第38話・テイとマイ

 俺たちの目の前に聳え立つ関所。


 この関所はムーカルッスに向かうためには通らざるを得ない関門。


 十数年前は、この関所を通過する人種は商業目的の承認程度だったらしい。


 だが今は観光を目的とする人々もいるためか多くの人たちが賑わっている。


 そして俺の視線の先にはこちらを見つめる二人の女性の姿。


 ……レイさんと同年代かな?


「あ!! 汐さん、あの二人がテイさんとマイさんです!!」


 カンナが笑顔で手を振る二人の女性、彼女たちは俺の親友に仕えた諜報員だと言う。


 ……諜報員の主人とかって雷太も何やってるんだよ?


「そうなん……だああああ!!」


「もおおおおおおお!! カンナちゃんってば相変わらず可愛いんだから!!」


 この人もレイさんと同様に動きが早過ぎるんだよ!!


 気付かなかった、……カンナは俺が背負ってたんだぞ?


 それが、どう言う経緯を辿れば、この女性はカンナを高い高いなんてしてるんだよ!!


「ああ、申し訳ありません。……初対面の方に挨拶もせずに。私はテイ、ムーカルッスの副領主です。」


「あ、どうも。俺は丸木 汐です。」


 もう一人の女性もいつの間にか俺に歩み寄っており、丁寧に会釈をして挨拶を求めてくる。


 知的な雰囲気を醸し出すスレンダー系の美女だが、この人がムーカルッスの領主ではないのか。


「カンナちゃん、スリスリスリスリ!! で、私が領主のマイよ!! よろしくね!!」


 え!? そっちの人が領主なの!?


 態度とか佇まいは明らかにこっちのスレンダー美女の方が上じゃないか!!


 ガイアに近い豊満な胸とだらけきった顔が特徴の……残念美女だが。


 どう言う事!?


「汐さん、……マイさんは算術が得意なんです。マイさん、ほっぺたが火傷しちゃいますよ!!」


 ……それだけ? それだけの理由で領主になっちゃうわけ!?


 カンナ、この話の流れだと、そう言う認識で良いんだよね!?


「まあ、何と言うかマイは書類にハンコさえ押してくれれば良いので。」


 めくら判じゃねえかよ!!


 駄目だ、テイさんのプラスをマイさんが明らかにマイナス修正をかけている。


 雷太はどうやってこの二人の手綱を握っていたと言うのだろうか?


 この勢いに飲まれてか俺だけではなく、ガイアとパベルまでもが間抜けヅラを晒しているではないか。


「汐、あの領主はダメよ? 胸はあってもハリがないから。」


 ガイア!? 君は唐突に爆弾発言をしないでくれます!?


「汐、そっちの副領主もダメだぞ? ガリガリなだけで中身がない体つきをしてるからな?」


 パベル!? 俺の妹も何を言っているのさ!!


 ガイアはともかく君はこのパーティーの常識人枠だろうが!!


 このポストは……君しかいないんだ。


「あら、随分と好戦的な魔族さんね? 腹筋も胸も筋肉だらけだけど、脳みそも筋肉なのかしら?」


 テイさん!?


「……レイの、まな板女からの紹介だとやっぱりダメね? 雷太様のご友人御一行だって話だけど、譲れないものもあるのよ?」


 マイさん!?


 俺は冷や汗を掻いてしまった。


 それはエディベアの食堂からずっと修羅場続きだったからだ。


 何しろ一国の副首都で俺の仲間たちは留置所と徹底抗戦を繰り広げるんですよ!?


 あれは胃が痛かったな……。


 ジョルジョルもその煽りを受けてガイアの魔法でボッコボコにされていたっけな。


 ……その一件で俺は悟ったのだ。


 人間、諦めることも大事だと!!


 だから今回の件に関しては俺は諦めます!!


 などと俺が悟りを思い返していると、カンナが強張った表情をしながら大声で叫びだしている。


「汐さん!! この辺りにモンスターの大群がいます、気配がするんです!!」


 カンナの警戒を促す叫び声は俺たちだけではない、周囲にいる冒険者たちにも同時に伝わった。


 緊張が走る、まさにその表現がしっくりくる状況となった。


「……マイ。相手の正体は分かる?」


「……お姉ちゃん。多分だけどポイズントードだよ、数は……100。」


 テイさんとマイさんが会話を始めているが、その内容が恐ろしいものだった。


 何より彼女たちが敵の軍勢について分析を進めているが、この二人の会話の根拠はどこにあるんだ?


 嘘……ではないな。レイさん同様にクセのある二人だが、それでも悪い人ではない。


 それは事実。だからこそシコリとなる疑義。


 この状況に悩む俺に対して答えを口にする人物がいた。


「汐、前にも話したでしょう? 獣人は人間よりも五感が鋭いのよ。」


「ガイア? じゃあテイさんたちは獣人なのか! だけど見た目は人間だぞ!?」


「ハイレベルな獣人は耳と尻尾を隠せるのよ。覚えておいてね。」


 ガイアは俺に獣人のついて教えてくれるも、それは即ち二人の会話が本当だという根拠だ。


 ポイズントードが100匹もいるのは事実、と言うことか。


「パベル、ポイズントードってのは魔王軍だとどこの所属?」


「海魔将だね。……どうやらレオーネには俺たちの行動が筒抜けらしいな。」


 俺とパベルは背中合わせになって会話を続ける。


 全方位を視界で捉えるためにはこの方法しかないからだ。


 だが、そんな俺たちの杞憂さえもこの二人は吹き飛ばしてしまう。


「お姉ちゃん!! 三時の方向から来るよ!!」


「この場にいるすべての冒険者へムーカルッスの領主の名の下に告げます!! 関所に避難して下さい!!」


 テイさんは透き通るような声で周囲の冒険者に避難を促す。


 判断が早い!!


 流石は領主と副領主、……それとテイさんとマイさんって役割が逆なのね?


 テイさんの流れるような対応に慌てて関所に避難を開始する冒険者たち。


 状況は彼女の言う通りになったわけで、この場には俺たちパーティーとテイさんにマイさんのみとなった。


 だが……。


「テイさん!! この人数でポイズントードとやり合う気か!?」


「汐、ポイズントードは毒にさえ気を付ければどうって事はないさ。俺たちで焼き払っちまえば良いんだからな、差し当たっての問題は……あれか。」


 パベルが睨み視線の先には巨大なカエルの大群がいる。多いな。


 だが確かにパベルの言う通りで問題はそこではない。


「横に広がりすぎだな。こう言う時こそガイアの出番なのに、怪我されるからな。……使えねえ。」


 あ。ガイアが口から霊体らしきものを吐き出しながら気絶してるじゃないか。


 リアカーの中にいるから、あれだな。


 酔っ払って帰ってきた父親が浴室で寝ている光景にしか見えないじゃないか。


 ま、静かになってくれればそれで良いけどね。


「カンナも関所に非難するんだ!!」


「え!? でも……。……はい!!」


 カンナは俺の言う事を聞いてくれた。


 あの子は頭が良いから分かったんだろうな。


「……カンナのお嬢ちゃんが避難してくれて助かったぜ。リアカーを引いてくれたからな。」


「基本的にパーティーの主力は俺とパベルだ。行くよ?」


「了解だ!!」


 俺とパベルは魔法を使う準備をしながらポイズントードに向かっていく。


 魔法は広範囲に威力を発揮するため、大群を迎え撃つには適している。


 だが大型のカエルが横に広がりを見せてしまっては撃ち漏らしが懸念されることとなるわけで。


 だが俺はこの後テイさんの発する言葉に耳を疑うのだった。

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