第41話・スキルの有効範囲

 パベルの裏投をその身に浴びて倒れ込むガットゥーノに俺は歩み寄っていた。


 ガットゥーノはパベルとは真逆の女性らしい女性の容姿をしている。


 彼女が腰まで伸ばした髪は彼女の女性らしさを強調しているから良くわかる。


「……ガットゥーノ、俺の推測が正しかったら沈黙を貫いてくれ。」


「汐?」


 唐突な俺の言葉にパベルが怪訝な表情を俺に向ける。


 それに気付きながら俺はパベルを置き去りにしてガットゥーノに話しかけ続けた。


「君は海魔将の指示に従わないと妹が死ぬ、そう言う呪いを受けている。違うか?」


「…………。」


 そうか、だったら俺の手で彼女もその妹も助ける事ができる。


 悲しみに満ちたガットゥーノはすがる様な表情で俺を見つめている。


 俺はこの表情を見て何にも感じない程には朴念仁ではない。


 であれば……。


「俺のスキルで君の呪いを『掃除』するぞ?」


「汐!! まさか……。」


「そのまさかだよ、パベル。」


 ガットゥーノの表情が強張る、……彼女はそれほどまでに追い詰められていたのか。


「神の使徒よ、そんな事が可能なのか!?」


「静かに……。スキル『掃除』、ガットゥーノの呪いを掃除する。……良し、これで大丈夫なはずだ。」


「……神の使徒はぶっ飛んだ奴だね? こんな事で呪いを解けると言うのだから……。」


 目を見開いて俺を凝視するガットゥーゾの視線に気付きつつも俺は無言で彼女の治療を開始していた。


 起死回生の逆転を果たしたパベルだったが彼女の余裕がない様子を見せる。


 仲間を差し置いて敵を治療する意味、それは……。


「ほら、全開になったはずだ。早く妹のところに行ってやれ。」


「……丸木 汐だったね? この恩は必ず!!」


「気にするなよ。俺にも弟妹がいるから良く分かるんだ、とにかく急ぐんだ!!」


 俺に小さく会釈をしながら、軽やかにこの場を離れていくガットゥーノ。


 彼女のスッキリした表情を見ながら俺は笑みを零してしまった。


「さてと……。お待たせ、これからパベルにも回復魔法をかけるからジッとしててくれる?」


 ガットゥーノとの戦いで得意の粘液を使用しなかったパベル。


 彼女はガットゥーノとは正面から戦いたかったのだろうと理解はしている。


 だがパベル自身を切り売りする様な戦い方だった以上は褒められたものではないはずだ。


 それでもパベルのスッキリした顔を見てしまえばね。


「悪かったね。俺の我儘に付き合って貰ってさ、……怒ってるかい?」


「お互い様だからね。……俺だって迷惑をかけてるんだ、一方的に言えないだろ?」


「そうかい。まあ、とにかく関所に行ってお嬢ちゃんたちに顔を見せないとね?」


 その場に座り込んで治療を受けるパベルはおとなしかった。


 彼女は魔王から俺が肉親だと聞いて、それをすんなりと受け入れていた。


 パベルにとって人との繋がりは打算や妥協ではないのだろうと思う。


 ぶつかって傷付いて、それの繰り返し。


 俺は彼女の生き方を羨ましいと思う反面、申し訳ないとも思うわけで。


 母親を失って悲しみに暮れる彼女を羨ましいなどと……。


「これで全開になったはずだ。……そう言えばテイさんたちがいやに静か……おわあ!!」


「汐!? どうしたんだ……おわあああ!!」


 俺はパベルの治療を終えてテイさんたちがいた方向に視線を向けた。


 だが、あの二人は既に俺たちの近くまで歩み寄っており、……どう言うわけか怒っていたのだ。


 それも普通の怒り方ではないのだけど、どう言う事!?


「汐さん、どうしてさっきの魔族を逃したんですか? 彼女から聞くことが山ほどあったんですよ!?」


「お姉ちゃんの言う通り!! さっきの子にも事情があったかも知れないけど、今回の襲撃の意図とか聞くことはいくらでもあるでしょう!!」


 どうやら俺が迂闊だったらしい。


 確かに今回の襲撃は海魔将が絡んでいたわけだから、ど正論過ぎて何も言えないんですけど。


「いやあ。でも、あいつにも色々と急ぐ事情が……。」


「パネルさん、それはそれです。良いですか? 今回の様な予期せぬ事態こそ情報を得ておかないと後々に取り返しがつかなくなる時もあります。」


「そうそう。お姉ちゃんの言う通り。手に入る情報は取り逃がすと、仲間にも被害が出る事だってあるの。覚えといたほうがいいよ?」


「「はい……。」」


 この後、俺とパベルはテイさんとマイさんの二人に淡々と説教をされることになった。


 この二人は元・諜報員と言う事で情報の収集にはとてもシビアだった。この関所から丸見えのこの場所で俺たちは長時間にわたり正座を強要されてしまった。


 そして、その説教の光景は関所に向かう冒険者たちの目に留まり、俺とパベルは世間様に羞恥されてしまったのだ。


「良い!? 汐くん、情報と胸はたくさんある方が良いんだからね!? レイみたいな『まな板菌中毒』になっちゃうよ!?」


「ま、まな板菌!?」


 マイさんが理解し難い単語を使って説教をするものだから、俺は思わず声を裏返してしまった。


 そして俺は見逃さなかった。


 パベルとテイさんに変化が見られたのだ。


 この二人、右目をピクピクと痙攣させているではないか……。


 だからマイさんはリスクアセスメントができてないんだってば!!


 あ、テイさんとパベルの頭部で血管が数本切れる音がした。


 これは長期戦覚悟する必要がある、と俺は諦めざるを得なかった。


「マイイイイイイイイイイイイイ!! まな板菌ってどう言う意味かしら!?」


「おうおうおうおうおうおう!! いくらムーカルッスの領主様だって言っちゃあいけないことがあるだろうが!?」


 修羅場だ。


 しかも野外の修羅場。


 俺が恥ずかしいんだから、頼むから大声で叫ばないで欲しいのだけど。


「ぎゃぴいいいいいいいいい!! お姉ちゃんにもまな板菌が移ってる!!」


 どうしてマイさんがムーカルッスの領主に選ばれたのか、俺は真剣に悩むんでしまう。


「どう考えても算術よりもリスクアセスメントの方が重要でしょ?」


「……領主様よ、俺はレイの姐さんから聞いたんだぜ? あんたらのファンクラブの話をよ……。」


 お? パベルが珍しく『おっぱい談義』の最中に昂った様子を見せてるじゃないか?


 これは良い予感がしないな……。


「パベル、テイさんたちにもファンクラブがあるのか?」


「いやああああああああ!! パベルさん、それだけは言わないで下さい!!」


 へ!? テイさんが土下座をしてる!? いつの間に!?


 あの知的なテイさんが何をそこまでのだろうか?


 ……正直な話、俺はテイさんみたいな知的美人がドストライクだったから、かなりのショックを受けてしまっているのだが。


 これはあれか? もしかして、この二人もダメ人間だったりして。


「パベル、ファンクラブの話を詳しく教えてくれよ?」


「ああ、良いぜ。汐、……こっちに来いよ。」


「汐さん!! お願いですから、そっちには行かないで!!」


「ひょえ!? テイさん、お願いだから抱きつかないで!!」


 って!! マイさんが気絶してる!?


 しかも、口から霊体みたいなものを出しているけど……ん?


「マイさんの口から出てる物体がお漏らしをしているのか?」


「きゃあああああああああ!! 汐さん、後生ですからマイを見ないでええええええ!! 妹がお嫁に行けなくなってしまうの!!」


「え、……テイさんと違ってマイさんは元から無理でしょ?」


 お? 今度はどうしたんだ?


 テイさんの動きがピタリと止まったようだが。 


 げええ!! テイさんが号泣している!?


「……汐さん? 今の言葉をもう一回だけ言ってくれませんか?」


「な、何を?」


「私がお嫁に行けるってところです!! お願いだから!!」


 あんたたち、仮にも領主と副領主だろうに。


 これはあかん奴だ。


 ……確定だ。この人もダメ人間だった。


「いやあ……。テイさんって好みのタイプだったのに……気のせいだったのかな?」


 ありゃ? 先ほどまで俺にしがみつきながら喚き散らしていたテイさんが、いや。


 テイさんも気絶した?


 あんたたち二人が気絶したらここの事後処理は誰がするんだよ!?


 この後、俺とパベルはこの二人の意識が戻るまでの間、この場で呆然と立ち尽くし叶った。

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