第2話 ターナー篇:追放の真実
「ターナー。28歳。王国生まれだが国籍はなし。孤児だったところを傭兵団に拾われ、以後傭兵として暮らす。1年前、聖女によって選ばれた勇者オリバーの要請により、勇者のパーティに加入した」
「……よく調べてんじゃねえか」
俺さまはジジイに連れられて、小さな食堂に来ていた。客は誰もおらず、店にいるのは店主のババアのみ。注文もろくに聞き取れないくらいに耳の遠いババアだ。
現に、俺さまは肉料理を頼んだのに、おすすめだとか言ってパスタ出してきやがった。まあ、味はうまいから別にいいけど。
「だが、1つ抜けてるぜジジイ。俺はもう勇者パーティじゃねえ。クビになった」
「知っているとも。勇者の仲間を半殺しにしたんだろう?」
「……なんで知ってんだ」
「ワシの情報網をなめるなよ。……なんでそんなことをしでかしたのかも知っておるわ」
ジジイの言葉に、俺の眉がぴくりと動いた。
「勇者オリバーの仲間である魔法使いミルスに聖騎士ルミナ。そして、それにくっついていたのがもう一人、雑用として着いてきていたオリオだ。こいつは無能を装っていたが、実は催眠魔法の使い手だった」
ジジイの説明の通りだ。
オリバーの仲間は全員同じ村出身の幼馴染で構成されていた。その中に、戦闘に出るのではなく折衝役や雑用係として同行していた男がいた。
そいつの名はオリオといい、俺さまが半殺しにしたパーティメンバーこそ、このオリオであった。
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オリオは何の魔法も使えないと自分で言っており、戦力にならないから交渉などは自分がやる、と率先して武器の調達などの仕事を行っていた。
オリバー達は同郷の親友であり、こいつを疑うことなど微塵もなかった。
俺さまもパーティメンバーとして何度かこいつに話しかけたことはあったが、人見知りが激しいのか、あまり俺さまに話かけてくることもなく、返事もそっけないものばかりだった。
「だが、オリオの今までの交渉事は、催眠魔法を使っていたことによるものだった」
それだけではない。こいつの本性は、催眠を使って女たちを手籠めにするクソ野郎だったのである。しかも、彼氏や旦那持ちの女を狙って奪うという趣味の持ち主だった。
「なんでも、旅先の集落で必ず一人は女を孕ませていたようだぞ」
「マジかよ。そこまでは知らなかったぜ」
俺はパスタをすすりながら言う。
オリオの本性に気づいたのは、パーティを追放される数日前の夜だ。
「ターナー、ルミナを見なかったか?」
オリバーに尋ねられ、俺さまは首を横に振った。オリバーは「そうか……」と言ってそのまま部屋で眠ってしまったのだが、俺さまはどうにも気になって夜の町をぶらついたのだ。
そんな折、遠巻きに女のあえぐ声が聞こえた。
聞き覚えのある女の声だった。そこに向かい、様子をうかがう。
そこで、見たのだ。
路地裏で、鼻息を荒くするオリオが、ルミナを抱いて腰を振っている姿を。だらしないオリオの腹の肉と、豊満なルミナの胸が揺れるさまを見た時は、さすがに俺さまも驚いた。
なにしろ、ルミナはオリバーの婚約者だからな。
「……っ!?ターナー!?」
絶頂と同時に、オリオが俺の存在に気づいた。一方でルミナは、俺さまに気づいてもいないらしい。その目は虚ろであり、息も絶え絶えである。
「……お前ら、そんな関係だったのか?知らなかったぜ」
思えば、ここでオリオは「そうなんだよ」と言えばよかったのだ。ガキどもの恋愛事情など、こちとら興味もない。
だが、オリオはこちらを敵意むき出しで睨みつけてきた。急いで服を着ながら、息を荒げている。
「……バカにしているな?僕を」
「あ?」
「僕は、お前みたいに上から目線でずけずけと物を言ってくるやつが大嫌いなんだ!!ちょっと年上で腕っぷしが強いからって、デカい態度取りやがって!!」
「なんの話だよ?」
「内心、ルミナみたいな美人と僕みたいなデブなんかじゃ釣り合わないって思ってるんだろ!?その通りさ!……お前や、オリバーだって、そうやって僕を見下しているんだろ!!」
「オリバー?なんで?」
「だからアイツは嫌いなんだ!!ニコニコ優しくしてくる裏で、きっと僕を見下している!だから、アイツの大事なものを、僕は奪ってやるんだ!」
そして、オリオはルミナの髪の毛を掴み、顔の側に手繰り寄せた。
「ルミナは最高さ。僕みたいな奴にも優しくしてくれるし。オリバーなんかにはもったいないよ。だ、だから僕の女に、してやったんだ!」
そして、オリオは俺さまに近づいてきた。そして、俺さまの顔に向かって手をかざす。
「……見られたからにはただで返すわけにもいかない。お前の記憶を消して、僕の命令には絶対に従うように催眠をかけてやる」
「催眠?」
「そうさ!僕は催眠魔法が使えるんだ!今までの交渉だって、僕が催眠で相手の女を操ったから成り立ったのさ!お前も催眠して、僕に従順に従うようにしてやるよ!」
そういうオリオの手から、怪しげな波動が放たれる。その波動は俺さまを包み込んだ。
「……ふ、ふふふ。手始めに、僕の汚れた靴を舐めてもらおうか」
オリオは得意げに、ルミナと自分の体液で汚れた靴を俺さまに向ける。
いろいろと追いついていないところはあるが、とりあえず分かったことがある。
コイツは、俺さまをなめているということだ。
「…………お前、バカじゃねえの?」
「えっ!?」
驚くオリオの顔面に、俺の拳がめり込む。顔に付いた脂肪を押しのけ、衝撃は骨を砕いた。
オリオははるか彼方へと吹き飛び、倒れた。
倒れこむオリオの腹に、俺さまはもう一発蹴りを叩き込む。
「な、何で、催眠が、効かな……!?」
「悪いなあ。俺さま、そういうの効かねえんだわ」
最後にもう一発、オリオを殴りつけた。それでオリオは完全に沈黙する。
「……やれやれだぜ、クソガキがよ」
俺さまがそう言うと同時に、後方でルミナが起き上がった。
彼女が正気に戻ったとき、見たのは自分の穢れた身体と。
血まみれで倒れている幼馴染に、その近くで立っている俺さまだ。
彼女がどのように状況を把握するかは明確だった。
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「……そして、お前がルミナを襲おうとしたところをオリオが止め、お前に半殺しにされた、というシナリオが出来上がったわけだな」
ジジイがパスタをほおばりながら、つまらなさそうに言った。
「まあ、幼馴染と知らねえオッサンだったら、幼馴染の方を信用するよなって話だな」
「……ともかく、お前が勇者のパーティを抜けてくれたことは、こちらにとっても都合がいい。でないと、この仕事は頼めんからな」
「そうだな。仕事だよ。何の仕事だ?護衛か?殺しか?」
「……あえて言うなら、殺しだな。【ある敵】を殺してもらいたい」
「【ある敵】?もったいぶるじゃねえか、どこのどいつだよ?」
「お前たちの想像のはるか先にいるものさ」
ジジイはそう言うと、席から立ち上がった。
「来い。【そいつ】と戦うための手段を用意してある」
「なんだ、使う武器まで決められてるのかよ?」
「単に、お前さんの自力だけでは話にならんだけだ」
「ああ?」
俺さまはジジイを睨むが、当の本人は一切気にしたそぶりもない。
「魔王など比較にもならんほどの巨体と力を持つ【敵】だ。こっちも相応の準備をせねばならん。そして、実際に闘うのがお前らだ」
「魔王より?……ちょっと待て、お前らってことは……」
「ああ。お前以外にもスカウトしている奴がいる。ほか2人だ。その3人で、ある兵器を操ってもらうことになる」
「兵器?」
「……そうだ。その兵器の名は、〈ラグナー〉」
「ラグナー……」
聞き覚えのない名前の兵器だった。
「そして、ワシの名はアドルフ。……ラグナーを開発した、エルフのはぐれ者だ」
ジジイ、もといアドルフは、そう言ってニヤリと笑った。
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