第45話・海魔将の根城【前編】

「……慣性の法則ってなんなの?」


 ムーカルッスの地に踏み入れた際に聞いた言葉だ。


 俺の横でテイさんがオランウータンの如く肩を落として歩いている。


 ……ガイアめ、この中で一番頼りになる人の精神を壊しやがって。


 彼女が、その胸を飛翔しながら揺らしまくるから、……テイさんが壊れちゃったよ!!


「テイさん、そんなに落ち込む必要ありますか?」


「これは私のヒエラルキーの問題です!!」


 だから俺の肩を掴まないでくれます!?


 それと顔が近い!!


 目が血走ってません!?


「はああ……、船はもう懲り懲りだよ。あそこまで揺れるとはね?」


 俺の後ろでパベルが呟いている。


 彼女は船酔いが酷くて、全くの使い物にならなかったからな。


 あれは想定外だった。


 だが、それ以上の想定外がこれから起ころうとは想像だにしていなかったわけで。


「……揺れる? パベルさん、私のプライドは揺れるどころかズタズタなんですからね!!」


「おわあ!? テイさんよ、頼むからいきなり距離を詰めないでくれよ!!」


 うわあ、……まさか『揺れる』と言う言葉で人がここまで壊れようとは。


「パベルさん、既に私の婚期は揺れているんですから!! 私だってがんばって副領主の公務を勤めてるのにいいいい!!」


 テイさんの思考がロジカルのカケラも見せなくなっていた。


 婚期が揺れるってどう言う事!?


 遅れるの間違いでしょう?


 と言うか、この人は本気でヤバいな。


「ああ……、こりゃあ、流石の俺も対応に参っちまうね? 汐、優しくしてやりなよ。」


 パベル!? 君も余計ない事を言わないでくれるかな!!


 俺はエディベアで経験済みなんだ。


 君の師匠からね……。


「パベルさん、私の事を姉と呼んでくれても良いんですかね!?」


「おわあああ!? だから抱きつくなって!! って、おい。汐!?」


 このままでは埒があかないから。


 俺は先に進むことにした。


 勿論だけどパベルは生贄ね?


「マイさん、これからどうするんですか?」


 俺は使い物にならなくなったテイさんをパベルに押し付けてマイさんに近付いた。


 ……俺も不安なんだからね?


 マイさんの方が優秀な『爆発物』なのだから。


「うーん、……わかんにゃい!!」


「はあ!?」


「あたしって頭脳労働苦手なのよね? だから、お姉ちゃんが壊れてると何にもできないんだもん!!」


 もん!! じゃねえ!!


 あんたは仮にも領主だろうが!!


「……海魔将の根城は把握してないんですか?」


「ああ!! それは知ってる。あそこだよ?」


 マイさんは、なんの前触れもなく、とある方向を指差して俺に視線を移すように促す。


 その方向には海岸沿いに巨大な塔が立っているではないか。


 ……て言うか、近くない!?


「マイさん!! 海魔将の根城って港のすぐ隣にあるの!?」


「そうなんだよね。あれのせいで領地の観光事業の閑古鳥でさあ……。」


 ええ? この領主様は本当にアレだな。


「こんな近くに根城があるのに何も手を打たないんですか!?」


「撃ちたいんだけどさあ……あそこってトラップだらけなんだよね?」


「汐!! レオーネはそう言う奴だぞ!! って、うわああああああ!!」


 パベルがテイさんに絡まれながら海魔将の実情を捕捉してくれる。


 ……悪いけど、もう少しだけ時間を稼いてくれ。


「俺ならトラップを見付けられますけど? その口ぶりだとマイさんは既にあの塔を攻略に掛かったわけですよね?」


「お姉ちゃんと一緒にね? あの中って螺旋状の階段が延々と続くの。登っているのに最下層にたどり着けないの。」


「最下層? 塔なのに上に登らないんですか?」


「……上は監視のためにあるからね。」


 俺はマイさんの言葉に思わず考え込んでしまった。


 討伐すべき敵がいる場所は分かっている。


 にも関わらず辿り着けさえしないとは。


 俺はふと足を止めて塔を眺める。


 内部から分からないのであれば、外から確認するしかないから。

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