第90話・対元凶⑤

「丸木 汐よ!! どうしてお前は倒れない!? 俺の放った毒はテトロドキシン、魔族や獣人にも確実にダメージを与える代物だぞ!!」


 ゼウスが俺に怒鳴り散らす。俺は両手を動かして体の状態の確認を始める。なんとも無い? 俺だけが、ゼウスの毒攻撃に影響を受けていない、何故だ?


 現状に疑問を持つ俺だったが、彼女が俺に声をかけてきた。俺は思い違いをしていたらしい。


「汐!! あなたは『食中毒耐性』を持ってるのよ!? その上、『調理』のスキルだってあるんだから、テトロドキシンなんかに影響を受けるわけ無いじゃない!!」


 ガイアだ。彼女は俺が無事でいられる理由を教えてくれた。


 そう言えばテトロドキシンはフグ毒だったな。しかしそうか、俺の『食中毒耐性』がまさか、こんな形で役に立ってくれるとは思わなかった。


 俺は安堵からガイアの方を向く、彼女はゼウスの攻撃を受けなかったらしい、いや、違うな。


「神にはゼウスの毒が効かないのか?」


「ふんっ!! 多少は効くはずだ。ガイアも無理をしているのだろう。」


 俺はゼウスに視線を戻す。嫌な目つきだ。こいつの復讐の根幹であるガイアに向けるゼウスの目つきには光を感じない。


「お前はガイアを、なんだと思ってるんだ? 娘じゃないのか!? 毒攻撃だって、そうだ。俺がパベルを巻き込んで魔法を使用した状況とは話が全く違う。」


 俺はパベルを信じている、そして彼女も同じだ。俺たちは背中合わせて戦っていたから、多少の犠牲を覚悟していた。


 だがゼウスは無防備な状態のガイアをも巻き込む攻撃を放ってきた。とても実の娘に対する行いではない。


 俺は大広間全体にスキルの『掃除』を使用しつつ、ゼウスを睨みつける。


「あんな出来損ないは俺の娘ではない。そもそも転生したのだ、その血すら俺のものではなくなったのだ。勝手に俺の娘にするな。」


「あんたは娘のガイアを失った原因として魔王を恨んでるんじゃないのか!?」


「そうだな、娘を失い俺は怒りに身を任せた。だが、今のガイアは俺の娘ではない。毒で苦しもうが、死のうが俺の知ったことではないのだよ。」


 こいつ、正気か? ガイアが転生したのであれば、確かにゼウスとガイア血の繋がりは消滅したはず。


 だが、それだけの理由で、こうも簡単に手のひらを返せるものか?


「独占欲か……。狂ってる。」


「そうさ、俺は狂わされたよ。そこに倒れている魔族によってな!!」


 ゼウスは魔王を睨みつけながら己の怒りを手当たり次第に撒き散らす。こいつは周囲を見てないんだ。だから如何に他人とは言え、周囲の人間が苦しんでいようとも興味すら示さない。大切な者は自分のみ。


 ガイア自身を親として愛しているのであれば、例え転生しても多少は気にかけるはずだ。娘を愛さず、『自分の所有物』を他者が勝手に持ち出したことへの怒り。


「ふざけやがって……、待てよ。おい、ゼウス。もしかして、俺の親友を……雷太を魔王と戦わせたのは……。」


 ふと俺は思い出した。雷太が魔王と戦って殺されたことを。


 魔王は三大獣の力を欲し、その力を保有していた雷太は魔王と戦うか逃げるかの選択を迫られた。


 俺は親友の性格を考慮して、『何か』プライドを優先せざるを得ない状況だったのだろうと推測したが。


 あいつは、自分の大切な家族を誰かに託してまでプライドを優先させる男ではない。誰かに託すと言うことは、自分から魔王に挑む段階で準備の時間があったと言うこと。


 逃げても良い場、面で逃げられる場面で、雷太がわざわざ魔王に挑んだ理由が分からない。


 俺の求めた答えは残酷なものだった。その答えはゼウスの口から吐いて捨てられたのだから、その残酷さは強調されることになった。


「ああ、マザードラゴンの融合者のことか。あいつは、お前は焚き付けるための餌に過ぎん。結果、お前は融合者の死を魔王の討伐の理由にはしなかったわけだが。あの男はゴミ以下の存在ということだな。」


 俺の全身に怒りの感情が走った、全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。気が付けば俺はゼウスに突撃し、槍でゼウスを攻め立てていた。


「ゼウス、お前だけは絶対に許さない!!」


「それは、こちらのセリフだ!! 魔族風情が神に逆らうなど、あって良いことではない!!」


 互角。俺とゼウスの実力は互角だった。手数に攻撃力、果てには防御力までほぼ互角。


 俺は魔王から三大獣の力を貰い受け、隠されていた最後の裏書き称号である『魔帰り』と『不屈の魂』によって、アンドリュー戦時点よりも桁違いに強くなっているから。


 俺は神と互角に戦っている。


 そう思った矢先だった。俺は違和感を覚えた。


 ゼウスの目つきが変わったんだ。


 そして、その違和感を覚えたと同時に俺は自分の腹に温かい何かを感じた。


「……ふん!! 神と互角に戦うとは、認めよう。丸木 汐よ。だが、俺は絶対神・ゼウスだ。俺が世界の法なんだよ。」


「がはっ……、血?」


 俺が感じた暖かなものとは滴り落ちる血だった。


 いつの間にかゼウスが俺の腹を貫いていたんだ。

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