第32話・対陸魔将

 先手必勝。


 レイさんの戦闘スタイルを表現するならば、この言葉が一番良いと思う。


 陸魔将を目の前にしてからの彼女は即座に敵に向かって走り出していた。


 ……あの人、フロアに上がる前に剣を抜刀していたのか?


 歴戦が物語る洗練された動き、そしてどこまでも静かな剣。


 パベルと似ているようでいて非なるスタイル。


 彼女は掛け声さえ出さない、おそらくそれが無駄だと思ってるのではないか?


「こう言うとところで差が出るな!! 『全ステータス向上』!!」


 俺はレイさんに一歩遅れて敵に詰め寄る。


「汐くん、初動が遅いわ!!」


 ……先ほどまで、あれだけダメ人間だった人に怒られた?


 納得いかねえ!!


「すいません!! やああ!!」


 レイさんに叱咤されつつも俺は彼女の動きに付いていかなくてはいけない。


 彼女の動きはとにかく早い。


 ここに向かう途中で聞いたが、彼女の素早さは彼女が倒したドラゴンの能力からくるものだそうだ。


 ーーーーファイヤードラゴン。


 彼女は体の熱を調整して身体能力を向上させているのだと言う。


 俺は彼女の動きを追うことに必死になって忘れていた。


 敵が目の前にいる事に。


「二人か、……俺も舐められたのか? それとも、それだけの戦士と言う事か?」


「……私の動きを見ても舐められているって思うのかしら?」


 レイさんと陸魔将、この二人は激しい攻防の中にも静寂を貫いている。


「俺もいるんだけどね!! 陸魔将の人、よろしく!!」


「汐くん!! 好きに動いて良いのよ、適当に避けるから!!」


 この人もすごい事を言ってくるな?


 ……俺の心配なんてレイさんには筒抜けだと言う事か。


「当たっても怒らないで下さいよ!? 『ファイヤーバレット』!!」


「傷物にされたら汐くんに責任を取って貰うから大丈夫よ!!」


 全然大丈夫じゃねえ!!


 大声で叫ぶ内容なのかよ!!


 ほらあ、……陸魔将の人もドン引きしてるじゃないか。


 俺はレイさんの動きが早過ぎるから、俺の攻撃が間違って当たったらどうしようと心配してたんだぞ!?


 俺の心配を返せ!!


「え、独身なの? やはり世の中は胸か……。」


 げえ!! レイさんからブチブチと言う血管が何本も切れる音が聞こえるんですけど!!


「どいつもこいつも……。30歳を越すとおばさん扱いするんじゃ無いわよ!!」


 ひえ!! レイさんの動きがさらに速くなった!?


「そっちの小僧もやるな?」


「そうですか!? その鉄仮面の下で、あんたはどんな表情をしているのかね!? 陸魔将のジョルジョルさん!!」


 全身黒のフルプレートを着込んだジョルジョルは俺たちの攻撃に回避の動きを見せない。


 対する俺は魔法でこいつの隙を作りながら、その隙を槍で突き刺す。


 レイさんはヒット&アウェイで俺の撃ち漏らした隙をカバーしてくれている。


「そろそろか?」


 ジョルジョルが小さく呟き出してから、この戦闘の中で初めて動きを見せる。


 抜刀した剣で上段の構えを取ってから、その剣を振り下ろしてきた。


 ジョルジョルの剣圧は爆風を生み、この根城の三階フロア全体を揺らしている。


 これは……スキルか?


 日本の学校の体育館ほどの空間が男の剣圧が生んだ風で充満していく。


「ペチャパイのおばさんにイケメンの青年よ。俺の魔法に耐えられるかな? 『ファイヤーウォール』。」


 だから、これ以上レイさんを煽らないでくれません!?


「くう!! 爆風のせいで目を開けられない、……うわあああああああ!!」


「汐くん!? 陸魔将!! 人の悪口だけじゃ飽き足らず、人のフィアンセに何をしてるのよ!!」


 話が噛み合わねえ!!


 俺はいつからレイさんのフィアンセになったの!?


 今の時代はアモーレだろうが!!


 だが俺はジョルジョルの攻撃を直に受けた事で事態の深刻さを思い知ることになった。


 ジョルジョルが生んだ爆風が奴の火炎系魔法を部屋の空間全体に撒き散らしているのだから。


 ジョルジョル本体は微動だにしていない、にも関わらず空間を縦横無尽に移動する神出鬼没の火炎攻撃。


 パベルの言っていた剣と炎で戦うスタイルとはこう言うことか。


「だったら、こうすれば良いだけじゃないか!! 『ウォーターシュート』!!」


 俺は部屋に飛び交う火炎魔法に対抗するべく水流魔法を部屋に放った。


 この根城はコンクリートに似た材料で造られているようだから、少しくらいの衝撃になら耐えられるはずだ!!


 それはジョルジョルの作り上げた未だ止まない爆風に耐え続けていることで証明されているのだから!!


「……悪手だな。」


「汐くん、それはダメよ!!」


 敵からのみではなく味方からも否定されら俺の行動だったが、肝心の俺がその意味を理解できていない。


 そして俺はその身を持って状況を理解することになってしまった。


「何を? って、うわああ!!」


 充満する爆風は俺の放った水流すらも細切れにして、水の刃となって俺自身の元に帰って来た!!


 そう言えば日本にもウォーターカッターと言う電動工具が存在したな……。


 レイさんが動きを止めてしまっている。


 俺はパベルを見てきたから分かる、あれはダメだ。


 レイさんの戦闘スタイルは動き続けてこそ真価をはっきするはずだ!!


「レイさん、止まるな!!」


「え? ああああ!!」


 いつの間にかジョルジョルが足を止めていたレイさんに接近していた。


 そして一閃……、レイさんがジョルジョルに剣で斬りつけられるとは!!


「レイさん!! こっちに来るんだ!!」


 斬りつけられたものの傷自体は浅かったらしく、俺の声に反応したレイさんは一足飛びで俺の隣に移動していた。


「回復魔法をかけますから!! レイさん、……すいません。」


「良いのよ。雷太もそうだったから。」


「雷太?」


「あいつも最初の頃は実践経験が不足してたから慣れてるの。……少しは頼りなさい。」


「はい……。」


「それとお姉さんからのアドバイスよ。汐くんはもっと術(すべ)を理解しなさい。」


 レイさんの口から俺に向けられたアドバイスに俺は静かに耳を傾けて言った。

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