第39話・対海魔将【前哨戦】

「汐さん!! 魔法での撃ち漏らしは気にしないで下さい。我々がフォローをしますから。」


 テイさんの声に振り返った俺は、彼女がその両手にクナイのような形状の武器が握られていることに気付いた。


 そしてマイさんにも。


「汐くん、マイお姉さんにお任せよ!! 私はまだ20代だから体にもキレがあるんだからね!!」


 あ、マイさんって後先のリスクを考えない人なんだな。


 テイさんが鬼の形相になっている事に気付いていないのかな?


 ……そしてテイさんは30代なんだ。レイさんの時と同じ轍を踏むまい。


「汐!! 一斉に攻撃するんだからな、ボケッとするな!!」


「パベル、なるべく端から叩いていこう。」


「了解!! 『ファイヤーバレット』!!」


「『ストリームステイト』と『ファイヤーボール』の重ね掛けだ!!」


 俺とパベルは撃ち漏らしたポイズントードが散らばらないように、端から一掃していく。


 俺の火炎魔法はジョルジョルの教わったスキルと合わさって、今まででは考えられないほどの範囲攻撃となっていた。


「ヒューー!! そいつがジョルジョルの旦那から教わったスキルかい!?」


「……油断するなよ? これから攻撃対象を内側に向けるんだからな。」


「だけど良いのかい? 撃ち漏らしの一部が外側に広がって行くぞ。」


 パベルが言った通り、俺たちが撃ち漏らしたポイズントードがわずかではあるが拡散し出している。


 俺はこの状況を嫌ったわけで。


 だからこそ外側から攻撃を開始したのだ。


 それでも、この状況はあの二人にとっては想定内だったらしい。


 俺たちの後方から、拡散するポイズントードに向かって走るものがあった。


 テイさんたちのクナイだ。


「撃ち漏らしはあの二人に任せよう!! 俺たちは予定通りに内側に寄って行くんだ!!」


「うへえ……。あんな後方からポイズントードを一撃で仕留めるのか? あの巨体を?」


 振り向く事なくテイさんたちの支援に驚いた様子を見せるパベルだが、その驚きの表情とは裏腹に目は輝いていた。


 俺だって同意見だよ!!


 俺の親友はどんでもない人たちを仲間にしていたらしいな。


 だったら!!


「俺たちはできるだけ撃ち漏らさないようにするだけだ!! もう一発、『ストリームステイト』と『ファイヤーボール』!!」


「俺は『ファイヤーバレット』だ!! うおおおおおおおお!!」


 俺たち四人は勢いをそのままにポイズントードを殲滅するまで攻撃の手を止めなかった。


 見る見るうちに数が減っていく軍勢。


 だが俺は油断をしていたんだ。


 あまりにも俺たちにとって都合が良くことが運ぶから


 そして忘れていた。


 そもそもポイズントードの軍勢が現れる事自体が『イレギュラー』だった事に。


「うおわ、……うわあああああ!!」


「パベル!?」


 俺とパベルは魔法を撃ち続けることに必死になるあまり、俺たちの前方が土煙で充満していた事に気付かなかった。


 ーーーー完全なる死角。


 敵の姿が見えないこの状況で前方の土煙から火炎魔法が飛んできたのだ。


「くそ!! パベル、じっとしているんだ!! 『DIY』で岩の壁を作る!!」


 俺は周囲にある岩を使ってパベルを岩の壁で囲った。


 そして傷付いたパベルに駆け寄って俺は攻撃魔法と並行して回復魔法をかけ始める。


「くそ、あの軍勢は『釣り』だったのか!!」


「パベル!! 力を込めるな、出血が止まらないから!! 『ファイヤーバレット』!!」


「すまねえ。だが、これじゃ、こっちの火力が半分以上だな。」


 俺に頭を下げるパベルだが、これは決して彼女のミスではない。


 今回は『たまたま』彼女が標的になっただけだから。


 あの前のめりの状況で俺が標的にされたら。


 ……俺も避けられなかったはずだから。


 だが、それとは別に追い風となる材料もある。


 それはテイさんとマイさんだ。


「マイ、圧をかけるわよ!! 汐さんに向かっている敵意をこっちに向けさせます!!」


「ラジャー!! うおりゃああああああ!!」


 あの二人のクナイ投擲に厚みが増した、……パベルの回復を援護してくれているのか?


 あの二人も気付いているのだろう、ここには『見えない敵』が存在すると。


 だったら俺がすることは一刻も早くパベルを戦線に復帰させること!!


 それと……。


「スキルの『掃除』だ!! 前方の土煙を掃除する!!」


 パベルが驚いた様子を見せる。


 いや彼女だけではない、後方からも驚きの声が上がっている。


 俺はスキルを使用しただけだぞ?


 この『掃除』は視覚で捉えられるものは、生き物意外ならば全て消すことができる。


 俺のスキルによって周囲は一瞬でクリアとなる。


 そして、そこには俺たちの攻撃によって全滅したポイズントードの死骸と人影が姿を現した。


 人影が現れた場所は先ほどまでテイさんたちが攻撃を集中していた場所だ。


 あの二人は異変に気付いてから、あいつの気配を拾ったのか……。


 ……魔族だな?


 視覚によって得た情報から俺はスキルの『洞察力』でその人影を分析する。


「パベル、あいつが海魔将か?」


「……違う。どうして、あいつがここにいるんだ!! あいつは!!」


 パベルが困惑して表情を歪ませている。


 本当に誰だ? 俺はあいつを知らない。だからこそ俺も困惑する。


 唯一分かる事は性別のみ、女か。


 それは俺が知っているパベルが戦闘においては冷静だから、彼女がここまで困惑するなんて尋常ではない。


 俺はパベルに釣られて同様に困惑してしまった。


 すると、その人影が俺たちに向かって口を開いてきたのだ。


「パベル……。すまない、お前との約束を違えてしまった。」


「ガットゥーノ!! お前はこんな手の混んだことをする奴じゃないはずだ!!」


 ガットゥーノ? パベルの知り合いらしいが、俺はこの二人の話についていけていない。


 そして、この二人の空気を読んだのか、テイさんたちの攻撃も自然と止んでいる。


 周囲はパベルとガットゥーノの声のみが響き渡っていた。


「パベル、あいつは誰なんだよ?」


「汐、あいつは俺が魔王軍にいた時に互いに腕を磨いた親友だ!! あいつは正々堂々と戦うタイプだ!!」


 俺の胸ぐらを必死の形相で掴むパベル。


 そして、そんな彼女に悲しそうな表情を向ける見知らぬ魔族の女。


 あの女は言葉が届くタイプだ、パベルがここまで必死になっているのだから。


 この状況下で俺が口を開くことは当たり前の事だった。


 仲間が困っているのだから当然だ。


「初めまして、俺は丸木 汐。敵なのに悪いけど、この状況を説明してくれると助かるんだけどね。」


「海魔将の指示だ。……私がここでお前たちを攻撃する、それだけだ。」


「もう少しだけ詳しく頼めないかな? 俺の妹が困っているんだ。」


「私は海魔将に逆らえない。……これが精一杯の答えだ。」


 『精一杯』か……。


 この言葉の意味は彼女には俺に質問に『答える事ができない理由』がある、と受け止めるべきか?


 そして彼女が『逆らえない対象』は海魔将、そう言う事か。


「俺の言葉を否定しないなら沈黙を返せば良い。君はその海魔将に弱みを握られている、違うか?」


「…………。」


 ガットゥーノはバカ正直だな。


 そして悪い奴ではない。パベルが困惑するのも分かる。


「君はここで引くとどうなる? この質問も答えられないのかな?」


「…………。」


 確定だ。


「パベル、彼女は海魔将に逆らえない枷を負ってるんだ。そして、俺たちと戦わないと彼女にとって不利益を生む。そう言う事だ。」


「……汐。俺の回復は終わっただろ?」


「終わっているよ。どうする?」


「悪いけど今回は俺だけにやらせてくれ……。」


 俺の胸ぐらを掴んで離さなかったパベルの手から力が抜けていく。


 必要最低限の言葉のみを残して彼女はガットゥーノに向かって歩み寄っていった。


 すると、それに呼応したかのように敵もまたパベルに向かって歩み寄る。


 ここは彼女の意を汲もう。


 俺はパベルを信じる事にした。


「パベル、悔しくっても悔いだけは残すなよ?」


「染みる言葉だね……。分かったよ、兄貴。」


 俺は海魔将・レオーネを絶対に許さない、俺の妹を悲しい目に合わせやがって!!

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