。同じ町で育ち、恋に落ち、結婚し、息子のシンヤが産まれ。


 俺の人生はこいつらを守るためにある。


 そう、思っていたのに。


 あふれ出る血の涙が止まらなかった。俺の歩く砂漠には、いつの間にか血で道ができている。


 だが、それは俺の血ではない。


 砂漠にすむ魔物や盗賊などの死体が、血の上に無数に転がっている。


 部下から受け取った剣を血で染めて、俺は砂漠を歩き続けた。


「……サイト隊長、あなたをサヨさん、シンヤくんの殺人容疑で逮捕します」

「……何?」


 任務での遠征から帰った時、俺は部下にそう言われ、投獄された。


 尋問などを受けることはなかった。向こうも俺が犯人ではないことなどわかっている。


 あくまで、「俺が殺した」ということにしておきたいのだろう。


 そして、流れるように裁判が始まった。


 裁判が始まった時の俺は、家族が死んだことを、まだ実感できていなかった。


 だが、法廷に立った俺の目の前に、2人の遺体が並べられていたのを見た時。


 俺の心は、どす黒い怒りに染まった。


「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺を陥れた奴は、ここで俺の心が壊れるのを見たかったのだろう。


 そして、それを期待し、ほくそ笑んでいる奴がいた。俺が護衛していたダールだ。


 俺はダールへと跳びかかった。無数の護衛に取り押さえられたが、そのうちの何人かを叩きのめした。


 だが、ダールへと俺の怒りが届くことはなかった。


 あの時の奴の俺を見るときの汚い笑みを、俺は一生忘れないだろう。


 そして、俺は法で裁かれ、国外の砂漠へ追放となった。共和国には死刑がなかったのだ。


 怒りに燃え、復讐に燃える俺だったが、すぐに共和国に戻るわけにもいかない。


 俺はとにかく砂漠の向こうにある集落へ向かうために、ひたすらに歩き続けた。


***************************


 俺が砂漠を歩き続け、集落にたどり着いたのは、砂漠へ追放されて3日後だった。


 剣1本で魔物や野盗をことごとく殺しつくし、血まみれの姿で現れた俺を見た時、集落の者は腰を抜かしていたが、俺にはそんなことは関係ない。


「……み、水……」


 傷だらけ、血だらけの俺がそう呟くと、集落の者は走り出して逃げ出してしまった。


「ま、て……」


 そう言うと同時に、俺は倒れた。


 もう、足が動かない。視界もぼやけている。


 砂漠にあった植物の汁をすすり、だましだまし歩いてきたが、さすがに限界が近い。


 ぼやける視界の中に、水袋が落ちてきた。


 力を振り絞り目を向けると、俺を見下ろす女がいる。


「……飲めるかしら?」


 俺は水を飲もうとしたが、もう指一本動かせなかった。


 女が首を動かすと、彼女の後ろから屈強な男が現れる。


 そいつらは、俺を担ぎ上げると無理やりに水を飲ませた。


 乾いた喉を通り、水が俺の全身に染み込んでいく。


「……あなたに話があるの。そのまま運ばれてちょうだい」


 俺はそのまま女の歩く方向へと運ばれることとなった。


***************************


「……恐ろしい回復力ね」


 女が呆れたように俺を見つめながら言う。当の俺は、ベッドに横たわりながら自力で食料を腹にかきこんでいた。


「……助けてくれたことには感謝しているが、どうしてこんなことを?」


「あなたの噂はかねがね聞いていたのよ。共和国の魔法騎士サイトさん」


「お前は?」


「私はクート。しがない人間よ」


 クート、と名乗る女は、美しい女だった。普通の男なら二度見するほどの美貌に、服の上からでもわかる豊満な肢体。赤い髪が目立つ、そんな女だ。


 だが、目つきは鋭く、並の男では到底釣り合うことはないだろうということはわかる。


「共和国の騎士を探しているなら、他を当たってくれ。俺はもう騎士じゃない」


「でしょうね。一連の報道は聞いているから。私たちが用があるのは、あなた個人によ」


「国外追放になった大罪人の俺に、か?」


「砂漠を剣1本で生き抜くあなたに、よ」


 クートはそう言って、胸元からタバコを取り出す。無言で俺に向けてタバコを差し出してきた。


「俺はタバコは吸わん」


「あ、そう」


 クートは指先から炎を出す。どうやら魔法の心得があるらしい。やがて、煙草を口から離すと、煙を物憂げに吹いた。


「……【どうしても殺さなければいけない奴】がいるのよ。そいつとの戦いに、あなたに協力してほしい」


「【殺さなければいけないやつ】?」


「今は分からなくていいわ。必ずわかる時が来るから。一つ言えるのは、今人間と魔王がやっているような戦争ごっこではない、ってところね」


「魔王ではないだと?」


 今、この世界では人間と魔王が日々小競り合いを繰り広げている。共和国、王国、法国の3か国が同盟を結んで、魔王の侵略を止める戦争だ。


 俺の部下も友人も命を落としている。それを「ごっこ」と呼ぶのか。


「悪いけど、拒否してもらうわけにもいかないのよ。だから、あなたが絶対に手を貸したがるようにするわ」


「なんだ、報酬でもくれるのか?」


「あなたの罪を晴らしましょう。真犯人を暴き、あなたの復讐も手伝う。これでどう?」


 俺はクートの顔を睨んだ。正気か?この女。


「共和国の貴族相手にするつもりか?」

「あいにく、私はそういうのは関係ないのよ。立場的にはね」


「死ぬぞ?」


「あなたに協力してもらわなきゃ、みんな死ぬのよ」


 そう言うクートの眼は、嘘を言っているとはとても思えなかった。


「……わかった。そこまで言うなら、協力してやろう」


 どうせ、復讐をしようにも、何の準備もないのだ。ならば、少しずつでも準備をできる環境に身を置いた方が良いだろう。


「交渉成立ね」


 クートは俺に向かって手を差し出してくる。


 俺はその手を固く握りしめた。

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