第87話・対元凶②

「汐!! ……汐のスキルのおかげで動ける!!」


 パベルが慌てた様子で落下する俺に駆け寄って来る。俺を受け止める気なのか。


「カンナ!! 汐に回復魔法を!!」


「ガイアちゃん!?」


「汐は今までの戦闘で貯金してきたダメージが破産したのよ!! このままだと命すら危険なのよ!!」


 ガイアがカンナに俺の治療を指示している。俺のダメージが『破産』しただって?


 そう言えばガイアが俺に投げたスキルの説明書、あれにも記載があったな。俺のスキル『貯金』は成長するステータスを貯蓄しながら、戦闘ではダメージも溜め込むと。


 最初はダメージが軽減されると解釈していたが、破産か……。破産した結果がこれか。


「くっ!! 汐の出血が尋常じゃねえぞ!! ガイアのお嬢ちゃんが言う通りだ!! このままだと汐が死んじまう!!」


 俺の仲間たちが喚き散らす。俺は、そこまで酷い状態なのか?


「うう……。」


「汐、動くな!!」


「パベル、俺のスキルで汐の出血を防ぐ!! 汐が暴れないようにしろ!!」


「ジョルジョルの旦那!?」


 パベルに抱き抱えられた俺の元にジョルジョルも駆け寄っていたらしい。彼の声が鮮明に聞こえる。スキルで俺の出血を防ぐって……、ああ、そう言うことか。


 俺の体が風の魔法で圧迫されている。ジョルジョルは俺とゼウスの戦闘で発生した僅かな風で俺の傷口を押さえているのか。


「汐さん!! ……すごい出血です。私の回復魔法のレベルでは……。ダメ、汐さんを助けるんです!!」


 カンナが俺の近くで声を張り上げている。まるで自分に言い聞かせるような。俺の傷の容体に絶望しながらも、諦めるなと。


 カンナは可愛い顔を鬼の形相に変えて俺の治療を始める。


「ゼウスは……、誰かが足止めをしないと。」


「汐さんは自分の事を心配して下さい!! ……あの人の相手は、おじいちゃんがしますから」


「え?」


 カンナは振り絞った声で俺に語りかける。アンドリューがゼウスの相手をするだって?


「……おじいちゃんの治療は終わってますから。」


「だけどカンナ、アンドリューは獣人化してから、かなりの時間が経過してるんだ。」


「分かってますから!! だから汐さんは自分が回復することだけを考えて!!」


「……俺も行くよ。汐のスキルのおかげでゼウスに植え付けられた恐怖は完全の除去された。」


 パベルは俺の返事も待たずにゼウスに立ち向かっていった。彼女よりも先にゼウスに挑んだアンドリューだったが、すでに余裕がないようだ。


 ーーーーアダマス。


 ゼウスが握り締める鎌が空を切ると空間が歪んだように見える。ゼウスは、あれを万物を切り刻む、と表現していたな。


 空間が歪むと同時にアンドリューの体から血飛沫が飛ぶ。カマイタチか。あれは自然現象のカマイタチを鎌が作り出しているんだ。


「……魔王の娘よ、アイテムが発する風は丸木 汐の出血用に回している。悪いが俺の援護は期待するな。」


「分かってるよ!! て言うか、寧ろありがとうだよ!! おらあああああ!!」


 パベルとアンドリューは即興でコンビネーションを組み立てている。悪くない。寧ろ、あの二人の戦闘スタイルが噛み合っているようだ。


 アンドリューは変則的な動きでゼウスに的を絞らせていない。彼の動きの趣旨は撹乱だろう。


 アンドリューに翻弄されたゼウスにパベルが小さく小刻みに打撃を与えていく。僅かだがパベルの動きにキレを感じる、あれはアンドリューのアイテムが彼女を援護しているのだろう。


 それに、どういうわけかパベルはゼウスの動きを読んでいるようにも見える。


「貴様ら、……俺の恐怖に対抗するか?」


「は!! 俺はキョニュースキーとの戦いで、恐怖を植え付けられることもアダマスの真空攻撃も体験済みなんだよ!!」


 そうか、パベルはそうだった。キョニュースキーの神具を経験しているから、他のメンバーよりもゼウスの動きを読めているんだ。


「……この老体、真の恐怖は別のところにある。己の命など、恐るるに足らんわ!!」


 アンドリューが初めて吠えた。そうか、彼が本当に恐れることは家族を失うこと。だから如何に恐怖を植え付けらても、自分の命を惜しむことがないから。


 家族のために戦うと、だからあんたは戦えるのか。


「魔王の血統に獣人化した強戦士か。神と対峙する資格はあるな、……だが。」


 アンドリューが不規則な動きでゼウスに接近し、側転での蹴りを繰り出した。


 それでも、やはり神と言うべきか。俺が苦戦したアンドリューが赤子を捻るかのようにゼウスに跳ね返される。


 カマイタチによる迎撃、それと彼に植え付けられた恐怖心も起因していのだろう。アンドリューは攻めきれていない。


 寧ろパベルがよく善戦してくれている。彼女はアンドリューの背に隠れてゼウスの死角を取りながら接近を試みている。アンドリューを跳ね返したゼウスの動きに合わせて飛び蹴りを放った。


「おらああああああ!! 神を名乗ってる割には身体能力は大したことないな!! それともスキルとアイテムがないと魔族如きと戦えないのか!?」


「魔王の娘、神は敬うものだぞ?」


 ゼウスがパベルの攻撃を防御する。そして次の動作でカマイタチによる反撃をする気のようだ。


 だがパベルの方が上手だ。彼女は飛び蹴りを繰り出す前段階で、次の手を打っていたんだ。


 ゼウスの後ろからパベルの『ファイヤーホーネット』が襲いかかった。ゼウスが彼女の魔法に苦痛で表情を歪ませているじゃないか。


「うっぐ!! 魔族如きが小癪な!! 神の俺に魔法が致命傷になると思って……魔族の小娘は、どこに行った!?」


 ゼウスはファイヤーホーネットの直撃の際にパベルの姿を見失ったようだな。だが俺の位置からは彼女の動きが良く分かる。


「……パベル、行け。」


 パベルはゼウスの真上に飛んでいるんだ。彼女は視覚的にも意識的にもゼウスの死角に入った。


 死角からの攻撃ほど恐ろしいものはない。何しろ、攻撃に対して一切の防御態勢が取れないのだから。


 パベルは握りしめた拳に闇のオーラを乗せてゼウスの頭部を殴りつけていた。


「おらああああ!! 『ダークナックル』!!」


「うぐううううううう!!」


 ゼウスが悲鳴を上げながら片膝を突いた。

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