第88話・対元凶③

「またしても魔族が俺の邪魔をするか!! 小癪な!!」


「ああん!? てめえが先に親父に手を出したんだろうが!!」


「小娘風情が……、知りせず勝手をほざくな!!」


 ゼウスが怒りに任せてパベルに襲いかかる。


「カンナ、俺の回復は?」


「もう少しで終わります!!」


「汐は全開になるまで待機よ!!」


「……ガイア?」


 いつの間にガイアが俺の近くに来ていた。彼女が俺の手を掴んで離さない。


「ガイア。ゼウスは、どんな神だ?」


 ガイアは女神、本来であればゼウス側に着くはずの立場だ。普通に考えれば敵になるものに自分の上役の情報は漏らさない。


 俺は残酷な質問をしているのかもしれない。俺はガイアがどっち側についてくれるか、分かっているから。


「……ゼウス様は天界神の中でも絶対神、私よりも格上の存在。しかも、この世界を創造された直接の神よ。」


「……君との関係は?」


「ただの上司と部下……のはずよ。」


 ガイアの表情が曇っていく。彼女も俺の質問に対しての答えを持ちあわせていないのか、自信が無さそうな様子で言葉を口にする。


 しかし世界を想像した神か、想像以上にめんどくさい相手のようだ。奴の攻撃手段は神具、つまりこの世界で王族が所持する大量破壊兵器と同じ効果のスキルと武器。


 俺の想像通りなら、『例の神具』と同等のスキルも所持してるんじゃないのか?


 俺は治療されながらも最悪の未来を想定していた。


「……汐、お前に渡すものがある。」


「魔王?」


「それとガイア、お前には話したいことがある。」


 魔王が俺とガイアに交互に視線を向ける。ガイアは視線を外したか、彼女は混乱しているんだ。


 今は、そっとしてあげたいが、そうもいかないだろうな。


「魔王、俺に渡すものって何だ?」


「俺が集めた三大獣の力だ、マザーに聖獣と幻獣。お前の力の一端とするが良い。」


 魔王が俺の手を握り締めてくる。その手から温かい力が俺の体に流れ込んでくる感覚を覚える。


「マザードラゴンって神なんだよな?」


 俺は以前、マザーに頼ることを拒否した。それなのに、こんな形で彼女の力に頼ることになろうとは思わなかった。


「……汐。お前は、この世界で唯一の魔族に神、獣人と竜の力を備えた存在となった。」


「戦うよ。パベルも戦ってるんだ。ジョルジョルもありがとうな。」


「汐、悪いが俺は力を使い切ったよ。ここで、ヴィーナス殿下が救援に来てくれるのを静かに待つぞ?」


 俺の止血に尽力してくれたジョルジョルが床に大の字になって倒れ込んでいる。彼には感謝してもしきれない借りを作ってしまった。


「ヴィーナスさんたちが突入してくる手筈なのか?」


「ああ、予定時刻を過ぎても戻らない場合はくるはずだ。時間は……あと一時間かな?」


「了解だ、国の女王を戦いに巻き込むのは不敬だろうからな。時間内にゼウスを倒すよう心がける。」


 俺がそう告げると、ジョルジョルは俺にサムズアップをして目を閉じた。これは完全に疲労だな。


「カンナ、ジョルジョルの治療を頼んで良いかな?」


「はいです!!」


 カンナが二つ返事で俺の頼みを聞いてくれた。やはりカンナは良い子だ。


「……ガイア、結論から言おう。ゼウスは転生前の君にとっての父だ。」


「……予想の範疇に収まる答えね。」


「ゼウスは俺を恨んでいる。自分の娘を失った原因となった俺をな、そして俺が最も苦しむ復讐方法を選んできた。」


「父だって言われても全然実感が湧かないわね。それに自分の娘を復讐の道具に使ったってことなんでしょ?」


「それだけゼウスは狂っている、……いや、狂ったんだ。俺が狂わせた。」


 魔王がガイアの前で項垂れている。この男も苦しんでいたんだ。俺は、それを知ろうともせず、聞くこともなく憎悪だけを向けた。


 失敗したな。


「魔王、あんたは後悔してるのか?」


「後悔……、いや、違うな。俺もゼウスに復讐を果たそうとした、それも多くの無関係な人間を巻き込んで、騙してまで。俺に後悔などする資格はない。」


「ふざけるな!! そんな風に項垂れたって誰が許すものか!!」


「汐……。」


 俺の実の父と名乗る男が、その俺の前で情けなくも肩を落とす姿を晒す。俺は、どうしようもない苛立ちを覚えていた。


 気が付けば俺は魔王の胸ぐらを掴んでいた。


「後悔するんだったら、生き残って巻き込んだ人間に、魔族たちに詫びを入れて来い!! ぶん殴られたって、蹴飛ばされたって、それでも許されるかは分からない。それでも頭を下げて来い!! そうしたら俺だけは許してやる!!」


「汐……、分かった。そうしよう。では、お前がゼウスに勝つことを祈っている。」


 魔王が顔を上げている。それで良い、悔やんだって何も生まれない。生産性の無い時間は俺の最も嫌悪するものだ。


 その無駄を俺の父親が体現しているんだ。許せるわけがない。


 ……これで俺は戦う力と気持ちを取り戻せた。


 後は、ガイアか。


「魔王、一つだけ答えてちょうだい。私たちと戦った時、あなたは私に言ったわね? 『天界の神が……。お前らがいなければ我が子らは離れていくことはなかったのだ。』って。あれはゼウス様のことだったのね?」


「……そうだ。ゼウスはガイアの父であると同時に絶対神。天界の支配者だ。それ故に自分の娘であれ多種族との婚姻を許すわけにはいかなったのだ。それは俺にも理解できた、だが、息子の精神を異世界に放り込むなど……。それだけは絶対に許せなかった。」


「精神を?」


「そうだ、お前の精神は異世界の住民の体に幽閉されたものだ。それが隔世遺伝の正体、……己の息子の魂の行方を知らず、知ったかと思えば今度は息子が敵として姿を表す。どこまでも周到な嫌がらせだ。」


 魔王がゼウスに怒りを向ける理由、それは俺だったのか。


 俺は父の無念を知り、怒りの根幹を覗いてしまった。そして母が決意を秘めた表情を見せているんだ。


 俺が戦いに身を投じるには充分な理由だ。


「ガイア、君はどうしたい?」


「……ゼウス様の憎悪を解き放ってあげて。あの方は刑罰に私情を持ち込まなかったわ。だけど、この復讐の根幹は完全なる私情よ。神として許し難い行いだわ。」


 俺は魔王とガイアに背を向けた。ゼウスの姿を視覚で捉えるためだ。アンドリューは戦線から離脱したようだ。


 ゼウスにやられたのだろう、吹っ飛ばされたのか遠くで倒れている。


 今、ゼウスと戦っているのはパベルただ一人。俺は両の拳に目一杯の力を込める。


「……汐、あなたの槍と短刀よ。」


「ありがとう。……俺は神と戦ってくる。」


「いってらっしゃい。」


 俺はガイアに見送られて、地面を蹴った。俺はゼウスに再び立ち向かうために走り出しいたのだった。

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